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    まくらぎ

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    まくらぎ

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    レモラバのシノヒスSS
    御意フェスValentineの展示です!

    くるくる「……俺の?」
    ドライヤーの電源を切り、スタンドに戻す。聞き間違いか、もしくはドライヤーからの熱風でうまく聞き取れなかったのだろうと思ったのだ。
    「ああ、オレがやりたい」
    鏡越しにシノを見る。やる気満々といった表情で彼は大きく頷いた。
    「つまり、ドライヤーを? いいよ、自分で出来る」
    「そんなことはわかってる。オレがヒースにやってやりたいんだ。ほら身を任せろよ、ヒースを最高に格好良くしてやる」
    「……」
    二人のユニットであるレモンパイ・ラバーズ。そのライブが近付き、練習も佳境に差し掛かっているとなれば、シャワーを浴びて汗を流したあとであっても妙な熱が残るものだ。そんな衝動はヒースクリフにも覚えがある。
    だが、その方向性が特にライブと関係が無さそうとなれば釈然としない。
    ただの思いつきだろうか。大方そうだろうが、ここで大した理由もなしに突っぱねると喧嘩の種になりかねない。幼い頃からの付き合いだ、どういうところでヘソを曲げやすいかなどよくわかっている。なにより解散と再結成を繰り返し、何度も名前が変わっているユニットとはいえ、ライブの前にユニット存続の危機はなるべく避けたい。
    そんなことに数秒思いを巡らせ、結論を出す。
    なにより、鏡越しに注がれる期待たっぷりの眼差しに応えてやりたくなってしまった。
    「うん、いいよ」
    「やった!」
    「でも」
    早速、とドライヤーに取ろうとするシノの腕を制し、ヒースクリフが再びドライヤーを手にする。
    「先にシノからな。おまえのロッカーからここまで水滴で辿れそうだし、着替えたばかりのシャツももう濡れてるじゃないか」
    今さっき鞄から引っ張り出したばかりであろう彼のTシャツは、襟元の色が変わってしまっているだけでなく、ところどころに水滴が散った跡が残っている。まともに拭いてから着替えなかったのは明白だ。
    「……こんなのすぐ乾く」
    「だめ」
    不服そうにしていたシノだが、温風を浴びるとすぐ、まだまだ文句を言いたげだった口が閉ざされた。何かと世話を焼きたがるシノだが、優しくされることも好きなことも、ヒースクリフはよく知っている。


    モーター音。温風。指先が頭を撫でる感触。
    自分で乾かす際はそうでもないというのに、人に髪を乾かしてもらうとゆるゆると体の力が抜けていき、こんなにも無防備になってしまうのはどうしてなのだろう。気を許した相手だから尚更だ。
    頭から温まっていくのは、練習後の倦怠感が再び身を包んでいくようでもあって心地良い。背もたれのある椅子だったら恐らくすでに身を任せてしまっていただろう。
    つい重くなる瞼を持ち上げ、鏡越しにシノの表情を盗み見る。乾かし始めた頃には美容師になりきって口調を真似てみたりと随分上機嫌だったが、そんな姿もいつの間にかなりを潜めていた。ヒースクリフが眠くなりつつあるのを察して彼の口数が減ったのか、シノが集中し出して静かになったことで眠くなってきたのか、あるいはその両方か。今となっては定かではない。
    「シノ、それは?」
    「ヘアアイロン」
    ふと気が付くとシノの手には小型のストレートアイロンが握られていた。いつだったか、あると便利だと勧められているのを見かけたが、買っていたのか。
    「もう帰るだけだろ? 乾かすだけでいいのに。そこまでしなくても……」
    余分な手間ではないかと口を挟んだが、シノはきゅっと眉根を寄せると拗ねたように呟く。
    「オレにやらせてくれるって言った」
    「言ったけど……」
    まあ、それこそもう帰るだけだ。好きにやらせてやろう。
    改めて承諾すると、シノの指先が金の髪の中に分け入ってはひと束摘んだ。少し引っ張られる感触があり、緩く巻かれ始めたのがわかる。
    傍から見れば意外かもしれないが、シノは器用な方だ。よく気が付くし根が真面目だから努力家で、何事の習得も早い。大体のことは卒なくこなせる。
    アイドル活動を始めてから、いや出会った頃からヒースクリフに新しい物をもたらすのはシノだった。外の世界に恐れることなく踏み込んでいく彼の手に引っ張られて出会った物事はすでに両手では足りない。
    両親が有名で記者に追われることも多く、外の世界が恐ろしかったはずなのに今はアイドル活動を行っているのも、彼に守られて共に過ごす中で憧れたからなのだと思う。
    明るい世界に走っていく彼の背中を追いかけたくて、隣にいたくて、憧れた。活動をする中でファンだと言ってくれる人が増えてきたが、きっと一番初めにシノのファンになったのはヒースクリフ自身だ。そういう思いを言葉をするのもファンサの一つかもしれないが、応援してくれる人たちの前で改まって宣言するなど気恥ずかしくてとても出来ない。
    だが、共に過ごしてきた中で一番魅力を知っているのは。
    ふとした時に繰り返し実感する。
    「出来たぞ」
    「あ、うん。ありが……」
    触れられるのは気持ちがいい。だからなのかつい、物思いに耽ってしまった。シノの声に、ヒースクリフははっと顔を上げる。
    「………………シノ」
    たっぷりの沈黙のあと、鏡越しにシノを見つめる。何でもないと言いたげに澄ました顔をしていたシノだったが、次第に結ばれていた口元が緩んでいくのが見て取れた。代わりにヒースクリフの眉がきゅっと吊り上がる。
    「小さい頃のヒース、こんな髪だったよな。懐かしい」
    シノの指先がヒースクリフの金の髪をつまむ。つ、と毛先まで滑らせていけば、離れた途端普段よりくるりと巻かれる。巻かれていたのは気づいていたが、スタイリング程度だと思っていたのに。
    シノの言う通り、幼い頃は今より強く髪に癖がでていた。当時は両親の知り合いたちからは口々に天使のようだと言葉をかけられ、気恥ずかしさからただただ縮こまっていたことを思い出す。成長するにつれて次第に落ち着いてきたが、当時は寝癖にも大層苦労したものだった。
    「これじゃ恥ずかしくて帰れないだろ……!」
    「なんでだ。可愛い。似合ってるしどこも変じゃない」
    文句を言われるのはわかっていたのだろう。すっかり開き直った態度でシノは笑って続けた。
    「今のヒースが昔みたいな髪型してるところを見たかった。ファンも子どもの頃のヒースを見たいだろうしな、今度のライブでの髪型にしたっていいくらいだ」
    「……そんなのいくらでもネットにあるだろ。ファンの子たちだって見てみようと思えば簡単に……」
    「ああ……オレがパパラッチ共からおまえを守れなかった時のやつとかな」
    「そっ、そういう意味じゃ……っ」
    そうではない、とつい声を荒らげた。ひとり上機嫌のシノに少し言い返してやろうとは思ったが、咎める意図などまるでない。そもそも、シノは自主的に庇ってくれていたのであって、そうし切れなかった咎が彼にあるはずもないのに。
    「あと、昔は触れなかったから……」
    「え?」
    傷つけてしまったのではと焦ってシノを伺うと、想定外にも彼は表情を変えずにいた。ただ少しだけ、ヒースクリフを見つめる瞳に過去の憧憬の色が浮かんでいる。つい唇から溢れたからのよう続いた言葉は、子どもが白状する時のようなたどたどしさと真摯な響きがあった。
    ゆるゆると伸びたシノの指先がヒースクリフの髪に触れる。乾かす時よりも髪を巻く時よりもずっとぎこちなく動く指が金に絡む。
    「おまえと手は、繋げたけど……。髪は特に綺麗で、触ったらいけない気がしてた。ヒースはきっといいかって聞いたら許してくれるって思ったけど、なんか駄目だった」
    くるくると指に絡めては解いて弄ぶ。
    たったそれだけのことで安堵の笑みを浮かべる相方に、何か言ってやりたかった。なのに喉がつかえて何も出てこない。言うべき言葉も見つからぬまま、ヒースクリフは開いた口をそのまま引き結ぶ。今はただ、シノの心から零れ落ちるものを一言一言受け止めるのみだ。
    「触れなかったのに……こうしておまえの髪を触って、オレが巻いているのは、なんだか変な感じだ」
    過去と今が繋がる。幼い頃から近くにいた彼はいつだって堂々としていて、何でもすぐ言葉にする質だと思っていたのに。共に過ごした月日の中で一体いくらの思いをひとりでただ飲み込んできたのだろう。
    ふとかつての彼の心の内が吐露されなかったなら、ずっと知らないままだったのかもしれない。それは嫌だ、と強く思う。
    言いたいことがある。悪戯にも似たヘアアレンジのことではない。昔と今に繋がるこれからの俺達についてを、だ。
    過去に感じた違和感が蘇ったとでも言うのか、何も言わずにそろりと離れていく手を掴む。触れた彼の手は少し冷たかった。
    「……いいよ」
    シノの手が離れている理由をヒースクリフは解らなかった。
    けれどそのままにはしたくないと、知らないままにはしたくないという自分の感情は理解る。
    不安を悟られまいと振る迷子のように微かに瞳を揺らす彼に伝えたいことは、もうはっきりと解っている。
    「いいよ、昔も今も。シノならいい」
    「…………」
    軽く手を引いて導くと、シノの手は再びヒースクリフの髪に触れた。そっと一束掬われ、髪がなぞられる。
    彼の強張った指先は次第に解けていった。巻毛を指先に絡めたり、何度も何度も手で梳いたりして触れる手は先程よりも暖かくてほっとする。頭を撫でられると気が緩んでしまう。気を許した相手――シノだからなおさら。
    ドライバーの風音もなく、微かな二人分の吐息と秒針が動く音だけが更衣室を満たす。どのくらい経ったのだろうか。もうわからないけれど、あと少しこのままでいたい。
    言葉の代わりに、傍らのシノにそっと身を預けた。
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