Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    たつき

    @sekiihiduki

    未完のとかちょっとアレなのとか投げるかも。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 29

    たつき

    ☆quiet follow

    今後出す予定のリンぐだ全年齢小説本からサンプルとして一作展示します。
    以前pixivにあげた同名の小説:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18425101とその続き:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18582472を加筆修正したものと言う名の完全に別エンディングです。

    本の発行時期は未定です。

    「愛なき獣は愛がわからない」 ああ憎い、憎い。下総国に始まり、様々な異聞帯でアルターエゴ・リンボの前に立ちはだかったあの女。カルデアのマスター藤丸立香。英雄と呼ばれる程高潔ではなく、凡人であれど凡愚ではなく、ただのありふれた善性を持った人間。憎き安倍晴明でもない、そんなちっぽけな小娘にリンボは敗れたのです。拙僧はリンボとカルデアとの戦いの記録全てに目を通してきました。そうしてその記録から縁を手繰り、カルデアに召喚された時はそれはもうーー……昂らずにはおれぬというもの。記録の中の怨敵、拙僧を殺した女、それにいつでも手が届く。拙僧がリンボとしての記録を有していると知れば、この女はどんな表情をするのか。拙僧と絆を深め、心を許した頃にその身も心も蹂躙されたとしたら……。そう思うとそれが楽しみで楽しみで、拙僧も浮き足立つというもの。好奇心と害意、加虐的思考に胸を躍らせ、カルデアのマスター・藤丸立香と相見えたのです。
     あの女も拙僧が召喚された時は流石に眉を顰めておりましたが、幾度か共に戦いに赴き、マイルームにて言葉を交わすとあっという間に顔の翳りは消えておりました。あまつさえ、この拙僧を頼りにしているなどと聖杯を5つ渡されて……ンンンンンンンいけません、いけませんねぇ。カルデアのマスターともあろう者が拙僧の様な道化に心を許すなど。ですが収穫にはまだ早い。せっかくの楽しみですので、果実は熟れ切って腐る直前でぐしゃりと潰してしまうのが良いでしょう。あの女が愚かにもにも拙僧を信頼し切った頃、無防備な肉体を開きその全てを踏み躙ってやろう。戸惑いと混乱の表情を浮かべる女に、そっと耳打ちしてやるのです。拙僧がどういう存在か、全てを知り恐怖に染まる表情を想像するだけで思わず邪悪な笑みが溢れてしまいまする。花を散らされ、爪痕をつけられた小娘の悲鳴はどれほど甘美な響きなのでしょうか。その為には今より更に絆を上げねばなりませぬ。早く絆が上がるよう常にお側に侍り、事務仕事を手伝い、休憩の際にはお茶菓子を用意し、戦闘面でも私生活でもマスターのサポートに手を尽くしました。よもや向こうから拙僧がリンボの記録を持つことを看破してくるとは思いもよりませんでしたが、それでも拙僧をサーヴァントとして受け入れると言いきるとは……。いやはや我が主の懐の広さといったら、阿呆にも程がありますな。まあ多少順番は前後しましたが大きな問題はありますまい。最終的に拙僧に裏切られた瞬間の表情が見れれば良いのです。それからも拙僧はより一層マスターのために働かせていただきました。マスターが拙僧に笑いかける度、今にも爪を伸ばしそうになるのを辛抱強く堪えて……そして。
     ある日突然、マスターの部屋に呼び出されました。寝台に座り込むマスターの前で棒立ちする拙僧。何事か分からずただ主人の言の葉を待つものの、マスターは何やらそわそわきょろきょろと落ち着かず中々本題に入ろうとせぬ。恐ろしく長い一分が過ぎ、痺れを切らして部屋から出ようとすると、袖を掴んで引き止められたのです。
    「あのね道満……サーヴァントにこんなの変かもしれないけど……わたし、道満のことが」
     目の前のマスターは頬を朱に染め、恥ずかしそうに俯いております。そこでようやく気が付きました。しまった、どうやら待ち過ぎたようで。この小娘を蹂躙して、能天気な顔が絶望に染まる所を楽しみにしておったのに。これでは蹂躙にならぬ。想い人に身体を求められたと喜ばせるだけではないか。そも拙僧のような者に本気で恋焦がれるなど、我が主は余程男の趣味が悪いと見える。いえまあ、そうなるように動いたのは拙僧なのですが。一人思考を巡らせていると、目の前の小娘は顔を翳らせ始めました。
    「こんなこと言われても困るよね。道満はただサーヴァントとして接してくれただけなのに。ごめん、明日からまた他のみんなと同じように接するから。忘れて」
     黙りこくっている拙僧を見て困らせていると思ったのでしょう。立香は縮こまって部屋を出ようとしております。今にも泣き出しそうな表情。そうだ、その顔だ。普段は努めて明るく振る舞うマスターの悲痛な面持ち。この顔の為に儂はここまでやってきたのだ。この程度では足りぬ。マスターの恋など否定してやろう。憎悪をぶつけ、地獄の底に叩き落として、その上で手酷く抱いてやろう。絶望し何故と泣き喚け。儂にもっとその顔を見せよ。開きかけた扉を立香の背後から腕を伸ばし閉めると、驚き振り返る立香。
    「拙僧もマスターのことをお慕い申し上げております」
     はて、拙僧は何を言っているので?
    「本当?」
     立香の顔がぱぁっと明るくなりました。拙僧が小さく頷くと顔を綻ばせ拙僧の腰に抱きついてきます。気が付けば、拙僧の鳩尾の辺りにある立香の頭を包むようにそっと抱きしめておりました。儂は、何をしているのだ。いや、いやいやこれも全て計画の内。せっかくここまで来たのです。ただ振るなどそのような勿体無いことできぬ。どうせならこのまま儂に心を許させ、最高のタイミングで裏切るとしましょうや。ンンン我ながらナイスアイデア。
     というわけで拙僧と立香は恋人と相成ったわけなのですが……。もしこのことを他の英霊どもが知れば、忍びは泡を吹き、源氏は拙僧に斬りかかり、溶岩水泳部とやらは……何でしょうな溶岩水泳部とは。ともかく隠しておいた方がいいだろうという立香の意見で拙僧らの関係は周囲に伏せ、秘密の恋人という形で過ごすこととなりました。拙僧としては他の英霊どもが立香と心を通わせようとする牽制になれないのがいささか不満ではありますが、二人だけの秘密というのもなかなか心踊るもの。毎夜一目を避けてマスターの部屋に通い、指を絡め、互いの唇を啄む児戯のような関係ではありますが、接吻で息を切らす我が主にはまだまだこの程度がお似合いのようで。人理を守るカルデアのマスターといえどまだまだ子供ですなあ。さて、この恋人ごっこもいつまで続くのやら。
    「おい、蘆屋道満。一応言っておくがマスターを泣かせるなよ?」
     廊下で突然声をかけてきたのは青い髪の童話作家、確か……アンデルセン殿でしたか。
    「はて、一体なんのことやら。カルデアに来てから拙僧は実に忠実にお仕えしていると思っているのですが」
    「主従関係の話ではない。お前ら最近想いを通わせたんだろう」
     思わず顔から表情が消えておりました。何故そのことを知っているのか。しかしこの男は最初期にマスターに召喚され、聖杯を5つ賜るほどの寵愛を受けたサーヴァント。ほぼ全ての戦闘に編成され共に人理修復を果たしたと聞き及んでおります。今のカルデアで一番マスターが信を寄せている者と言っても過言ではないかもしれませぬ。我が主もこの男にだけは心の内を全て明かしているということで。考え始めると体の底から沸々と黒い感情が湧き上がってまいりました。ここでも儂は所詮2番手だと? ならばこの男は立香とどこまで……。
    「お前何か勘違いしているだろう。別にマスターからは何も聞いていない」
     その言葉に一瞬動きを止めると、目の前の童話作家は呆れたようにため息をつきました。
    「では何故拙僧とマスターの秘密をご存知なので?」
    「秘密? あれでか!?」
     途端に腹を抱えて笑う童話作家に思わず顔が引き攣ってしまいました。
    「マスターもかなり顔に出るが、お前も相当だぞ。今までもマスターに執着してる様子だったが、ここ数日で質が変わったな。マスターを舐め回すような目つき。マスターに近づく他の男を今にも呪い殺しそうな表情。独占欲と嫉妬がダダ漏れだ、馬鹿め! そのくせマスターと少し指先が触れるだけでお互いに赤くなって気づくなと言う方が無理な話だ!」
     拙僧が赤く? いつか裏切るまでの恋人ごっこに過ぎないというのに? 思わずペタペタと自分の顔を触れど、自分で自分の顔色なぞわかるはずも無し。
    「無自覚とは質が悪い。これでは思春期の学生にも劣るな」
     フンと鼻で笑うアンデルセン殿。反論しようとして、自分の計画を語るのはまずいとすぐに口をつぐみました。焦り墓穴を掘るは二流、否、三流にて。
    「お前らの関係にどうこう言うつもりはない。だが、努力した人間には報われて欲しいと思うのが人情というものだろう。全く俺が言うのもおかしな話ではあるが、あいつの物語はハッピーエンドにしてやれ。おい、なんだその目は。安心しろ、俺は人間嫌いなんでな。あいつのことはマスターとしてはそれなりに大切に思っているが、完全に守備範囲外だ。人間を辞めて出直して来いと言う話だな」
     そう言うと童話作家は手をひらひらさせながら曲がり角の向こうに消えていきました。「愛なき獣ゆえ人類悪に至れなかった存在が、自分を打ち倒したものによって愛を得るとはな」というつぶやきを残して。
     まさかこの拙僧が愛などと、そのようなことあるはずがありませぬ。
     マスターのマイルームに入ると、立香は眠っているようでした。寝台に腰掛けた状態から仰向けに倒れているのを見るに、拙僧を待ちながら寝落ちしてしまったのでしょうか。すうすうと寝息をたてるたびに胸が規則的に上下に動いておる。そんな様子を見ていると胸の奥がじんわりと温かいもので満たされていくのを感じるのです。
    「立香」
     ぎしりと寝台を軋ませながら片膝を乗せ立香の上に覆いかぶされば、自らの白黒の髪が天蓋のように立香の顔を覆い隠してしまいます。まるで世界には拙僧と立香二人きりのよう。たまらずそのまま顔を寄せ頬擦りしました。
    「りつか、りつか」
    「ん……どーまん」
     儂の夢でも見ているのであろうか。立香は瞼を閉じたまま幸せそうに微笑むのです。なんでしょうなぁ、このむず痒さは。胸の中をくすぐられるような感覚。嗚呼、こんな感情は知らぬ。温かで柔らかで充足感があり、それでいてまだまだ足りぬ。互いの指を絡め、瞼に口を寄せました。立香に触れれば触れるほど感じるこれが、もっともっと欲しくてたまらぬのです。
    「りつか……儂のりつか……儂を見て下され。儂だけを見て下され」
     立香の上に体を重ねているだけなのにだんだんと息が上がってくるのです。どうしたら立香をもっと感じられるか。どうしたら立香を儂だけのものにできるか。そんなことに頭を支配されていくのです。立香の唇に舌を這わせ、僅かに開いた口の中に舌を滑り込ませ、上唇を喰み、歯列を舌でなぞる。お互いの唾液が絡みあうとじんわりと立香の魔力を感じ、脳が痺れていくのです。もっと、もっと……。思わず立香の背に腕を回し強く抱きしめると、目を覚ましたのか腕の中で立香が身じろぎしました。その瞬間唇が離れ、名残惜しそうに唾液が糸を引いております。
    「どーまんいつ来たの?」
    「つい先刻」
     立香はまだ寝ぼけているのか舌足らずに喋ると、モゾモゾと拙僧の腕の中に潜り込み胸に額を擦り付けるのです。そんなに安心し切っていいのですかねぇ。リンボが何をしたのか忘れた訳でもあるまい。満足げに微笑む姿はこれが幸せだとでも言うようで、自分が拙僧から愛されていると少しも疑っていないようなのです。それを見ると拙僧はまた胸の奥がむず痒くなります。
     この感情が何であるかなど拙僧には分かりませぬ。しかし、あの童話作家が言うようにこれが愛に見えると言うならば、そのような振りをして差し上げましょう。
    「立香、愛しておりまする」
     真っ直ぐ立香の眼を見据えてそう伝えると、彼女は茹で蛸のように顔を朱に染めておる。実際に言葉にされるとまだ照れてしまうようで。なんと憐れで、滑稽で、愛おしいことか。「わ、私も」とか細い声で呟く立香にチリチリと胸を焦がすような感覚を覚えるのです。
     裏切るにはまだ早い。今はもう少しこの感覚を堪能してからと致しましょうや。あともう少し、立香と共に地獄に落ちるまで……。

     ***

     朝、気がつくと目の前には無機質な白い天井が広がっておる。横を見れば拙僧にしがみ付いたまま眠るマスターの姿。どうやら昨夜マスターの部屋を訪ねた後、そのまま寝落ちしてしまった様子。拙僧の胸に手を回し、足を絡めるマスターを振り解こうと思えばできますが、何故だかそうしようとは思えぬ。カルデアのマスターにあるまじき無防備な寝姿をぼんやりと眺めていると、いつも悪い妄想に浸ってしまうのです。いつでも首を掻き切れる。絶望する立香を眺めながら生暖かい血飛沫を浴びるのは気持ちが良かろう。ああそれとも毎夜この部屋に通う毎に呪をかけていけばどうなるのであろうか。マスターはいつ気付くのだろう。そんなことを考えていると、マスターの瞼が震え琥珀色の眼が開かれます。
    「おはよう、どーまん」
     そう言って笑いかけるマスターは、こちらの邪な考えなど一切気取る様子のない無垢な笑顔を浮かべるのです。
    「おはようございますマスター」
    「……えっ、嘘寝落ちしちゃった? 道満先に食堂行ってて。わたし身支度して遅れて行くから。わたしの部屋から出るの見られないようにね」
     マスターは寝台脇の電子時計に目をやると慌てて起き上がり身支度を始めます。一応拙僧らは交際を始めたものの、そのことは周りに伏せている身。周囲にそのことを気づかれぬよう痕跡などを残してはなりませぬ。しかしながら先日のアンデルセン殿には察せられていたようですが……。
     扉の外に誰もいないのを確認し、そそくさと食堂に向かいます。すでに食堂はサーヴァント達で賑わっており、皆思い思いの朝食を摂っている様子。本来サーヴァントに食事は必要ないはずなのですが、英霊といえど何の楽しみもないというのもつまらぬ。電力で現界分の魔力を供給しているカルデアにおいてはあくまで嗜好品のようなものです。
    「あらドーマンちょうどいい所に!これあげる!」
     そう言って声をかけてきたのは鮮血魔嬢エリザベート・バートリー殿であった。その手には彼女のらいぶの招待券が2枚握られている。
    「……何故拙僧にこれを?それも2枚も」
     彼女のらいぶにはマスターに連れられて何度か行った事がある。壊滅的な歌唱力の彼女だが、何故か立香は好きなようでらいぶの度に嬉々として最前列で応援しておりました。脳をダイレクトに叩きのめされているような感覚。聞いていると頭痛や吐き気に襲われ、拙僧としては二度と御免被りたいのですが。
    「そりゃ貴方と子鹿の分よ。ライブデートに招待してるんじゃない!」
    「な!?」
     思いもよらない彼女の台詞に声をあげて驚いてしまいました。
    「デート……ああ貴方の国ではあいびきって言うんだったかしら?」
    「いえそうではなく……何故でえとなどと」
    「え? だって付き合ってるんでしょ? 貴方たち」
     まさかアンデルセン殿以外にもバレていたとは。頭が真っ白になっていると数名のサーヴァントに囲まれます。
    「この外道!!」「とうとうマスターにお手つきしたとは本当か!?」「一発殴らせろ!!」と次々に声が上がリ、混乱しているところに風魔の頭領が天井から降りてきました。
    「お待ちを! 確かにこいつは昨夜、一晩中マスターの部屋におりました。しかし無体は働いておりません。精々が口吸いや抱擁まででした。それも合意の上です」
     忍びのその言葉に集団からどよめきが上がります。
    「本当か? じゃあなんで昨日だけ部屋から出てこなかったんだ」
    「朝まで添い寝していました。一晩中見張っていたので間違いありません」
     思考が停止しておる。こやつらは先ほどから何の話をしておるのでしょうか。拙僧とマスターの関係が明るみになっているどころか、監視されていたと? そしてそれに拙僧が今まで全く気づかなかったと? いえ確かに最近はマスターのことばかり考え、日がなふわふわとした感覚でしたが。風魔の忍びはこちらを庇いながらも苦々しい表情で、少しでも何かあればその首を刎ねてくれようという殺気を感じます。
    「だから言ったろ? 気づくなという方が無理な話だと」
     いつの間にかアンデルセン殿が隣でニヤニヤと笑っておる。気づけば食堂にいるサーヴァントのほとんどがこちらを見ていました。これだけの者に秘密を知られながらそれに気づかなかったなど、本当に道化のようではありませぬか。カーッと顔が熱くなるのを感じる。穴があったら入りたいとは正にこの事。
    「そ、そんなはずありませぬ」
    「マンボちゃん、ちゃんマスと想いが通じて超絶浮かれてたよね。めっちゃ幸せオーラ漏れ出てたよ。」
     自分が今どのような顔をしておるかわからぬ。しかしとても人様に見せられるものではないだろうと、顔を覆いその場にうずくまってしまいました。清少納言殿は容赦なくその背中をバシバシと叩きます。
    「愛なき獣に何を仰る」
     拙僧は苦し紛れにそう一言呟きました。
    「では貴様は愛を知らぬままマスターを弄んだということか」
     忍びが鋭く言い放つと、食堂はしんと静まり返り、拙僧も思わず顔を上げます。
     そうだ。そもそも拙僧はあの娘の絶望が見たかった。悲鳴が聞きたかった。その為にマスターの想いに応えた振りをし、いつか捨ててやろうと……。
    「そのような事できるものか」
     口から思ってもいないはずの言葉がこぼれ出ていた。
    「立香に嫌われたら…儂は……」
    「あれ? どうしたのみんな?」
     その時、丁度立香が食堂に入ってきました。いつもと違う異様な雰囲気を感じ取ってキョロキョロしています。
    「みんなして道満を囲んで…何かあった?」
     マスターが来たことで先ほどまでの空気を有耶無耶になり、立香だけが首を傾げながら朝食を摂っておりました。

     ***

     儂は結局どうしたいのだろうか。
     立香の悲痛な顔が見たい。その涙を啜りたい。それは今も変わらぬ。だが、笑った顔も見たい。恥ずかしそうに目を伏せるのが見たい。立香のどんな表情も見たい。その体の全てを見たい。腹を切り開いて、臓物を見たい。温かい臓物を弄りたい。その琥珀の瞳に涙を溜めて、儂を見よ。儂だけを見よ。痛みに喘ぎ、苦しみ、憎しみに燃える瞳を向けられるのも良い。
     だが、嫌われるのだけは耐えられない。拙僧は愛なき獣。立香の向ける愛など解るべくもない。そうだ、そうでないと。いつかその愛が向けられなくなった時、正気ではいられぬ。いやこの身を呪いに蝕まれた時に、とうに正気など失っていたか。かつて故郷にいた頃、民草に囲まれていた頃、確かに愛はあったはず。混ざり物にはどこか遠い、もう思い出せない自分ではない自分の記憶。正気ではないから愛が解らぬのだ。解らない振りをしている。立香の愛が解ってしまえば、立香を■していると解ってしまえば……それを失うのが怖くて、愛を向けられたまま消えてしまいたくなる。そうしてしまえばいい。今すぐこの首掻き切ってしまおう。
    「何してるの道満」
     ふっと気づけばマスターの部屋にいました。夜いつものようにマスターの部屋に来ていたのでしょう。どれほど考え事をしていたのであろうか。
    「ねえ首、血出てるよ」
     爪が食い込んだ首からは血の筋が一本垂れてきていました。立香が治癒の魔術をかけようとするのを制します。
    「良いのです、これは」
    「なんでそんなことしたの」
    「はぁ、まぁ自傷行為のようなものでしょうか」
     死にたいと思った人間が手首などを傷つける。現代ではマスターぐらいの年頃に多いと座の情報で知っております。
    「嫌なことでもあったの?」
     と、立香が心配そうに覗き込んでおります。無論、拙僧はまだ立香から離れる気はさらさらありませぬ。ありませぬが、先程は本当にいっそ消えたいとすら願ったのです。今だってそう。なんと言って誤魔化すか。いっそ本当のことを言ってみましょうか? どんな表情をするのでしょうねぇ。
    「いつか貴方の愛を失うのが怖いのです。そうなる前にいっそ消えてしまえたらと……」
     言いながらちらりと立香の方を見遣ります。こんなものは試し行為。どんな表情をするのか、どんなことを言うのか見たいだけで深い意味は無いのです。カルデアに召喚された時からずっとそう。儂はこの小娘の反応が気になっていつも目が離せぬ。
    「……なんでそんなこと言うの」
     呆然とした表情。
    「やめてよ」
     震える唇。
    「もうこれ以上大切な人を目の前で失いたくないの」
     ハラハラと溢れる涙を拭うこともしませぬ。
    「勝手に消えるならわたしも殺してからにしてよ」
     堪らず立香の唇を己の唇で塞ぎ、そのままベッドに押し倒し組み伏していました。唇を舌でなぞればあっさり受け入れられます。歯列をなぞり、頬肉を舐め、舌を吸う。息が続くまで唾液を流し込みました。丹念に味わうような口付けの中マスターの魔力を感じる度、頭の中でパチパチと火花が散る感覚になるのです。ようやく口を離した頃にはお互い息も絶え絶えでした。
    「御身は獣の気まぐれで殺されていい立場ではないはずですが」
     他の英霊がいるのだからできるはずもない。しかしそれ以前にあんな言葉は想定にありませぬ。人類最後のマスターが最も言わないであろうと思っていた言葉。……それを言ったのか、この儂に。
    「そうだよ、だから勝手に消えないで」
     その言葉を聞いて胸の中に満ちていく温かな何かが、ふと堰を切ったように溢れていくのを感じたのです。その瞬間さまざまな感情が洪水のように押し寄せ、それに耐え切れぬと胸が張り裂けるように痛みおる。
    「……何故です。何故拙僧にそこまで」
     常人ならば良心、あるいは自責の念と呼ぶのかもしれぬ胸の痛みは、アルターエゴの蘆屋道満には存在せぬものです。愛や情と共に余分なものとして削ぎ落とされたもの。そこまで立香が自分に向ける想いに胸を打たれたのか、あるいは恐怖を感じたのかも知れませぬ。拙僧はそれを踏み躙ろうとしていたのだから。
    「立香、儂は貴女を殺そうとしていました」
    「知ってるよ」
    「……リンボではなく、カルデアに召喚された拙僧のことです」
     こんなこと言うつもりはなかったのに口は止まらないのです。立香は黙ってこちらを見ています。意外にも驚いているようには見えませぬが、しかし立香はそういう人間です。魔術の知識もからっきしで、何もわからないようで物事の本質はしっかり理解しておる。そうして知らぬうちに本心の底をのぞいてくるのですから、全く厄介極まりない。
    「あのリンボを殺した女を蹂躙してやろうと思ったのです。初めはただの興味本位、遊びのようなものでした。しかし……」
     言葉に詰まり立香を強く抱きしめました。痛かろうに立香は文句一つ言わず、ただ拙僧の背中を優しく撫でるのです。
    「いつからか、立香を見ていると拙僧は堪らなくなるのです。もっと触れていたい、側にいたい。温かな感情に包まれて、心臓を掻きむしりたくなるのです。己がそのように感じることが気色悪い。耐えられぬ。立香、こんな感情アルターエゴたる拙僧は知りませぬ」
    「道満」
     名を呼ばれ顔を上げると、真面目な顔をした立香と目が合いました。
    「それが愛だよ」
     そう言われた瞬間、己の頬が濡れるのを感じます。そこで自分が泣いていることに気づきました。
    「いえ……」
     何故アルターエゴたる拙僧に愛がなかったのか、わかりきっていたこと。だからこそあり得ない。
    「拙僧は悪性として生まれ落ちたもの……衆生の全てを嘲笑うアルターエゴ・リンボ……。他人を、自分でさえも愛することなぞできませぬ。そのように作られたのですから」
     舞台を掻き回す道化。正義の味方の敵役。舞台装置としての悪役。リンボはそのような存在だったのですから、それと同じ霊基を持つ己もそれに相違ないと思っていたのです。それが、馬鹿馬鹿しいと嘲笑し踏み躙ってきたものを失いたくないと思う日が来ようとは。依存し、執着し、足掻くなどと……全くお笑い種ではありませぬか。
    「違う、リンボは死んだ。私たちが倒した」
     立香は冷たくそう言い放ちます。その目はリンボ記録で見たカルデアのマスターの目そのもので、ぞくりと身震いしました。
    「だからあなたはここに来たんでしょ」
     そうだ、お前がリンボを殺した女だから……儂はここに……。
    「貴方は蘆屋道満、カルデアに召喚されたわたしの道満。だから、新しく生まれ変わった貴方は人を愛してもいいの」
     立香は拙僧の頭を優しく撫でます。やはりこの女は恐ろしい。リンボと敵対した張本人にも関わらず、拙僧がリンボの記録を持っていると知っても、この告白を聞いても尚、拙僧を愛せると? それどころか拙僧に愛を教えようとしていると言うので?
    「お前の愛は理解できぬ。何故儂を愛せると言うので? 儂を、リンボをどう思っておる」
     立香は瞬きすると少し考え込むような動作をしました。
    「その質問はそれぞれ別の答えになるかな」
     まず、と立香は話し始めます。
    「リンボと下総国で初めて会った時は怖かったよ。残酷で許せないとも思った。悪意そのものみたいな、人の形をした何か別の生き物と対峙しているみたいだった。インドでもそう、他の異聞帯で相対した時も……でも」
     立香はどこか遠い目をしています。リンボとの戦いの日々は最早昔のこと。拙僧がカルデアに召喚されてからそれほど時が経ったのです。
    「平安京はちょっと違った。内裏で会ったあの道満も内にリンボが隠れていたけど、全部が嘘ってわけじゃ無いでしょう。悲しそうに目を伏せていた道満も生前の道満の一要素。あと、最期往生際悪く命乞いをするのも妙に人間臭かったな」
     立香の評価に思わず苦笑いしてしまいました。往生際が悪いとは……。
    「これまで色んな事があって、色んな人と会った。特異点や異聞帯で会った人々、召喚に応じてくれたみんな。それぞれの人生があって誰一人ただの善人、悪人で割り切れる人はいないって思ったんだ。君も含めて」
     驚いた、リンボにあれだけのことをされてそう言い切れるとはやはり大したお方だ。
    「だから召喚された君とちゃんと向き合おうって思ったの。その結果わかったのが、君は悪いことが好きで、楽しいことに流されやすくて、嫉妬深くて、負けず嫌いで……」
    「ンンン最悪ですな」
    「でも根は真面目で、強くて……ちびっこサーヴァントたちとも遊んでくれて面倒見が良いし、わたしのサポートもしてくれる。頼れるわたしのアルターエゴ」
     立香はそう言って上目遣いでこちらを見てはにかむのです。気付けばそのまま立香の胸に抱かれておりました。
    「ねぇ、まだ愛が分からない?」
     拙僧は無様にも立香の腕の中で震えるばかり。惨めでちっぽけ。たかが小娘一人にこんなにも心をかき乱されるとは。
    「道満『愛してる』って言ってみて」
    「何故そのような……」
    「いいから」
     立香と恋人ごっこをしていた時、彼女の部屋で囁いた言葉。薄っぺらで中身の無い表面的な恋人役としての科白。
    「愛しております、立香」
     声に出すと心臓が握られたような感覚がしました。何度も言ったはずなのに初めて告白したような気分になるのです。
    「愛してる、愛しております……」
     これも言霊とでも言うのでしょうか。言葉というのは不思議なもので、一度口にしてしまえば繰り返し譫言のように漏れていきます。これでは最早『愛しているふり』などとは言えませぬ。
    「うん、わたしも愛してるよ道満」
     その一言だけで、アルターエゴの欠けた霊基が埋められていくようで。
     嗚呼、これが愛というものなのですね。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭👏🙏☺👏👏👏🙏💖💖💖💖💖💖💞💞👍👍👏👏☺☺🐾🐾💖💴💴💴💖💖💖💖💖❤❤😭💖💴💴💴💴💴💴💴💴
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    たつき

    DOODLE今後出す予定のリンぐだ全年齢小説本から書き下ろしを書けてるお見せします。
    本当に短いです。
    こちらだけはイベント終了後非公開にします。

    追記
    ちょっと書き直しになったから供養がてら公開しておきます。
    本が出るときには消すかも。
    君は悪夢になり得ない 彷徨海カルデアベース。深夜1時を回った頃、眠る藤丸立香のマイルームに蠢く影があった。その大きな影はゆるゆると立香に近づき、黒ずんだ手を伸ばす。眉根を寄せて脂汗を浮かべる立香を拭うと、うっすらと笑みを浮かべて影は……蘆屋道満は何かを唱え立香の夢の中に潜っていった。
     立香は毎晩悪夢を見ていた。そのきっかけは妖精国で見せられた失意の庭だが、その不安自体はそれ以前から立香自身が抱えていたものに他ならなかった。今日も立香は夢を見る。
    「これでキミも『予備』に戻れる!」
    「もう無理に頑張らなくていいんだって」
    「事件解決後、キミの目の前に広がっているのは何もかも壊れた後の、絶望的な地球の姿だ」
     仲間達から立ち止まるよう言われる優しい悪夢。今までがむしゃらに走り続けてきた人類最後のマスターにとっては何よりも苦しい要求だった。それでも、と彼女が立ち上がれる人間であったとしても、毎夜夢に見る度に少しずつ心はすり減っていく。一度傷のついた心は決して元には戻らない。眠ること自体を敬遠するようになるも、マスターとして万全を期すためには眠らなくてはならないと言うジレンマ。ここ最近の立香がノイローゼ気味だったことに気付かない者は少なかった。
    1520

    recommended works