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    ゆうれい

    @utalica_

    小説置き場

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    ゆうれい

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    京ちゃんお誕生日おめでとう

    京とイツキ 習慣がある。
     夜中にふと目が覚める。元々眠りが浅い方だから仕方ない。得体の知れない不安に駆られている。横を見る。いつの間にか自分より大きくなった弟が眠っている。そっと耳を近づける。安らかな呼吸を聞いて、そこでようやく泣きたくなるような安堵を感じる。
     目を閉じる。毛布の中の温もりに泣ことができる。頭に流れる音楽は心臓の鼓動のリズムをしている。多い時には夜明けまでに、それを何度か繰り返す。
     何を差し出しても取り戻したいと思い、それが叶えば今度は失うことを恐れている。
     人生はこの繰り返しだ。
     それを幸福と受け入れるか、悲劇と捉えるか。

     京は今夜も目を覚ました。
     いつものように弟の呼吸を確かめる。安らかな寝息。落ち着いた鼓動。それらが全て正常なことに感謝して、目を閉じようとし——京は小さく喉を鳴らした。冬の乾いた空気に喉がざらつく。音を立てないようにベッドを降りてキッチンに向かう。
     水を汲んで一口飲む。冷ややかな感触が喉を伝って腹に落ち、身震いをする。今年は暖冬だというが、やはり真夜中は冷え込む。
     静かだ——暗く沈んだリビングに目を向け。煩いほどの静寂。まるで世界に独りきりになったような。あの音も、温度も、全て夢だったのだろうか。
    「眠れないのか」
    「イツキ」
     呼ばれて現実に戻ってくる。起こしてしまったのだろう。ドアから顔を覗かせたもう一人の家族は、無表情ながらも労わるような視線をこちらに向けている。
     京は笑みを作った。
    「喉が渇いただけだよ」
    「大丈夫か。今日はただでさえ就寝時間が遅かった」
    「うん。やけにロクタのテンションが高かった」
    「それはそうだ。明日はお前の誕生日だからな」
     京は表情を消し、数度瞬きをした。イツキの目をまっすぐに見て、頭の中のカレンダーを確認する。
    「そういえばそうだった」
     イツキの眉間に僅かに皺が寄った。呆れたようなため息をひとつ。
    「今までどうやって過ごしてたんだ?」
    「みんなからお祝いしてもらうことが多かったかな……仕事の関係でね」
     京は自嘲めいた笑み浮かべた。薄情だと自分でも思うが、問われてようやく思い返した。
    「有難いし嬉しかったけど、少し疲れてしまうから……そうしたら、一人で海を見に行くんだ。冬の海は静謐で、心を清らかにしてくれる。でも悲しい旋律になってしまうから、誰かに聞かせることはあまりなかったな」
    「明日は騒がしい曲が出来るさ」
     京は顔を上げてイツキを見た。勿論、彼が悪戯っぽく微笑んでいるなんてことはなかったけれど。
    「ロクタが張り切っているからな」
    「……それは楽しみだ」
     京はコップに残っていた水を飲み切った。
     不思議と、もう不安はなかった。
    「だからもう寝よう。寝れないなら、手を握ってやる」
     柄にもないイツキの言葉に、肩から力が抜ける。
    「やっぱり、君の方がお兄さんみたいだ」
    「やめてくれ。さすがに弟二人は面倒を見切れる気がしない」
    「そうだね」
     ベッドでは幸福のかたまりが夢の世界に遊んでいる。
     僕たちの弟。音楽は途絶えない。
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