遠い海面で跳ねる水しぶきが、夕日を受けて金色にきらめく。
数十匹は集まって大きな群れを成したナミイルカたちが楽しそうに戯れながら、思い思いに夕暮れの海を飛び跳ねて水平線のほうへ泳いでいくさまを、ハルトと一緒に、波打ち際で歓声をあげて眺めた。
ナミイルカたちがはしゃぐ声も、潮風に乗ってかすかに届いてくる。パルデアの海の風は、ほんのりとあたたかい。
明日で連休が終わる。明日になったら、午前中にはまた飛行機に乗って、学園へ戻らなきゃならない。ハルトも名残惜しく思ってくれたのか、海を見に行かない?なんて、日が暮れる頃になってから突然誘いをかけてきた。
ハルトがこんな風に言い出すとき、一緒についていくと、たいてい何かが起こる。いま目の前にある光景も、ハルトの家の近くの砂浜へ降りていってすぐに見ることができた。
ハルトは何が起きるか知ってて俺を案内してくれることもあるけど、そういうときは見せたいものがあるんだって先に教えておいてくれるし、今回みたいに、本当に偶然なことも多い。
まるで、出来事のほうがハルトに見つけてもらうのを待ってて、ハルトのことを呼んでるみたいだ。
ハルトは物語の主人公みたいだな――前とは違う感情から、言葉が口をついて出た。
「……あ。今のは、変な意味じゃなくて……!」
ハルトにとってはイヤな言葉だったかもと、言っちまってからぎくっとしたけど、ハルトは気にしてないよという風にこっちを振り向いてにっこりする。
「僕が主人公なら、スグリはヒロインだね」
背丈が伸びても変わらない笑顔で、ハルトは歯を見せて笑った。少し悪戯っぽいけどお日様みたいにあったかくてまぶしい、俺が憧れた笑顔だ。
かと思えば、ん?と首を傾げて、ハルトが急に難しい顔になる。
「あれ? ヒロインで合ってる……? ヒーローのほうがよかったかな……?」
「…………ま、」
「?」
間違ってないよと、どうにか出した尻すぼみの声は、ちゃんとハルトの耳まで届いただろうか。これでも頑張って言ったんだから、風の音や波の音で遮られてないことをひたすら祈る。自分で言ったセリフがどんどん恥ずかしくなってきて、ちらちらとハルトへ向けてた視線を、完全に下へ落としたまま動かせなくなった。顔が熱い。夕日の赤色で、いくらか誤魔化せてたらいいけど。
祈った甲斐なくきょとんとしてる様子のハルトのために、合ってる、と言い直して、足元の砂浜を見ながらハルトの手を握る。
だって、主人公の特別な人で、恋人って意味だべ?
……ハルトになら、こういうこと言われても、全然嫌な気がしない。それどころか、鼻の奥んとこがちょっとだけツンとしてくるくらい、
「うれしい」
ハルトが言って、えへへと笑う。指をやさしく握り返されて顔を上げてみると、想像してたまんまのふやけた笑顔がそこにあった。つられて、俺も口のまわりが緩む。ハルトの頭の後ろで、藍色に染まっていく空に、いつの間にか星が光りはじめていた。
こうしていつまでもハルトのいちばん近くにいられるんだったら、どっちだっていいんだ。その座が揺るがないなら、呼び方なんてなんでもいい。……ハルトも、一応、俺がイヤな思いしてないか気にしてくれてるみたいだし。
辺りが暗くなっていく。ナミイルカたちの声も聞こえなくなって、誰も見てないのをいいことに、繋いでいないほうのハルトの手が俺の肩に添えられた。近づいてくる唇を、目を閉じて受けとめる。
夜空を走っていく流れ星の群れにハルトと一緒に気づくのは、もう少しだけあとの話。