かいみこ 何が合図だったのか、そんなことは分からない。
何かが気に障ったのかもしれないし、逆に好ましく思ったのかもしれない。欲情に火がついたか、ただの嗜虐心か。もしくは好奇心。
そもそも理由なんかなかったのかもしれない。
暴力というものは馬鹿が使う手段で、それを理解できるはずもない。
不自然にギターの音が止まる。怪訝に思って振り返る。思いがけず正面から目が合い、出そうとしていた言葉を失う。その一瞬が命取りだった。
その手が頬に触れた瞬間。体温、感触。いっそ、心地よさを感じたほどだった。甲斐田紫音という男は、当然のように人に触れる男だった。常に人を揶揄うような態度のくせに、いつの間にか警戒心の中にするりと入り込む。
ギターが床に落ちる音と共にヘッドホンが外れて、耳に痛みが走る。
それを自覚した時にはもう、身体はベッドの上に組み敷かれていた。うつ伏せに押し付けられた顔を慌てて横に向けて窒息を回避する。ギイギイと不快なスプリングの音が耳に直接響いた。
狭いながらも個室と、曲作り用の機材と、他よりも少しだけ上等な寝床。それらはこの監獄の中で、自分が特別な存在だという証拠であり、自尊心を構築する要素であるはずだった。
「テメェ——」
御子柴は、一瞬遅れて事態を把握した。反射的に怒号を上げる。後ろ手に押さえつけられた腕は体重をかけられ、身を捩ったところでどうにもならなかった。
それでも、単純な力でなら対抗できたかもしれない。
しかし甲斐田は、人を無力にすることに長けていた。
無遠慮に股間を弄られ、御子柴は反射的に息ごと声を飲み込んだ。背中に怖気が走るのと共に、顔が熱くなるのを感じる。
「——紫音!」
その手がするりと下着の中に入り、御子柴は堪らず声を上げた。それは押し付けられた枕の中に吸い込まれ、くぐもったものになったが、甲斐田に聞こえないはずがなかった。
「離せ……」
「やだよ」
弱々しい己の声を恥じる御子柴とは裏腹に、甲斐田は軽くと言い捨てた。まだ柔らかいそれを弄びながら。まるで何か、ゲームをしているような気安さだった。
御子柴は、これが悪い冗談だと思いたかった。彼はそういう悪趣味な人間であり、そして同時に、年少である自分には甘い自覚があったからだった。
強く握られ、御子柴は硬直した。手が上下に動く。同じ男だ。慣れた手つきだった。
「や、め……」
声は尻すぼみに消え、御子柴は嫌悪が入り混じった快感に耐えるしかなかった。
屈辱とは裏腹に——それどころか、比例するかのように身体は昇りつめてゆく。若い身体はあっという間に限界を迎え、甲斐田の手の中で果てた。
至極当たり前の反応は、15歳の子供の心を砕くのに充分だった。
「はは、いっぱい出た」
甲斐田が笑った。御子柴は顔を上げることをしなかった。
「気持ちよかった?」
答えるつもりもなく、声も出なかった。強烈な脱力感で、指一本も動かせない。まるで、自分の身体ではなくなってしまったような非現実感。視界の端で、甲斐田が前を開く姿が見えた。
下着ごと服を脱がされても、身体を引き裂かれるような痛みがあっても、御子柴はまだこれが夢だと願った。突き上げられる身体がバラバラになるような感覚と共に現実感が消え失せてゆく。頭の中で音楽が鳴った。そうだ、自分は音楽を作っていたはずだった。
声なんか出せなかった。もちろんそうすることも出来た。そうすれば、きっと誰かしら駆けつけただろう。あのバカ看守だったら顔色を変えて制止し、挙げ句の果てに二度とこの男と会わずに済むように措置を取るかもしれない。君は何も悪くないという、合成甘味料のような言葉すら添えて。
だからこそ、バレるわけにはいかなかった。
可哀想な子供になったら、生きているはずがない。御子柴はこの檻の中で生まれ、檻の中で育ってきた。
その時間は永遠にも感じられた。
ようやくそれを終え、乱れた息を整えながら甲斐田は御子柴の顔を覗き込んだ。少しだけ目が合うと微笑む。気でも狂ったのだろうか。その姿はよく見知った彼と何も変わらなかった。
「童貞より処女先になくしちゃったんだ」
その声は親しげで、いつもの気だるさがなく弾んでいた。
欲情の余韻を帯び、瞳が少し潤んでいた。
「俺と一緒だね」