御子柴賢太誕生日/獄Luck 特別な日だとは思っていない。
クソみたいなこの場所に来てからアホみたいに時間が経ったことを再確認して、それからまた気が遠くなるほどの時間を過ごさなくてはいけないことにうんざりする。そんな日だ。
年寄りどもは大袈裟だと言うかもしれないが、若者と同じ時を過ごしていると考えるのは愚かだ。
つまり今日は、いつもと変わらないくそったれの日だということだ。
「おはようございます! 御子柴くん!」
食堂で待ち構えていたように声を掛けてくる犬飼に、御子柴はうんざりとした顔を返す。しかし彼はいつものようにちっとも意に介さず、手に持った小さな箱をテーブルに置いた。
御子柴は無言で手に持っていた朝食のトレイを置き、どさりと椅子に腰掛けた。
「おめでとうございます。今日はまたひとつ大きくなりましたね」
「朝からケーキかよ……」
本人よりも嬉しそうな犬飼が、箱を開いて中を取り出す。うんざりと呻くと、後ろから声がかかった。
「あれ、いいもん食ってんね。シバケン」
気だるげなあくびと共に、甲斐田紫音が顔を出す。朝に弱い彼は、コーヒーのカップだけを手にしている。
「おはようございます。今日は朝から偉いですね、甲斐田くん」
「まあね、いま帰ってきたからさ」
「……甲斐田くん?」
「はは、ジョーダン」
煙に巻くような笑いを浮かべ、彼は御子柴の隣に座った。
「ああ、そっか。シバケンの誕生日だっけ」
「……だから何だよ」
「うそうそ。ちゃんと覚えてたって。はい、プレゼント」
無造作に置かれた箱。やたらと派手なメタルカラーだ。
御子柴がそれが何か理解するよりも先に、反応したのは犬飼だった。
「甲斐田くんっ! 何考えてるんですか」
「あはは、だって必要でしょ?」
顔を真っ赤にし、怒鳴りつける犬飼を完全に楽しがっている。それがヒントとなり、御子柴はようやく箱に書かれた『0.01mm』の意味を理解した。
「何考えてんだアホ紫音!」
「大人になったんだから必要でしょ」
「色ボケと一緒にすんじゃねえよ!」
「使う相手がいないかー。あ、俺と使う?」
「死ねっっ!」
箱を投げつかんで投げつければ、甲斐田は面白がって放り返してくる。まるで子供の喧嘩だった。
「朝からうるせーな……」
「おはよ、凌牙」
呆れた顔をして現れた土佐に、甲斐田が軽く手を上げて挨拶する。
「覚えてた? 今日シバケンの誕生日だよ」
「あ? そうだったか」
山盛りになった朝食を置き、土佐はごそごそとポケットを探る。取り出したものを不意に投げられ、御子柴は思わず受け取ってしまう。
てのひらを開く。刻まれたのは狼だろうか、重厚な雰囲気のジッポがそこにあった。
「やる」
短く告げ、彼は食事を始めた。
覗き込んだ甲斐田が、小さく口笛を吹く。犬飼は困った表情を浮かべたが、土佐への小言は飲み込んだようだった。
「へえ、いいじゃん。それ結構いいやつだよ」
「火遊びは駄目ですよ、御子柴くん」
「やるかよ!」
御子柴は食事を中断し、何も持たずに食堂を後にした。
いつものゲーム画面を開いたが、キャラクターのおざなりなお祝いメッセージに嫌気がさして閉じてしまった。
久しぶりに中庭に行くと、脳筋どもがバスケットなどに興じている。全くもって生産性のない馬鹿げた行為だが、御子柴は芝生の上で、手持ち無沙汰にそれを眺めるしかない。
「何そんな不貞腐れてんの」
甲斐田はいつも唐突に現れて、知らないうちに去っていく。気まぐれに隣に座った甲斐田は、手慣れた様子で咥えていた煙草に火をつけた。
「せっかくの誕生日なのにさー」
それを一本ねだったら、彼はきっとくれるだろう。火も貸すに違いない。食堂に置き去りにしたジッポを思い返す。
「……別に、何がおめでたいんだよ。誕生日なんか」
ぽつりと呟くと、甲斐田は呆れたように笑い出した。
「中二〜」
「はぁ!?」
「はいはい。怒んないでって」
いなすように手を振りながら、甲斐田は苦笑した。
「誕生日を何で祝うか、かー」
彼は空に向かって紫煙を吐き、しばし考え込む様子を見せた。京楽的に振る舞う彼にしては珍しい。
「口実、かな?」
「は? なんの」
「触れ合う」
甲斐田の手が伸び、不規則な生活でもみずみずしさを保った頬を撫でた。あまりにも自然な動作だったから、思わずそれを受け入れてしまう。甲斐田は優しいような、寂しいような、不思議な印象を受ける笑みを見せた。
「大人はね、いちいち言い訳が必要なんだよ」
御子柴は、子どもらしい潔癖さでそれを振り払った。
それなら大人になんなならなくていい。
夜、自室を訪ねてきた土佐は、三種の神器を手にしていた。
「今朝は悪かったな」
ピザにコーラ、そしてケーキ。どうやら冷蔵庫で保管していたらしい。
「やるよ」
「……どーも」
「コーラは紫音からだ。悪ふざけが過ぎた、だと」
「フン」
なら直接言えばいい。やっぱり、あんな大人になどなりたくない。でもチョイスはそう悪くない。
いつもは用事を済ましてすぐ立ち去る土佐だが、今日ばかりは御子柴をまじまじと眺めている。
「なんだよ、凌牙ちゃん」
「大きくなったな」
「アンタに言われると嫌味に聞こえんぜ」
御子柴は皮肉げな口を叩いた。
「いちいちうぜぇんだよ誕生日ごときで。なんでわざわざ祝うかね、こんなもん」
土佐は不思議そうな顔をしてまばたきをした。いかつい姿に似合わない、子供みたいな仕草だ。
「そりゃ、お前が生まれて嬉しいからだろ」
その言葉の意味が良く分からず――
「ハア!?」
一拍おいて、馬鹿みたいな声が出た。