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    ##刀剣異聞奇譚

    逸話「おや、おはよう。よく眠れた?」
     目を覚ました時、淡い藤色の髪の男がそばにいることに気が付いた。赤紫色の目が僕を穏やかに見つめている。
    「割とはやいお目覚めかな。もっと寝てるかと思ったよ」
    「お前は……」
     誰だ、と聞こうとしたが声がかすれて出てこなかった。それでも僕の表情から察したのか、何かを飲みながら、ああそうだったねと笑顔を浮かべる。
    「僕は四谷正宗。徳川の世が終わりゆく時代の刀、新々刀さ。僕を打った刀工、四谷正宗は江戸では結構有名だったかな。源清麿と、呼ばれることもあったけれど」
    「……四谷、正宗」
    「そう。君のところでは何という名前だったのかな。ここでは源清麿らしいんだけどね」
     僕もよそからきた刀なんだ、と四谷正宗と名乗った刀はいう。
    「まあそういうわけだよ。よろしくね」
     物腰の柔らかさは何処でも共通なのだろうか。身を起こそうとすると鈍い痛みが走る。傷は直されていない。僕が何を言うまでもなく、手入れは出来ないよ、と言葉を投げかけられた。
    「君を疑っているだとか、痛めつけて情報を吐かせようだとか、そういうのではないのはまず言っておくね。単刀直入に言ってしまうと、僕たちがこの世界で手入れを受けると僕たちではなくなる」
    「……」
    「あと、ここの御守も使えない。もし使ってしまったら、ここの歴史の僕たちに上書きされるよ」
     淡々と話しながら、四谷正宗は飲み物をあおる。消毒液のアルコールのにおいかと思ったが、においの元はこの男だ。先ほどから酒を飲みながら話しているのだと理解した。僕が知っている刀工源清麿の逸話も酒がらみ話があったはずだ。それで飲んでいるのだろうか、などと考えが逸れていった。
     ここは何処で、自分は一体どうなったのか、なぜ元居た歴史から外れた場所にいるのか。そういう話を本当は聞きたい。だが、それを聞く気力が今はなかった。いや、怖いのだ。僕はいま逃避をしている。四谷正宗から目を離し、窓の外に視線を移した。月明かりが窓から差し込み、広い庭のようなものと堅牢な石造りの建物が見える。
    「時の政府、君のところにもあったかい?」
    「それはもちろん」
    「そう。ここはその時の政府の建物の一室。まあ、そういう詳しい話はまた今度にしようか。今はそんなの聞く気分じゃないだろ」
     本音を言えばそうだ。けれど、それには答えられなかった。返答しない僕に気を悪くした様子もなく、そんなもんだよねと四谷正宗はいう。
    「君の銘、聞いてもいいかな?」
     その問いかけに僕は一瞬言葉に詰まった。彼らの会話が思い起こされる。菊に一の紋を持つ刀は見たことがあるが、それは僕ではない。その意味を僕は知っている。
    「……僕は、菊一文字則宗。僕を言った刀工は後鳥羽院の御番鍛冶で、縁あって幕末、新選組の若い剣士……沖田総司の手に渡った」
     刀だよ、という間に視界が歪んだ。ぼろぼろと涙が零れている。口にすると今まで味わったことのない喪失感を覚えた。
    「菊一文字則宗、か」
     その反応から、僕自身が沖田総司とともに戦ったことが後世の創作であるということが定説なのだと理解する。それはそうだ。僕の歴史でも少し前までそれが定説だったのだから。
    「……実在する歴史もあるんだね。なるほど、興味深いなあ。後で僕の話も後で聞いてよ。でも、今は君の話が聞きたいな、君さえ良ければ」
    「僕の話?」
    「そう、大事なことだよ。ここで僕たちをこの姿に保てるのは、僕たち自身なんだからね。自分の銘と号、そして逸話はなくしてはいけない。なんてね、まさか僕が大先輩の則宗の刀にこうやって諭すようなことをいう日が来るなんて」
     刃生、何があるか本当に分からないね、と四谷正宗は笑う。
    「君の逸話を僕が聞くことで、すくなくとも君を知るものがひとり増える。あまり口外できないから、逸話を知る存在はとても貴重なんだ。きっと、君の力にもなるはずだよ」
    「何からどう話せばいいんだい。僕自身の逸話だけ話せばいいのか?」
    「話したいことはいくらでも。逸話はもちろん、君の歴史のあらましも、……君がいたの本丸の話、主の話でも」
     僕は少し考える。何を話すべきか、どこまで話すべきか。そうして、いますぐに知ってほしいことはひとつだった。
    「僕を扱った若い天才剣士の話をしても?」
    「……ああもちろん。聞かせてもらうよ」
     則宗銘の刀の話ではない。菊一文字として、沖田総司の刀として共に箱館の地まで駆け抜けた。彼はその地で散り、僕はその地で失われたとされた。作り話のような僕にとっての史実を。

    *****
    「なるほど」
     その男は話をじっと聞いていた。口元が少しだけ吊り上がったが、すぐに窓へと顔を向ける。
    端末から二人分の話し声が今まで聞こえていた。先ほどまで“沖田総司が菊紋と則宗銘のある刀を持ち、池田屋以降も戦い続け箱館戦争で散る”歴史を話していたのだ。
    「盗聴なんてえい趣味しちゅうね」
    「仕掛けたやつが何を言っている」
    「おんしが命令したやか。わしは仕方なぁく従っただけじゃ」
     おどけたようにいう彼は陸奥守吉行、ではあるが、この歴史の刀ではない。先ほどの話をしていたのも、たまたまこの歴史に遡行軍として送り込まれてしまった刀、菊一文字則宗であった。
     今は四谷正宗と何か別の話をし始めたようで音声を切る。
    「使えそうか」
    「使ってみんとわからんっちゅうのがわしの見解やにゃあ、室長」
    「そうかね、外来刀剣拾得個体三号」
     ここの世界では、ほかの歴史から来た刀剣は番号で呼ばれる。陸奥守吉行、彼はこの世界での時の政府に拾われ確認された三番目の個体であった。施設内や任務中は“三号”と呼ばれることが多い。この呼ばれ方はあまり好きではなかったが、致し方なしと受け入れていた。サンちゃんと呼ばれるのはこの番号由来だった。陸奥守吉行はこの世界にも存在しているためだ。
    「此度の刀剣で八振り目だな」
    「そうやね。話は終いか?ほいたら、わしは戻るき」
    「三号」
     立ち上がり、ドアノブに手を掛けたあたりで再び呼ばれる。
    「分かっているな。もし、従わぬようなら」
    「みなまでいいなや。野暮っちゅうもんじゃ」
     陸奥守は振り返りもせず退室する。扉が閉まり切るまで鋭い視線を感じ続けていた。部屋から離れ少し先まで歩いて、ようやく深いため息をついた。
    「新選組の刀と何をどうすればえいのやら」
     この陸奥守の歴史で、岡田以蔵と新選組が揉みあったような逸話などない。それでも気まずいことには違いなかった。気まずいと思っているのは陸奥守だけで、あの刀がどう思っているかなど現時点では何も分からないのだが。
    *****

    「おかえり、おつかれさま」
     ドアが開く音で、正宗の視線は入り口のほうに向く。僕もつられるように扉のほうを見つめた。
    そこにはやはり自分が知る陸奥守吉行とはいささか異なる男が立っている。
    「おう。わしはちくっとばあ疲れたきに、寝る」
    「そう?じゃあ、僕が彼の様子見てるから。ゆっくり休みなよ、サンちゃん」
     ソファに横になり、自分の上着をかけて眠ったようだ。
    「僕たちの部屋、三振りだとやっぱり手狭だね。もう一部屋くらい欲しいな」
    「……。ここに住んでいるのか」
     僕の声に正宗はにっこりと笑い、そうだよ、と肯定した。
    「もっとも、ここが仕事部屋ってわけじゃないのだけれどね。ちょっとした台所とお風呂とトイレはあるし、ふたりでいる分にはちょうどよかったんだよ」
     正宗は一旦言葉を区切ると、えーっとと何かを考え唐突に「お菊」と言い始めた。僕はいったい何のことを言われたのか一瞬分らなかったが、僕自身を呼んだのだと頭が追いつく。
    「お菊……?」
    「だめ?菊一文字則宗だと長いし。お菊だと君だとすぐわかっていいと思うのだけど」
     僕をなだめるように、まあまあと言いながら半分起こした身を再び寝かせてくる。肩まで布団をかけてきて、もう寝なさいと言わんばかりだ。まるで人の親のようなことをすると感じた。
    「朝、何か食べられそうだったら用意するからね。あと、ちゃんと傷も何とかなるから安心して。さあもう君は寝たほうがいい。明日はほかのお話をしなくてはいけないし、もしかしたら室長から連絡があるかもしれない」
     意識を失う前に連絡をすると言っていた相手だろう。正宗は相変わらず酒を飲みながらも穏やかに話をする。
    「今日は僕が不寝番だ。さあおやすみ」
     そういって僕の寝ている寝台から離れ、サンちゃんと呼ばれていた陸奥守吉行が寝ているソファに近づいていった。様子を見に行ったのだろう。すっと手が伸びあっちへ行けと言わんばかりに邪険にあしらわれている。
     頭を撫でるような仕草をしていったん離れ、奥に乱雑に置かれていた毛布を掛けていた。特に抵抗する様子もなくそれは受け入れているようだ。明日は僕のほうからも聞かなければならないことがある。状況ももっと確認しなくてはならない。僕は天井に視線を移し、目を閉じた。
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