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    とらのめ

    版権二次創作/ハルスグ相手左右完全固定
    こちらに掲載している作品の転載、引用、改変、自作発言等を一切禁じます。

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    とらのめ

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    成長後設定ハルスグ短編
    前作『Glorious days』から地続きになっている続編です。
    ハルト君のアルバムを見るスグリ君のお話。

    treasures ハルトと一緒に住む家を選ぶとき、お互いのポケモンっこたちのことも考えて、人がふたりで住むには広めの家を選んだ。
     おかげで体の大きなポケモンっこが部屋の出入り口や通路に引っかかって動けなくなるようなことは、これまで一度も起きてない。
     でもその代わり、掃除をするときは毎日数部屋ずつって作業を分けてやっていかないと、今日みたいに休みの日を使ったって丸一日じゃとても終わらない。ハルトが海外出張で出かけてるから、今はもっと大変だ。

     今日は、一階の部屋の掃除。
     一階の居間の本棚には、ハルトが持ってきた本と俺が持ち込んだ本を全部一緒に入れてある。ほとんど全部、ポケモン関連の本だ。
     ハルトの本をまとめて入れているあたり。分厚くて目立つスカーレットブックの隣に、一冊だけ、背表紙に何も書かれてない冊子があった。

    「うん……?」

     拭き掃除の手を止めて、本棚からその本を引き出してみる。表紙にもタイトルがなくて、代わりに書かれてるのはだいぶ昔の日付だ。ハルトの字だ。
     表紙をめくってみる。いくつもの写真や、それを囲むように色とりどりのシールや付箋が貼ってある、厚紙のページが現れた。ハルトは写真を撮るのが好きで、何かあると記念写真をよく撮る。そうしてスマホロトムで撮影した写真を現像しておさめたアルバムみたいだった。
     最初のページの一番はじめに貼ってある写真は、コサジタウンにあるハルトの実家を写したものだ。
     オレンジ色の屋根の家の外観を背景に、笑顔でピースサインをしているハルトの姿はまだ幼い。俺とはじめて会った頃と、たぶん同じくらいの歳だ。
     今のハルトとおんなじ笑いかた。めんこくってつい、頬が緩む。隣には、ハルトの肩に手を添えてにっこりしてるお母さんが一緒に写ってる。ハルトの足元にいるホシガリスは、ハルトの実家に今もいるホシガリスだろう。……もしかして、パルデアに引っ越してきたときに撮ったものなんだろうか。

    「……んん……」 

     ちょっと、悩む。
     見るなって言われてるわけじゃない。むしろハルトなら、自由に見ていいよ! って即答しそうだ。
     だけどそれでも、本人のいないところで確認もとらないでこういうものを見ちまうのは、なんだか申し訳なくて…………でも、気になる。
     結局、誘惑に負けて、ハルトには今夜の電話で伝えることにして、俺は食卓の椅子に腰を落ち着けた。
     アルバムを机の上に広げて、あらためてページをめくってみる。掃除はほとんど終わってるし、夕飯までにはまだ時間があるから大丈夫だろう。

     さっき見た写真のすぐ下に貼ってある一枚。
     真新しい学生服に身を包んだ小さなハルトが、うきうきとはやる気持ちを隠せない表情で写ってる。丸い帽子をかぶって、俺がハルトとはじめて会ったときと、まさしく同じ出で立ちだ。
     隣のページに移って、次の写真はニャオハと一緒だ。『はじめてのポケモン!』とハルトの字で書かれた、ニャオハの顔の形の付箋がつけられている。
     その下には『あたらしい学校!』の文字と、どこか高いところからテーブルシティを写した写真。アカデミーのモンスターボールの形の建物が目立つから一目で分かった。
     さらにその下。ページの最後。ニャオハとコライドンと一緒に、たぶんテーブルシティの中央広場で撮った写真。『宝探し!』の付箋紙のまわりにキラキラ光るシールがたくさん貼ってある。
     ……なんだか、俺も当時のハルトと一緒に冒険してる気分になってきた。いいもの見つけた。わくわくしながら、次のページをめくる。

    「……あ」

     写真の中の風景が、キタカミの里に切り替わった。
     見慣れた小さなバス停。青空と雲が映る棚田と、スイリョクタウンの遠景。
     俺がハルトと一緒に看板巡りをしたときの写真。子供のころの自分がハルトの隣で、ハルトの真似して下手くそなポーズで写ってる。
     次は、オモテ祭りでねーちゃんと三人で撮った写真。……それから。

    「……なんて顔して写ってんだ、俺」
     
     三枚目の看板。
     記憶の中の、遠い思い出をまとめて仕舞ってある場所から苦い感情が残り香みたいにかすかに胸に立ち込めてきて、自分自身で呆れながら溜め息と一緒にそれを吐き出す。
     ハルトもねーちゃんも、俺の陰口言って笑ったりなんかする筈ないのに。分かってた筈だ。
     ちっぽけな意地張って、バカなことしちまったと思う。でも当時の俺は真剣で……必死で。ああいう風にしかできなかった。良くないってどっかで分かってたのに、自分じゃもう止まれなかったんだ。
     ハルトみたいになりたかった。その言葉は本心だったけど、そんなこと言われたってハルトだって困っただろう。
     自分がどれだけ幼かったか。今ならよく分かる。
     隣でどこか気まずそうに笑顔を作ってるハルトのことが見ていてかわいそうになってきて、小さなハルトの頭のあたりを指先でそっと撫でた。
     ……でも、アルバムに飾ってくれてるんだなぁ。
     ハルトから見てもこの写真の出来事は、決して良い思い出とは呼べない筈だ。なのに消さないで、こうやって取っておいてくれてるんだ。

    「…………」

     付箋はつけられてない。ハルトはどんな思いで、この写真を眺めてたんだろう。

     林間学校で俺と撮った写真はそれで最後。あとは、ともっこたちから取り返したお面を持って嬉しそうなオーガポンやねーちゃんと一緒に写ってる写真が続く。
     ……ハルトが出張から帰ってきたら、また、並んで写真さ、撮ってもらおうかな。
     ハルトと一緒に写真撮りたいって俺から誘ったこと、たぶん、なかった気がするから。きっとすごく喜んでくれる。
     そのときのハルトの顔とセリフを頭の中で想像しながら、ページをめくった。

     写真の中の風景が、またパルデアのものに戻る。林間学校を終えたハルトがパルデアに帰ったあとの写真みたいだ。
     パルデアの各地の写真はどれも綺麗に撮れてる。そのうちのいくつかの風景には、俺も見覚えがあった。
     青い海に、草原と広いオリーブ畑、赤い岩山、砂漠、海みたいに大きな湖、真っ白な高い山と雪景色。たまに街の中の写真と一緒に、どこのお店の何がおいしかったって付箋が貼ってあるのが微笑ましい。
     ピクニックしてるポケモンっこたちの写真は、ハルトの手持ちのポケモンっこの成長記録だろうか。
     どの写真の中にも必ずいるニャローテの姿が途中からマスカーニャに変わって、楽しそうな笑顔のオーガポンも、ちょくちょく一緒に写ってる。

    「……そっか。一緒に旅してくれてたんだ……」

     大事にするって、ハルト、あのとき言ってくれてたっけ。
     恐れ穴の前で力比べをしてオーガポンを捕まえたあとも、ハルトがあの子を本当に大切に扱ってくれてたことは、再会したあとでその懐きっぷりを見てすぐに分かった。パルデアに戻ってからも、ずっと一緒に冒険してくれてたんだ。
     一緒にいろんなとこさ行って、いろんなものを一緒に見たんだろうな。……ちょっとうらやましい。

     パルデア各地のジムリーダーたちとハルトが一緒に写ってる写真は、ジム制覇記念の写真かな。たまに、俺がよく知らない人(たしかボタンの友達だ)と撮った写真も混ざってる。
     ペパーと二人で写ってる写真も何枚かあった。大怪我をして衰弱しちまったマフィティフを助けるために伝説のスパイスを探してハルトと奔走したって話は、ペパーから直接聞いたことがある。
     いくつもの写真の中で、いろんなポーズをしていろんな表情で写るハルトはどれもめんこい。でも、さっきのキタカミの写真の頃とは何かが違うような……写真が新しくなるにつれて、写ってるハルトの目の奥に、だんだん揺るがない芯みたいなものが宿っていってる……ような、気がする。今のハルトの顔つきに、少しずつ近づいていってる。
     ページの最後には、シールやステッカーで特に華やかに彩られた写真が飾ってあった。
     ネモ、ペパー、ボタン、それにコライドン。みんなで並んで笑顔で写った写真。
     付箋には、『良い旅を』『大切な友だち』の文字。

    「旅……」

     ……ハルトの宝探しの話を、あらためてもっと詳しく聞いてみたくなった。
     このアルバムの中には残されていない光景――立ち入り禁止って言われてたエリアゼロの奥で、何を見たか。そういう話は少しだけ聞かせてもらったことがあるけど。
     仲間と、ポケモンっこたちと旅をするなかで、ハルトはどんなことを思いながらこの風景たちを写真に残したんだろう。俺がまだ知らないハルトの話を、ハルトの口からもっと聞いてみたい。
     今度、ハルトにねだってみようかな。その時にはこのアルバムを見ながら喋って聞かせてもらうのもいいかもしれない。
     ハルトのこと、もっと知りたい。
     
     またページをめくると、今度は一面、ブルーベリー学園の写真が並んでいた。
     パルデアのジムリーダーたちと記念撮影したときと同じ感じで、ブルベリーグの四天王と、ハルトやその手持ちたちが一緒に写ってる。……ハルトと距離が近いのはだいたいみんな一緒なのに、一部の写真だけ何か癪に障った。ハルトに馴れ馴れしく触んな。
     ……ハルトも学園に来てからバトルばっかりしてて忙しかったからか、この時期の写真の枚数は少なめだ。――忘れもしない、大空洞でテラパゴスを捕まえて帰ってきた日に、ねーちゃんとハルトと俺の三人で撮った写真がすぐに現れる。
     このときのことは、今でも昨日のことみたいにはっきり覚えてる。
     海から顔を出したばかりの朝日の眩しさ。潮の匂い。金色の陽の光のなかで嬉しそうに頷いてくれたハルトの、やさしくて弾んだ声まで……ぜんぶ。
     写真の傍に貼られた、シンプルだけどきれいな色とデザインの付箋には、ハルトの字で『宝物』って書いてある。
     ……このアルバム、いま見るんじゃなかったかも。
     ハルトが出張先からパルデアに帰ってくるまでまだ日にちがあるのに、もう少し待てばよかった。

    「うぅぅぅ……」

     机に突っ伏しながら溜め息を漏らした。
     仕事なんだから仕方ない。一週間もせずに帰ってくるんだし、俺だってもう子供じゃないんだから。会いたくなったって、今すぐにはどうにもならないし……。
     また溜め息が出る。せめて気を紛らわせようと、またアルバムのページをめくった。

     次のページからは、俺がハルトと一緒に写ってる写真がだんだん増えていった。
     ハルトが初めてペパーたちと一緒にキタカミに来てくれたとき、ねーちゃんも入れてみんなで撮った写真。あのときは村のみんなが突然おかしくなっちまって、俺、何が起きてんのか分かんなくて、一時はどうなることかって思ったけど……ハルトがいてくれて本当によかった。
     ハルトには言わなかったけど、ほんとはハルトに手紙と飛行機のチケットを送ったとき、来てくれるかなって、ずっと不安でドキドキしてたんだ。
     学園を休学してキタカミに帰っても、それまで吐くほど猛特訓して辛かったこととか、イライラしていろんな人に怒鳴っちまったこととか、これからのこととか……そういうことがずっと頭から離れてくれなくて。大空洞から帰ってきた日みたいにもう一度、ハルトが俺の目の前で笑ってくれたら、安心できる気がして……だから『会いたい』って、思いきって手紙に書いてハルトに送ってみた。
     それが、ハルトは、もう。ねーちゃんがおかしくなってもっと不安になってたときにちょうど俺のとこさ来て、「会えてうれしい!」って……ほんとに、嬉しそうに言ってくれて。俺の中にずっと充満してた怖くて辛い気持ちを簡単に吹っ飛ばして、村に起きてた異変も全部、さっと解決しちまった。
     ハルトはもう俺の中では神さまみたいな不確かな存在じゃないけど、やっぱり強くて優しくてかっこいい、物語の主人公みたいだなって思う。「背中はまかせた!」なんてこと言われたの生まれて初めてで、ハルトに言ってもらえて、ほんとに……ほんとうに俺、うれしかったんだ。
     正気に戻ったねーちゃんとハルトたちと、次の日みんなで行ったオモテ祭り。今でも忘れられないくらい楽しかった。今年もみんなで行くってこと、あとで公民館に連絡して、ペパーたちが泊まる部屋さ確保しておかないと。

     次の写真は広い草原みたいな場所で、ハルトとお互いのポケモンっこたちと並んで撮った写真。後ろのほうに光るブロックの壁が写ってるから、これたぶん、ハルトと一緒にブルレクの課題やりながらピクニックしたときのやつだ。
     寝てるカジッチュの写真。付箋に書いてある名前と日付から、俺が交換でハルトにあげたカジッチュだってわかる。あの子は立派なカミツオロチに進化して、今じゃハルトがバトルで大暴れさせてるくらい、わや強くなった。 
     お正月にまたキタカミに遊びに来てくれたハルトたちと、俺の実家の前で並んで撮った写真。この年はうちのばーちゃんが張りきって、ハルトたちに着物着せてたっけ。おめかしさせられてハルトとネモははしゃいでるけど、ペパーとボタンはちょっと照れた顔で写ってる。
     それから、今度は俺とねーちゃんがハルトたちに誘われて、パルデアに遊びに行ったときの写真。みんなでお菓子食べ歩きして、学校も案内してもらって……そうそう、ハッコウシティに初めて行ったときは夜で、明かりが眩しすぎて目がちかちかしたっけ。「この夜景を恋人同士で見るのが人気なんだって」ってハルトがこっそり耳打ちなんかしてくるから、みんなの前なのにドキドキした。
     ハルトは交換留学の期間が終わったあとも、スマホさ持ってない俺にこまめに手紙をくれて、まとまった時間ができればそのたびに飛行機に乗って会いに来て、何度も俺をデートに連れ出してくれた。
     俺、ハルトの恋人でいられて幸せだって、何度思わされたか分からない。写真に写ってないところで嬉しい涙や恋しい涙を数え切れないくらい流したことも全部、ぜんぶ、俺の大切な思い出だ。
     どの写真でも、見てて照れくさくなるような笑顔で写ってる俺たちはみんな、写真の中で少しずつ背が伸びて大きくなっていく。

     次のページでは、写真の中の俺もハルトも、もう今と全然変わらない姿になった。
     お互いの実家で、お互いの家族と撮った写真。それから、パルデアで挙げた結婚式の写真。
     この辺は最近のことだから、記憶も特に鮮明だ。
     俺もハルトも派手好きじゃないし、盛大にやるのはなんだか恥ずかしくて、式は小さな式場でささやかに済ませた。ハルトはパルデアの有名人だから混乱を避けようって意味でも、招待したのは、お互いの親族と親しい友達だけで。キタカミから駆けつけたねーちゃんたちと、ハルトのお母さんも一緒に写ってる。
     俺たちが付き合ってるってことはねーちゃんには話してあったけど、ほかの家族にも説明をして結婚の許しをもらいに行った日は、ものすごく緊張した。いろいろ、不安にもなった。
     特に俺と違ってハルトは一人っ子だ。ハルトのことは世界中の誰にも負けないくらい強く想ってる自信があっても、同性の俺が相手じゃ、どう頑張ったって子供はできない。
     ハルトの恋人になったばかりのころの俺は、ただハルトのことが好きだって感情に振り回されて、こういう大事なことを何も考えられてなかった。……考えないようにしてた、けど。
     ハルトと何年も付き合って、何回か家にも遊びに行かせてもらったりしてるうちに、ハルトのお母さんはすごく優しくていい人だって分かって……俺のせいで、ハルトとお母さんがぎくしゃくしちまったらどうしようって、だんだん、怖くなってきた。
     学校へ通うハルトのためにガラルからパルデアまで一緒に引っ越してきたお母さんだ。いつかは孫の……ハルトの子供の顔を見たくて当然だって思った。遠距離恋愛をしてるあいだに、俺から身を引くことも考えた。でもハルトと別れるなんて耐えきれそうになくて、決心がつかなくて悩んでたらハルトにバレて、洗いざらい吐かされることになって。
     
    「ハルトのお母さんに、ハルトの子供の顔見せてあげたい……俺のせいで、ハルトとお母さんが喧嘩にでもなっちまったら、俺、」
    「スグリ」

     そのとき、俺の肩を掴んだハルトの静かなひと声が、威圧してるわけでもないのに不思議な迫力で俺の言葉を止めた。正面から俺の顔を覗き込んできてくれて、視線が合うと、いつも通りの優しい目で俺をまっすぐ見つめてくれてて。

    「僕のお母さんのこと、大切に思ってくれてありがとう。でも、男同士じゃ子供はできないから、それでスグリと別れて、違う女の子と付き合えって言うの?」
    「……っ」
    「無理だよ」

     ちょっと苦笑いしながら、ハルトははっきり言い切った。

    「無理。絶対いやだ。僕はスグリがいい。スグリじゃなきゃ嫌。耐えられないよ」
    「……そんな、小さい子みたいなわがまま言わねえで……」

     鼻の奥がつんとして、目の前が涙でぐしゃぐしゃになってる俺を腕の中に抱き締めながら、ハルトはゆっくり言い聞かせるみたいに言葉を続けた。 

    「……ね、スグリ。僕はね、みんなが言ってくれるようなパルデアの光だとか、ヒーローだとか……そういう人間じゃないんだ」

     ――僕は、ひどい人間なんだよ。

     初めて聞く声だった。
     謙遜でも諦めでもなく、淡々と事実を言ってる……そういう声音だった。

    「僕と結婚して、僕以上にいろいろ言われるのはたぶんスグリの方でしょ。スグリのおじいさんとおばあさんだって、いつかスグリが女の子と結婚して、ひ孫が生まれる日をきっと楽しみにしてた」

     びくっと揺れた俺の体を捕まえて閉じ込めるみたいに、ハルトは俺を強く抱いて離さなかった。
     けっして痛かったり苦しかったりするほど力を込められてるわけじゃないのに、ハルトの腕のなかで、俺はそれきりぴくりとも動けなかったのを覚えてる。

    「僕といなければ有り得た幸せを、全部僕が奪う。君に辛い思いをさせる。そういうことが分かってて、でも僕は、スグリから離れる選択肢を選べないんだ。君が僕から離れていくことを許せない。……逃げたって、どこまでも追いかけていくから」
    「……!」
    「……こうなる前に、言っておいてあげられたらよかった。……ごめんね」

     俺の肩に顔を埋めて、少しだけ苦しそうに震えた息を吐くハルトの言葉を聞いてて、ひさしぶりにぞっとした。こわいくらい強い光に体の底までぜんぶ灼かれるような感覚。ハルトの光はこういう光だったって、思い出した。
     そのとき、胸の奥のほうからわき上がってきて俺の身体ぜんぶを震わせた、あの強い感情をなんて呼んだらいいんだろう。
     気がついたらハルトの背中の、上着の布地を強く握り締めてて、口が勝手に笑っちまう形に歪んでくのを止められなかった。
     こう呼ぶにはなんだか、あんまりにも暴力的だけど。歓喜って言葉が、やっぱりいちばん近い気がした。

     ――林間学校が終わってから、僕はずっと、もう君と一緒にいる資格はないのかもって思ってたんだ。
     僕は、君が大切にしてる場所に踏み込んで、君の宝物を横取りした。嫌われても仕方がないって……。
     ……でも。やりなおしたいって、君に言ってもらえてうれしかったんだ。僕が君の傍にいることを許してもらえて、うれしかったから……。
     君が悲しいときや、苦しい思いをしてるとき、君を助けられるように……君の背中は僕が守るから。
     一緒に、方法を考えよう。うまくいくようにしてみせる。

    「――僕を信じて」

     そう言って、ハルトが目に涙を溜めながら笑って、同じように泣き笑いでぐしゃぐしゃになってる俺の顔を覗き込んでくれたころには、俺が自分の気持ちに嘘ついてまでした決意なんかすっかり折られてて。……俺たちがそんな、喧嘩とも呼べないような喧嘩らしいことをしたのは、大空洞のテラパゴスの件以来だった。

     ハルトはいつから、こんなに、考えてくれてたんだろう。
     昨日今日で思いついた言葉じゃないことくらい俺にだってわかる。本気で、俺と一緒に生きていくんだってとっくに決めてて、その選択をしたら起こることの全部を、きっと随分前から悩んで、考えてくれてたんだ。俺がはじめての恋愛で、子供じみた嬉しさや寂しさに振り回されてた間も、ずっと。 
     うれしいこと。しあわせなこと。ゼロから全部をもう一度やりなおしてくれた日から――それよりも、ずっと前からも。俺はハルトから、もう数えきれないくらいたくさん、きらきら輝くような宝物を貰ってばっかりだ。
     どうして、俺なんかのどこがそんなに好きでハルトは俺にここまでしてくれるのか、今でも分からない。でも。
     俺も、ハルトが大好きだ。ハルトと出会うことができて、愛してもらえて、俺はきっと、世界いち幸運な人間なんだ。 

     俺からはハルトに何をあげられるだろうって、俺なりにすごく悩んで。結婚指輪は、俺からハルトに手渡した。
     指輪を受け取ったとき、今度こそ我慢しきれなくって涙をぽろぽろ流して喜んでくれた、泣いててもめんこいハルトの笑顔を今もはっきり覚えてる。ハルトは変なとこでかっこつけたがりだから、そこはあんまり覚えててほしくないみたいだけど。絶対、一生、忘れたりなんかしない。

     ハルトと結婚できないならもう他の誰とも一生結婚しないって気持ちでキタカミに里帰りして結婚報告に臨んだから、案外すんなり話が通って、拍子抜けしちまうくらいだった。
     子供は、跡取りはどうするのって眉をひそめる親戚も中にはいたけど、若い世代が選んだことを尊重しようってじーちゃんが応援してくれて、ねーちゃんも味方になってくれて、あと、ばーちゃんの発言権がとにかく強かった。うちのばーちゃんは林間学校のときからハルトのことすごく気に入ってて、今じゃすっかり大ファンだ。
     ばーちゃんの気持ちは分かる。「本当は僕も怖いよ」って、キタカミに行く前日の夜は苦笑いしながら言ってたのに、当日になったらそんな素振り全然見せないで堂々とみんなの前で話をしてたハルト、わやかっこよかった。

     ハルトん家に挨拶に行ったときは、もっと話が早かった。

    「スグリはこんなに素敵なんだから、ママはスグリのこと絶対好きだと思うけどな」

     さすが息子って感じで全然心配そうにしてなかったハルトが言ってた通り、ハルトのお母さんは俺たちの話をあっさり受け入れて、パーティーの準備しなくっちゃ、って笑って喜んでくれた。
     放任主義ってわけじゃなくて、ハルトのことを……ハルトが選んだ俺のことも信じてくれてる。言葉では言ってなかったけど、そういう雰囲気が俺にもわかるくらい伝わってきた。さすがはハルトのお母さんだな、って感じだった。

     ハルトとの間に子供を作れないことについて、結婚したあともずっと俺の中にあった罪悪感を拭い取ってくれたのも、ハルトのお母さんだった。

    「スグリくん、そんなに畏まらなくていいのよ。あなたはハルトの大切な人なんだもの。ここはもう、あなたの家でもあるの」

     ……ハルトとおんなじように、俺の心さ読まれちまってるんじゃないかって思うくらい、お母さんの前じゃ俺の本心が筒抜けで。足元で丸まって寝てるオオタチを見る優しい目つきまで、ハルトそっくりで。

    「あなたたちが遊びに来てくれると、かわいい子供がたくさん増えたみたいで嬉しいの。私たちの家族になってくれてありがとう。ハルトのこと、これからもよろしくね」

     ありがとうなんて、そんなこと、俺のほうが。
     お母さんと並んで夕飯の洗い物してた途中だったから両手が泡まみれで、泣くのをこらえるのが大変だったし、こらえきれなくてお母さんの前でちょっと泣いた。ハルトと結婚式を挙げるまでいろいろあったけど、その言葉で、何もかも救われた気がしたんだ。 

     お母さんと俺とハルトと、ポケモンっこたち。今年の初めにコサジタウンのハルトの実家の前で撮った写真は、アルバムのいちばん最初に貼ってあった写真と同じ構図で撮られてる。これ、ハルトがわざとやったのかもしれない。
     ハルトと一緒に左右から俺を挟んで俺の腕に手を添えて、最初の写真と全然変わらない笑顔で写ってるお母さんは、またいつでも遊びに来てねって、帰り際の俺たちに言ってくれた。
     今度休みがとれたら、ハルトと一緒にまた挨拶に行こう。お正月に持ってったキタカミのりんご、とってもおいしかったって喜んでくれてたし、今度もお土産にしようかな。そんでまた、ハルトが好きな料理のレシピさ、お母さんに教えてもらおう。 

     ああ――幸せだ。

     ……思ってるだけじゃ、たぶんダメだ。ハルトが家に帰ってきたらちゃんと言おう。ハルトみたいにうまく言えるか分かんねっけど、頑張ろ。このアルバムが、そういう気持ちにさせてくれた。
     楽しい記憶も、苦しい記憶も、愛しい記憶も。ハルトと俺の宝物がここには詰まってる。まだ何も貼られてなくて空白のページに頬をくっつけると、乾いた厚紙がほんのりあったかい。

    「あいしてる」

     熱くなった目頭から涙が落っこちないように気をつけながら、写真の中でまぶしく笑ってる大人のハルトへ、練習のつもりでつぶやいた。
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    Replies from the creator

    とらのめ

    DONEハルスグ短編

    ハルト君とスグリ君の傷のお話。お話の前半はDLC番外編後の時間軸、後半は成長後設定です。
    名無しの一般トレーナーがちょこっと登場します。
    リジェネレイト、アンダーレイン その日、ハルトが買い物のために立ち寄ったマリナードタウンの市場で、たまたま目と目が合うなり突然ポケモンバトルを挑んできたのは、ほかの地方からパルデアへ来たという、旅行者の少女だった。
     バトルの腕には自信があるのだと言っていた通り、少女はハルトがまだ見たことのない、相当に鍛え上げられたポケモンたちを次々と繰り出してきた。油断すれば、流れを持っていかれる。ハルトは互いのポケモンたちの動きを注視しながら、市場内のバトルコートで、暫くぶりにひりつくような緊張感を味わった。
     カミツオロチが相手の攻撃を耐えきってくれて生まれた隙に、すかさず反撃を叩き込んで、なんとか勝利をおさめることができた。相手のポケモンたちの強さと、彼らをそこまで鍛えた少女の実力を称えようと、ハルトが少女のほうへ駆け寄っていったとき。少女が、下を向いた。握り締めたモンスターボールを見つめる大きな瞳に、涙が滲んでいる。その姿に、過去の、ここではない場所の記憶が重なって見えた。ずきりと胸が痛んで、ハルトの足が止まる。
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