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    まくらぎ

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    まくらぎ

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    アップルブレイク「受け取れ」
    言うが早いか、弧を描くように赤いものが降ってくる。衝撃に備えながらも慌てて受け取ったが、魔法がかかっているのか、それはあっさりと手のひらの中に収まった。
    赤く艷やかな果実。
    この世界には見たことのない形の果物も、地球のそれと形は同じでも色が異なる果物もある。だが、りんごは見慣れた色と形のまま存在していた。この世界に慣れてきたとはいえ、見知ったものというのはどうにも落ち着くものだ。
    「うまそうだろ」
    その言葉と共に黒い影ーーシノが大木の枝葉の中から飛び降りてきた。その腕には彼の外套に包まれたごろごろとした塊がみてとれる。恐らく先に放った以外のりんごなのだろう。
    背丈以上の高さから軽々と着地したシノは調達の成果物に満足気に口角を上げて笑ってみせた。
    「シノ、ありがとうございます。あの、上から泉の方角はわかりましたか?」
    「ああ」
    シノ、ヒースクリフ、そして賢者の三名は任務の一環で東の国でも辺境の森へとやってきていた。古くから実り多き森として知られていたのだが、厄災の影響により入る者に安全と飢えのない時間を保証する代わりに決して森の外へ逃さない魔の森と化しているのだという。
    人々が去ることを拒む森はかつての姿を大きく変えており、依頼書に添付されていた地図は全く意味を為さなくなっていたが、ただ一つ、上空から視認した限り森の中央部にある泉だけは有り様を変えていない。地上からでなくては侵入できないのが厄介だったが、十中八九その泉が影響の起点となっているのだろう。未知数の任務の中で目的地が明確なのは心強かった。
    「方向はわかったが、まだ距離がある。休んでから出発したほうがいい」
    ヒースも賢者も森の中を長く歩くのは慣れてないだろ、とシノは続けた。
    彼の言うとおりだ。確かに足が重い。小枝が小気味良い音を出して折れる様や積もった落ち葉の上を踏み締めるのは心地よいものであったが、それも1時間以上続くと疲労が溜まってくるものだ。シノが先導してくれていたとはいえ、自然に還った森という場所は人の体力を容易く奪っていく。
    ヒースクリフを伺うと、同じく彼も疲労が溜まってきていたらしい。安堵したように息をついてそうだね、と微笑んだ。
    「賢者様、シノが言うように一度休憩にしませんか?」
    「はい、そうしましょう。……実を言うと、もうクタクタで……」
    「……実は俺もです──《レプセヴァイヴルプ・スノス》」
    小声で弱音を漏らすとヒースクリフはくすくすと笑って呪文を唱えた。途端ふわりと大きな布が地面に広がり、その中心にはテーブルとチェアが現れる。この世界に来てから幾度となく魔法を目にしてきたが、深い森の中だというのに瞬く間に休憩の支度が整っていく様には驚くしかない。
    レジャーシートとするには気後れする程上質な布を指し示し、どうぞと、ヒースクリフは続けた。
    俺がためらっているうちに一足先にシートの上に上がり込んだシノは、テーブルの上にりんごを並べていく。
    「…………」
    「シノ? なにしてるんだ?」
    黙ったまま並んだりんご達をじっと見つめているシノにヒースクリフは首を捻った。しかし彼の声かけにも構わず、シノはりんごの見定めを続けている。
    「よし、これだな」
    ややあってから小さく頷いたシノが持ち上げたのは、中でも形が整っていて艷やかなりんごだった。
    そこで合点がいく。ああ、きっと。
    「ヒース」
    「え? あ、ありがとう」
    やっぱり、と微笑ましい気分になる。シノはきっと中でも一番上等なものをヒースクリフに渡したかったのだろう。ヒースクリフの方は渡され手のひらに収まったりんごとシノの顔を見比べては目を丸くしているから、どうやらシノの本意は今ひとつ伝わっていないらしい。けれど、シノは満足げにしているのだから俺が口を出すのは野暮かもしれないな……。
    「あと、これと、これも」
    「え、えっ?」
    二人のやり取りを温かい気持ちで見守っていうちに、1つ、2つとシノは続けてヒースクリフにりんごを手渡していく。俺は慌ててヒースクリフの腕の中からこぼれ落ちそうになったりんごを受け止める。
    「シノ、ちょっと、多くないですか?」
    地球の店頭でよく見かけたりんごよりはやや小振りだが、それにしても多いだろう。
    俺とヒースクリフの戸惑いを余所に、シノはさも当然という顔をしてヒースクリフの傍らにあったチェアを軽く引いてやってから、その隣に自身も腰掛けた。
    「水分補給になる。ヒースに生水なんて飲ませられないからな。何も飲まないよりいいだろ」
    「俺は川の水でも……」
    「駄目だ。腹を壊すかもしれないだろ」
    「そ、そんなにやわじゃないよ」
    「どうだかな」
    ふ、と笑うシノにヒースクリフは僅かに眉根を寄せたのが見えた。シノの方は全く気にした様子もなく早速りんごに齧りついているが、俺としては二人の喧嘩の兆しにドキッとする。
    互いへの気づかいがすれ違って発生する、このような二人の喧嘩は決して珍しくはない。
    だが、今は任務中だ。出来る限り険悪ムードは避けたい。とにかくこの空気を払拭しなくては。
    「あの!」
    急に声を張り上げた俺にシノもヒースクリフも少し驚いた顔をしてこちらを見る。
    「と、とりあえず食べましょうか! いくつ食べられるかはわかりませんが、やはり休息はした方がいいです! ね!」
    「…………」
    言葉を探しているような沈黙に無理やり過ぎたか、と内心冷や汗をかく。
    が、そんな俺を察してくれたのか二人はすぐに同意してくれた。そうですね、と微笑んで席についたヒースクリフに続いて座る。俺は勢い任せにでも大声を出した甲斐があったとホッとしながら、シノのようにりんごに齧りついた。
    「お、おいしい……!」
    思わず声が漏れてしまった。
    齧った途端に果汁が溢れてくる。瑞々しく、甘さと酸味がバランスが良く口の中に広がり、一口、二口と止まらなくなる。
    「ふ、オレの目利きだからな。当然だ」
    シノは口角を釣り上げて自慢気に笑ってみせると、俺より大きく口を開いてりんごを齧る。一口が大きいのか食べ盛り故か、あっという間に芯が覗くほど食べ進んでいた。
    「ほら、ヒースも食えよ」
    「う、うん」
    よかった、先程までの空気を完全に払拭できたようだ。
    シノは気安い雰囲気でヒースクリフに視線をやって促している。ヒースクリフの方も目の前のりんごの量には困惑気味だが、表情は和らいでいた。
    俺はヒースクリフの前のりんごの中でも殊更真っ赤に染まって艷やかに見えた一つを指す。こんなに並んでいたらどれから手を付ければいいか悩んでしまうのも無理はないだろう、そう思って。
    「きっとどれも美味しいですよ。シノの目利きは確かです」
    「は、はい。いただきます」
    ヒースクリフはそろそろと俺が選んだりんごに手にした。
    どこから食べるか決めあぐねているのだろうか。手の中でころころと角度を変えて見回す姿からは、凛とした佇まいのヒースクリフも相まって可愛らしい印象を受ける。
    例えるなら、とっておきの木の実を拾ったリスのような。彼のような美形をみてこんな感想を抱くのはおかしい気もするが、そんな姿を目にできるほどに関係が深まってきたと考えれば、じわじわと温かい気分になる。
    ついりんごと奮闘するヒースクリフをつい見守ってしまっていたが、こんなにもじっと見つめられていてはきっと食べにくいだろう。はっとしてシノの方へ視線を移すと、彼もまたヒースクリフを見守っていたようだった。
    シノは自分の手にしていたりんごを芯だけ残して食べきるまでじっとヒースクリフを見つめていたが、最後の一口を飲み込むとふと口を開いた。
    「そうだ。ヒース、それ剥いてやるから貸せ」
    自身に差し出される手のひら。ヒースクリフは弾かれたようにそれを見て小さく首を振る。
    「え? 平気だよ、シノだって食べてる途中じゃないか」
    「だって、おまえそのまま食べられないんだろ。こうやって食ったことあるのか?」
    ああ、そうか。見分しているのではなく、どう食べたらいいのか悩んでいたのか。
    付き合いの長いシノには、そんな彼のことをお見通しだった、ということのようだ。ヒースクリフが手渡すのを待たずにテーブルのりんごを手に取ると、どこからか取り出したナイフを添える。
    「く、果物に齧りついたことくらいあるよ」
    慣れた手つきでナイフが滑り、赤い帯が渦を巻きながらテーブルの上に落ちる。その様を見つめながらヒースクリフは言い返した。
    そういえば確かに、いつか南の島へ行った時ヒースクリフと果物に齧りついて食べたことがある。とはいえあれはもう少し果肉の柔らかいものだったか。
    「りんごはこうやって食べたことないけど、食べられる……」
    言い切ったままの勢いで、ヒースクリフは大きく口を開いた。
    彼は美しい食事の所作が身についている貴族の生まれだ。豪快に食べる経験は少ないのだろう、意を決したはずが掌の中のりんごをしばらく睨み合っていた。どこに齧り付こうか、その見定めは未だなされていないらしい。
    「だ、大丈夫ですか?」
    「はい、勿論……」
    「まったく。ヒース、意地張るな」
    「張ってない!」
    俺の声かけには笑みを作ってくれたヒースクリフだったが、シノの呆れたような声には眉を吊り上げた。反論の勢いが後押しになったのか、とうとうヒースクリフはりんごに歯を立ててみせる。
    「あむ……む、んん、む……っ」
    とはいえ苦戦を強いられているらしい。齧り取ろうと奮闘するあまり、苦しげな声が漏れている。甘くて瑞々しいが、野生のものだからか硬さはある。齧りついて、という食べ方に不慣れであろう彼には少々ハードルが高いかもしれない。
    「あまり無理しなくても……」
    ここまで言われたら引き下がりたくない気持ちはわかる。だが、苦しんで無理をすることでもないだろう。
    ハラハラする俺とは対象的に、シノは見届けることにしたらしい。ふん、と息をつくとそれ以上は何も言わなかった。彼の手には皮を剥き終わったりんごが収まっている。
    「む、ん……ん……っ! は……っ」
    ヒースクリフが顔を上げる。ようやく、というほど時間は経っていなかったのだろうが、気を揉んでいたためか実際より長く感じた。
    「ほら……!」
    飲み込むや否や、ヒースクリフは頬を紅潮させて言った。彼が差し出したりんごは一口大に齧り取られて、瑞々しい果肉がのぞいている。
    「た、食べられただろ」
    「ああ、そうだな」
    達成感を滲ませた声のヒースクリフとは反対にシノは淡々と同意の言葉を口にした。
    表情を柔らかくしたヒースクリフだったが、しかしすぐに困惑の色が滲む。食べることができた、という証明のために見せただけのりんご、それをシノが手に取ったのだ。
    代わりに皮を剥き終わったりんごが手の平に収まった。りんごは食べやすいように等分され、当然のように芯や種まで取り除かれている。
    「な……」
    「おまえがそのまま食べれるのはわかった。だが一口にこれだけ苦労するんじゃ、食べきるまでに日が暮れるだろ。剥いてやったから食え」
    シノの言葉にも一理ある。確かに彼のこのペースでは休息のつもりが逆に消耗してしまいかねない。
    ヒースクリフに言い返す間を与えずシノは、一口跡が残ったりんごに齧り付いた。初めにあったそれよりも大きな跡が隣に並ぶ。
    「ふっ。見ろ賢者。可愛い一口だよな」
    「え、ええと……」
    彼の発言は傍から見れば煽りに聞こえない。再び険悪な雰囲気が訪れるのではないかとぎこちない相槌を打つことしかできなかった。
    返答に詰まって、そろそろとヒースクリフを伺う。
    「…………もう」
    意外にも、彼の表情は柔らかかった。その顔は呆れ返って、と表現する方が近いだろうか。
    「シノ。剥いてくれてありがとう」
    「ん」
    ヒースクリフが手のひらの上から一切れりんごを摘んで口に運ぶ。今度はやはり食べやすい様だ。食べ始めたヒースクリフをシノは満足そうに見つめ、更に一口りんごに齧りついた。赤い果皮に並んでいた跡は一つになり、続けてどんどんと広がっていく。
    しゃくしゃくという咀嚼音が重なる中、俺ははっとして彼らと同じように続きを食べ進めることにした。
    ヒースクリフへの過保護ともいえるシノの言動の一つ一つ、それは気遣いや大切にしたいという思いがあってのことだ。その事は彼にも伝わっているのだということは、くすぐったそうな微笑から十分見て取れた。
    険悪な空気に何度かひやひやさせられたが、二人の間の喧嘩や言葉の応酬にはこれまで共に過ごしてきた彼ら自身しかわからない線引きがある。そう、この短時間でまざまざと見せつけられた気分だ。
    そういえば出発前にファウストが言ってたっけ。
    二人が喧嘩をし出しても君のせいじゃないから気負わなくていい、彼らはたとえ喧嘩をしても任務は投げ出さないから見守ってやってくれ、なんて。
    そんなことを考えているうちに二人は各々のりんごを食べ終わったらしい。次は俺が、とシノにりんごを剥いてやりたがっているヒースクリフと、オレのは切り分けなくていいとナイフを渡すのを渋るシノ。
    また喧嘩の予感がする。
    しかし今度はファウストの言葉に倣ってただ見守ることにしよう。彼らの相手への思いを素直にぶつけ合える関係が、今までと同じようにこれからも続いていくのだと信じながら。
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