Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    Mago

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 12

    Mago

    ☆quiet follow

    現パロ異母兄弟同居if本文冒頭でござるよ

     第一印象としてはまず、イケメンだなぁと思った。スタイルもいい。そしてやはり父に顔が似ている。
     だが、表情は違った。いかにも人懐っこい、明朗闊達な笑顔だが、緊張のためか、どこか不自然に固まっていた。父ならば、そんな隙は見せないだろう。あの人はいつだって、腹の底では何を考えているのか誰にも悟らせない。実の息子にさえ。

    「はじめまして。今日からしばらくお世話になります、足利直冬と申します。……あはは。急に押しかけることになっちゃってすみません。できるだけ、迷惑かけないようにするので」

     義詮は、ふいっと目を逸らし、「いえ、気にしないで」と言葉少なに首を横に振った。
    「取り敢えず、立ち話もなんですし、上がって。あと荷物預かります。部屋用意してるのでそっちに」
    「ああいや自分で持てます! ありがとう」

     にぱっとこちらに笑いかけ、いそいそと脱いだ靴を揃え始める。その様子を義詮はじっと眺めていた。だが、ガン見していることに気づかれてもばつが悪いので、直冬が立ち上がった瞬間目を逸らし、踵を返す。玄関から上がると余計に二人の身長差が際立つ気がした。

     それ以上話すこともなく、というか何をどう切り出していいかわからず、二人は沈黙を保ちながら直冬のために用意した部屋に向かった。背後についてくる直冬も、ソワソワと浮き足立っているのが見なくてもわかる。死ぬほど気まずい。
     どうしてこんなことに。努めて態度に出さないようにしながらも、心の中だけでウンザリとため息を吐く。
     別に理由が聞きたいわけじゃない。ただの愚痴だ。こうなった経緯は既に聞かされている。すべてが決められ終わった話なのだ、義詮のあずかり知らぬところで。

     二週間前、この家への引越し準備を進めていたときのことである。


     無機質な着信音が鳴った。つい最近、大学の合格祝いに買い与えられた最新型のiPhone。画面に表示された名前を見て訝る。そこにあったのは父──足利尊氏の名前である。
     こっちから電話したってうんともすんとも言わないくせに、自分は相手の都合も考えず好きなときにかけてくる父だ。とはいえ、その性質には随分昔に折り合いをつけた。高校の卒業式当日になんの連絡もなかったことにだって、特に心が動くこともなかったし。
     しかし、何の用であろうか。確か、仕事の都合で南米に行ってくると言ったきり一切音沙汰がなくなってから……およそ半年ぶり?
     国際電話か、それともこっちに帰ってきたのか。首を捻りながら通話アイコンをタップし、端末を耳に当てる。

    「もしもし……父さん?」
    「おお、義詮!」若々しく溌剌とした声は、相変わらずである。「久しぶりだなぁ。元気だったか?」
    「はい、元気にやってます」義詮は、思わず早口になりながら尋ねた。「父さんは、今、どこに? 戻ってきたんですか」
    「ああ、今は日本にいる。二週間ぐらい滞在する予定だ」

     やはり、帰国の連絡だったのか。少しだけ口元を緩める。息子の新生活が始まるのだ、顔ぐらい出さねばと思ったのだろう。色々話したいことはあったが、まず父の口から大学の合格祝いや、卒業式を欠席したことの謝罪が聞きたかった。そんなことは、期待しても無駄だとわかっていたはずなのに。
     父の口から出た話題はまったく別のことだった。

    「それで義詮、お前春から××に引っ越すんだろ? 師直から聞いた」
    「ええ、はい……今ちょうどその準備をしてたところで」
    「そうかそうかー。あのな、春からその家にもう一人増えることになったから、よろしく頼むぞ」
    「はい……はい?」

     今なんつった?
     突然のことに言葉を失っていると、「うん、じゃあそういうことだから」、と電話を切られそうになったので、待て待て待て待ってくださいと慌てて引き止める。が、無慈悲にもそのまま電話は切られた。
     何事もなかったかのようにホーム画面に戻った端末を呆然と見つめる。
     しばらくそのまま、なんか今のってもしかすると夢だったかもしんないなとぼうっと現実逃避していたが、着信履歴には間違いなく父の番号がある。
     このまま放置すべきか。……いや、先延ばしにすればするほど不味いことになるのは確定だろう。しばらく頭を抱えて唸っていたが、とうとう意を決して通話アプリを開き、電話帳からその名前を表示させた。彼ならばだいたいの事情は知っているだろう。自分の知る中で、最も父に近しい人である。それは、母よりも。

     高階師直。
     先ほど父の口からも出たその男は、父のビジネスパートナーであり、幼馴染でもある。代々継いできた総合商社の代表取締役社長である父を、専務取締役として公私共に補佐する立場にある人だ。とはいえ経営判断はほぼこの男に丸っと任せられており、実質の社長といっても過言ではない。ゆくゆくは義詮もその会社を継ぐことになるため、師直やその家の者には幼少期から世話になっていた。何せあの家系、なぜか家事もそこらの家政婦やハウスキーパーなんか比べ物にならないくらい上手いのだ。
     上司の息子ということで義詮にはよくしてくれるのだが、電話をかけるには勇気が要った。土日とはいえ休みとは限らないだろうし、仕事中に突然連絡するなんて迷惑ではなかろうか。不愉快にさせてしまったらどうしよう。なんせあの人、声だけで人を泣かせられるほど怖いのである。
     だとしても、対面でないだけまだ耐えられるだろう。あの人は顔だけでも人を泣かせられる。二要素のうち一要素がないだけマシだ。
     コール音が繰り返すごとに義詮の体は震えていたが、電話口からは程なくして師直の声が聞こえた。淡々とした声音からして、気を悪くした様子はなさそうだ。少しだけ胸を撫で下ろす。
     そして、先ほど父から受けた連絡のことを手短に話すと、師直はしばし沈黙したのち「申し訳ありません。私から話しておくべきことでしたな」と一言。
     それからは、師直から説明を受けた。相変わらず声に起伏はなかったが、どこか語り口が平坦になるよう努めているようなところがあった。

    「足利直義……様のことはご存知でしょう。尊氏様の弟殿、貴方の叔父君です」

     それで察しがついた。師直は直義とむちゃくちゃ仲が悪いのである。
     だから珍しく歯切れが悪いのか、まあ我もあの人のこと得意じゃないし……と思いを馳せていると、

    「貴方と共に住むことになるのは、あれの養子、足利直冬です」

     それを聞いた途端、どきりと心臓が跳ねた。無意識に体が硬直する。
     師直は巧妙に言及を避けたが、その名前はあらゆる意味で義詮に関係の濃い青年のものだった。
     足利直冬は、義詮の異母兄にあたる人間だ。
     詳しいことは誰からも聞かされていない。足利家にとって、ほとんどタブーのような存在だった。噂によると、尊氏が直冬を毛嫌いして息子と認めなかった、など。それからしばらく色々あって、直冬は直義の養子として引き取られたらしい。
     だからだろうか。尊氏は、息子からも一見してわかるほど弟の直義を溺愛していたにも関わらず、義詮を直義ら家族に近づけることはなかった。だから、直冬と会ったことは一度もない。
     だというのに、なんだって突然、よりにもよって義詮の家に。

    「直義様が仕事の都合で海外に越すと急遽決まったそうで。直冬様は都内の大学に通っているので、一人国内に残ることになったのですが、住む場所に困っていると」

     私立高校の教員をやっている直義だが、なんでも姉妹校への異動を命じられたのだという。妻や幼い息子らはついていくことにしたそうだが、大学生の直冬はそうもいかない。また直冬は、一人暮らしできるくらいの金なら工面してやる、という養父の申し出を断ったらしい。そこまで世話になるわけにはいかない、と。
     そのまま貸与型の奨学金をあてに大学の寮に入る予定だったところ、直義が自分の兄、尊氏に堪らず頼み込んだ。あの子に金銭的な苦労をかけたくない。自分がいない間、面倒を頼みます、と。
     どう考えたって頼む相手を間違えてるだろと義詮なんかは思うが、尊氏は最愛の弟の滅多とないお願いを無碍にはできない。諸々勘案した挙句、義詮の新居に白羽の矢が立ったのだろう。
     確かに、転居予定の家は、そこらの大学生が単身で住むには贅沢すぎるくらい広いところだ。セキュリティ万全でアクセスの良いオール電化の新築2LDK、物件としておよそ非の打ち所がない。けどそれは義詮が望んだからではなく、大企業の跡取りの息子が住む格だとか安全性だとかを気にする大人たちが勝手に決めたところで、義詮が口を挟む隙なんてほぼなかった。
     そしてそれは今回も。

     多忙な師直は簡素にそれだけ説明し、丁重な挨拶を口にしてから電話を切った。聞きたいことはまだまだあったが、向こうは時間もないだろうし、そして義詮にもそれ以上何か尋ねる気力がなかった。
     ソファにどすんと座り、背もたれに項垂れる。ぼうっと天井を眺めながら、ぽつりと一言呟いた。

    「……我の意思は……」

     だが、呟いてみただけだ。義詮が今更何か文句を言ったって、とはいえもう決まったことだから、と周りを困らせるだけだろう。義詮にできるのは、大人たちの決定にただ唯々諾々と従うことだけだ。
     そう、小さい頃から、自分の思い通りになったことなど一度もない。もちろん何不自由なく育ってきたし、欲しいと言ったものはだいたい与えられてきた。
     だが、本当に欲しいものは何一つ手に入らなかった。学年一位の成績、徒競走一位。周りより、秀でた、優れた、非凡の才能。生まれや環境のおかげではなくて、自分の力だけで何か物事を成し遂げた経験、『特別』の証拠。
     だが悲しいかな、義詮は何をやっても凡庸で、偉大な父の足元にも及ばない。やがて周りも「無理に頑張らなくたっていい」だなんて嘯いて、義詮に期待を寄せなくなって、義詮もまた、自分が本当に欲しいものがなんなのかさえ、わからなくなった。
     そうなのだ。義詮が頑張ろうが、頑張るまいが、意思を見せようが見せまいが、進むべき道も選ぶべき選択肢も勝手に決まっている。無駄な努力をしなくても、言う通りにしていればだいたい万事上手くいく。側から見れば、羨ましがられるだろう。恵まれた、幸福な人生だ。

     そういう点で、足利直冬は義詮にとって真逆の存在であった。
     出生の時点から実父に疎まれ認知さえされなかった子ども。日陰の人生を生きることが決められていたその少年は、それでも父譲りの才能を輝かんばかりに発揮した。密やかに囁かれた噂話と共に、そのニュース記事を目にしたのは高校一年生の頃。高校生大会で全国優勝を果たした剣道部の主将の名前。思わず目を見開いた。何かしらの配慮があったのだろう、インタビュー記事に顔こそ載っていなかったが、短い文面だけでその快活で人好きな性格が窺えた。また聞くところによると、彼は頭もいいらしく、塾にも行かず現役で国公立の大学に合格したそうだ。義詮が受かったところよりも、偏差値が高い。
     不遇な環境を己の才覚で跳ね除けた、特別な青年。複雑な思いを抱くまではすぐだった。それでも見ないふりをした。どれだけ力や才能があっても、父から遠ざけられていることに変わりはない。あの青年が、自分の人生に関わってくることはない、と、自分に言い聞かせるように思い込んで。

     だのに、今。

     件の直冬は義詮の家に転がり込んで、馴れ馴れしくニコニコと話しかけてくる。

    「いい家ですねー、なんかこう、高級感あるっていうかなんていうか。テレビとかすごい大きいし」
    「まあ、実際高いらしいし……我は知りませんけど」
    「あはは、そっか、そうですよねー……あー……えーっと……そう、義詮さん今年から大学生なんですよね。なんか懐かしいなあ。理系ですか? それとも文系?」
    「文系です、商学部」
    「へえ、商学! オレの通ってるとこにはないので、なんか新鮮です。すごいなー」
    「すごくもないですよ。多分ギリギリ合格だし」
    「ギリギリでも合格は合格ですよー」

     やけに明るく、矢継ぎ早に話題を口にする直冬。居心地の悪さを紛らわせようとしてるのが見え見えだ。白々しさの拭えない会話がまた途切れる。直冬は、柔和な笑みを浮かべたままちらりとテレビ台のデジタル時計を見やり、そうだ、と手を叩く。

    「飯とかどうします? あれならオレ、少しはできますよ。養父の家でそれなりに家事手伝ってましたし」
    「あー……いや、大丈夫です。ウーバー頼みます」

     あんまり他人に冷蔵庫見られたくないし……。
     直冬は「えっ」と目をぱちくりさせたあと、誤魔化すように笑みを浮かべ、

    「あ……そうですか。それもいいですね! 何にする? ピザとかマックとか」
    「我ジャンクフード苦手だから……直冬さんは好き嫌いとかってありますか」
    「オレはなんでも食べれます、気にしないでー」

     いい人なんだろうな、と思う。ここまでの短い会話だけでもわかるくらいに。ちょくちょく、ああ言うべきことなかったんだな、とかギリギリでもってとこは否定しないのか、とかあれならってまるで我に料理ができないと決めつけるかのような物言いだな、とか感じるが、それはこちらが勝手に感じている後ろめたさによるものだろう。なんとか距離を詰めようと頑張っているのが、身振り手振りや表情からも伝わる。
     そういうところに、ふんわりと苦手意識を覚えてしまうのは、義詮の性格が悪いからなのだろうか。
     スマホでぽちぽち注文してからしばし、更に沈黙が訪れた。直冬は少し頭をかいて、「ちょっと失礼しますね」とリビングを出ていく。
     さすがに会話の引き出しが限界だったのかな、と、一人になった部屋でふっと体の力を抜いていると、再び直冬が戻ってきた。手には何か封筒のようなものを持っている。
     少し気まずそうに身じろぎしていたが、直冬は義詮の目をまっすぐ見ながら、

    「あの、これ……食費とか光熱費とかの、今月の生活費です。とりあえず五万なんですけど、言ってくれたらそのぶん納めるので」
    「え」ぎょっと狼狽え、「いや、いいですよ、貰っても困るし。食費はともかく、他は勝手に父の口座から落ちるから」
    「じゃあ食費分だけでも。これから世話になるわけだし、無償ってわけにはいかないから。どうしてもあれなら、ご家族に渡してもらっても」
    「父さんは受け取りませんよ」

     やや強い口調になってしまったことに気づき、ハッと目を見開く。
     直冬も、言葉が止まった。ぱちぱちと何度か瞬きをして、思い出したように誤魔化し笑いを浮かべる。「あ、そっか。そうですよね」
     よくないことを言ってしまった。だが、ここで謝るのは更に悪い気がする。義詮が何も言えなくなっていると、「やー、腹減りましたねウーバーまだですかねぇ」と快活に笑い飛ばしてみせる。今度は義詮も、さすがに愛想笑いを浮かべた。だってこの空気のまま一緒に飯食うとか、致死量の気まずさで泡吹いて死んでしまう。

     そうなのだ。義詮は自分のことばかりになってしまっていたが、当の直冬は、義詮との同居をどう思っているのだろう──義詮のことを、どう思っているのだろう。
     きっと複雑な心境であることは間違いあるまい。だが、その優しげな作り笑いから、具体的な心情まで読み取ることは叶わなかった。

     インターホンが鳴り、立ち上がる。注文したものが来たのだろう。モニター越しに受け答えし、義詮は逃げるようにリビングから出て行った。



     その晩、自室。
     一人の空間ってなんて落ち着くんだろう。ベッドに寝転がり、久方ぶりの安らぎにリラックスしながら、義詮はある人と通話していた。直冬との同居生活が決まってから、あるいはその前からも、進路のことなどで何かと相談に乗ってもらっていた相手だ。
     今日の人が死ぬレベルの気まずいやり取りのあらましを話し終えると、電話の相手──斯波家長は、おかしそうにくくくと笑った。

    「そりゃ大変でしたねえ。けど、いい子ってわかってよかったじゃないですか」
    「良かないよ、だってあの人絶対我と合わないよ。しかも明日からもこれが続くんだぞ?」
    「まあ日を重ねるうちに慣れますよ、何事も時間薬って言いますし。別に、無理して仲良くする必要もないわけでしょう?」

     家長の語り口は優しいが、どこか冷静な冷たさがある。義詮はそんな年上の友人の距離感を心地良く思っていた。
     家長は、中高と義詮の家庭教師を引き受けていてくれた人であり、思春期の義詮に寄り添ってくれた人でもあった。箔をつけるために良い学校に行け、の一点張りである周囲と違って、家長は「名前や偏差値にこだわらず、自分の興味のある学部から選んだ方が良い」と飄々と口にした。
     「まあ、箔をつけるという考えも別に間違ってませんけどね。受験生当時の私だって、少なくとも国内で誰かに学歴マウント取られることはないだろうと思って最高学府を選びましたし」
     出来の良い頭脳といい性格を持っている家長は、冗談めかしながら義詮に言った。
     「義詮殿の気持ちは、僭越ながら、私も共感できますよ。この時代、私たちみたいに恵まれた人間は、何を選んだって結局虚無の待ち受けた人生を送らなければならない。それでも私が思うに、人生に絶望しないために必要なのは、命を燃やせるような生きがいだと。あるいは人生はそれを探すための旅のようなものなのかもしれません」
     だから、旅の答えを見つけ、何かに命を燃やして打ち込んでいる人を尊敬するのだという。家長は例として直義の名を挙げた。「あの人はすごい。人を正しく教え育てる方法なんて答えのない命題に、人生賭けて取り組んでるんだから」
     その考えに共感はできなかったが、家長の言葉は義詮の指針となった。いつか自分も、人生の全部を賭けられるような何かを見つけたい、と思う。
     まだそれが何かはわからないし、学部も結局家業のことを考え、経営関係に決めてしまった。家長は、それも良いと気軽に笑った。肝要なのは、何を選んだかではなく、自分で選んだと思えることだ。人生は主観である。

    「それにしても、直義先生もすごいこと考えたなー」
    「すごいことって、こっちは迷惑極まりないのだが……自分の養子のことしか考えていないわけだし」

     家長は、高校時代の恩師だという直義に、まだ「先生」をつけて呼んだ。
     だが、家長が直義を好いていることと義詮の気持ちは関係ない。義詮は不貞腐れたような声音で、

    「他に頼れる相手が絶対いるだろうに。なぜよりによって我の父に……」
    「まあ、家族って複雑ですからねぇ、特に義詮様の家みたいなのは。血の繋がっている相手にしか頼めないこともあるのかもしれませんよ」

     それに師直殿も全部を貴方に語ったわけではないでしょうし、と。それはそうだ。義詮が納得できないところの多くは、師直の省いた部分に答えがあるのだろう。大人はいつだって都合の悪いところは何も教えてくれない。
     まあ、悩んでも仕方ないことを考えても仕方がないのだ。今考えるべきは、これからどうやって今後の生活をやり過ごしていくべきか。
     義詮はため息混じりに、

    「家長だったら、こういうときどうする?」
    「私だったら、ですか?」家長は、うーんとしばらく考えたのち、「私が義詮様の立場なら、これをチャンスと見て高値で恩を売ってやりますかねぇ。見込みのある方ってことなら、味方につけておけば将来的に役に立つかもしれないし。人柄も素直なら、容易に懐いてくれそうですし」
    「我に恩を売ったみたいに?」
    「はい。僕が職に困ったときは助けてくださいね?」
    「よく言うよ」

     この家長である。万一危機に陥ったって、きっと自分の才覚でなんとか切り抜けてみせるだろう。義詮の力など借りずとも。

    「我は家長のようにできない」

     小さな声で弱音を吐くと、家長はふっと笑みをこぼした。

    「義詮様なら上手くやれますよ。義詮様のやり方で」

     本当かなぁ、ほんとほんと、と言い合って、やがて通話はぱたっと切れた。
     自室に再び静寂が戻る。義詮はごろんと寝返りを打った。直冬は、隣の部屋で何をしているのだろうか。自分も同じように、友人か、あるいは養父や養母なんかに電話でもしているのか。防音性の高いこの家は、どれだけ耳を澄ましても物音ひとつ聞こえやしない。
     日にち薬とか、いつか慣れるとか、義詮様ならできるだなんて、一見その場しのぎで気休めの言葉だ。けど、家長が言うと不思議とそんな風に思えないのは、本気でそう思ってくれているからなのだろうか。
     相変わらず、自分に自信はない。けど、家長のようなすごい人が自分を信じてくれるのは嬉しいことだったし、なんだかなんとかなりそうな気がしてきていた。自分でも、呆れるくらい単純なことに。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works