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    朝尊の話。時の政府から隠したい朝尊。

    ##梟は黄昏に飛ぶ

    行動「やあ、お目覚めかな」
     朝尊は変わらずにそこに居た。床で固いだろう、すまないね、などと僕に対して申し訳ないというような言葉をかけてくる。命の恩人たる彼に対して感謝はすれど不満などない。上着まで貸してもらったというのに。僕が起きて少ししてから、もうこの家から出ようと彼は言った。窓の外を気にしているようだ。留まる理由もなく、僕も頷いた。
     昨日、学校で食べた弁当が最後に食べたもので、さすがに空腹を感じている。ただ、お金もなく食べ物を買うこともできない。空き家から出たところでまた朝尊に背負われる。あまり体力を使わない方がいいと彼は言った。
    「街の方に行くの?」
     僕の問いかけに朝尊は少し考えてから答える。
    「そうだね、そちらの方がいいだろう」
     何かあてでもあるのだろうか。僕はそれ以上尋ねることなく彼の行動を信じることにした。彼は車通りのある道を外れた小道を歩く。何故わざわざ歩きにくいような場所を選んで進むのか、僕には分らない。ただ、何かを警戒して見つからないように行動している、ということはなんとなく察した。何故なのかと改めて問いかけたところで、朝尊を困らせることになるだろうことも分らないながら察した。僕はなるべく、彼に質問はしないようにしようと思ったのだ。その方がいいと思った。突然の非日常に動揺しているということもあるのかもしれないが、南海太郎朝尊という男は、何かからか僕を守ろうとしている。家で襲い掛かってきたような化け物だけではなく、他の何かからも。特に会話もなく小道を進む。
    「そういえば、刀はどうしたの」
     朝尊が持っていたはずの刀はいつのまにかどこにも見えなくなっていた。朝尊は曖昧に笑うばかりで明確な答えを言わない。言いたくないことなのか、言えないことなのか、どちらなのだろう。どちらにせよ、刀の行き先は僕が知ると都合が悪いことなのだとなんとなく感じる。
    「手放したわけじゃないんだよね」
    「それはもちろん。手放せるようなものではないとも」
     とはいえ、どこにあるようにも見えないことに変わりはない。深く尋ねることは止め、僕は朝尊に背負われたまま、顔を前に向ける。小道を歩いていたが、いつの間にか山の中に逸れていたようだ。きちんと間伐がされている山のようで、突っ切って歩いているのだ。さくさくと腐葉土を踏む音が耳に入ってくる。乾燥した木の葉はそうやって小さく砕け、土に戻っていく。
    「この山は近道でね、ここを通れば街に出る」
     朝尊は静かに話す。すうと息を吸って、何か言葉をつづける素振りを見せたが、結局何も言わずにため息に変わる。彼はこの近辺に住んでいて、あの空き家やこの山を何度も行き来したことがあるということだ。だが、不思議と僕は彼を見掛けたことはない。もしかしたら、見ていたのかもしれないけれど、気付きもしなかった。
    「貴方はこのあたりに詳しいんだね。僕はずっとあの町に住んでいたけど、このあたりまで来たことはなかったな」
     ちょっとした会話の取っ掛かりになればと僕は話をする。
    「そうだね。もう遠い記憶だが、覚えていることも多いものだよ」
     昔住んでいて、最近戻ってきたということだろうか。遠い記憶、というほど彼は老いていないように見える。間違っても未成年ではないだろうが、それでも僕と十歳以上離れているだろうか。僕には年齢を見る目が無いのかもしれない。僕がまた黙り込んでいると、今度は朝尊がごらん、と声をかけてきた。
    「ここから見えるだろう。この斜面をくだっていけば街だ。顔見知りもいる。少し頼ろうと思ってね」
     木々の間からコンクリートの壁や民家の屋根が見える。僕の学校がある街とは反対方向に歩いてきた。こちらの方へあまり来たことはないが、それでも街というのは代わり映えしないもので、特段感動を覚えることもない。
     朝尊は少し急いでいるのか、急な斜面をそのまま降りていく。ハラハラしながらも僕は落ちないようしっかり彼に掴まっていた。運動がてんで駄目な僕では、きっと下まで転がり落ちることだろう。ガサガサ、という音を立てて、僕たちは平らな地面にたどり着いた。
    「ここからは僕も歩くよ」
     さすがに目立つのではないか、という意図で朝尊に申し出た。彼は少し思案したようだったが、僕を降ろす。だが、彼は僕を隠すように、人々の視線の死角となるように立った。
    「さて、行こう」
     それだけ言うと街の中へと進み始めた。着物にインバネスコート、目立つ容姿をしているのに、人々は一切朝尊に目もくれない。僕がはぐれないかを気にしているのか、肩を掴んでいる。時折、力が入るのか指に力が入るのがわかる。平静な顔をしていても、どこか不安なのかもしれない。
    「僕は何処にもいかないよ」
     朝尊は、はっとしたような表情をして僕を見る。涼やかな灰色の瞳がわずかに揺れた。動揺している。それだけは分かった。取り繕うように笑みを浮かべて、彼は痛かったかね、すまない、と謝った。今は黙っていることが一番なのかもしれない。彼に対して恐怖を抱くことはないけれど、彼の目的がよくわからなかった。これを第三者が見た時にどう思われるのか、どういう行動なのか、僕だってそれくらい分かる。人通りの少ない道を選んで彼は進む。僕はそれに連れられて歩いた。
     とある建物の前にたどり着いた。古い商店のように見えるその建物に彼は入り、僕もそれに従う。中は薄暗くほんのわずかに埃っぽい。店の奥には居住するスペースがあるようで、来店があると音が鳴るようだった。がたん、と物音を立てて、奥から誰かが出てくる。
    「……あんた、無事だったのかい」
     奥から出てきたのは老人で、朝尊を見るや驚いたような顔をした。昨日のニュースを見たのだという。
    「あのほんま――……」
    「ご老公」
     冷やりとした声だ。朝尊に呼びかけられ、老人は黙り込んだ。そして、老人は僕に目を移す。顔をしかめ、朝尊と僕を見比べた。
    「彼は何も知らない」
     それだけで老人に何か通じたようで、彼は息を吐いて少し待っていなさいと一度奥に引っ込んだ。ほどなくして戻ってきた老人は朝尊に何かを渡す。鍵のように見えた。そして朝尊は代わりに何かを老人に差し出す。
    「これを」
     差し出したのは、黒漆に金細工で龍の彫り物がついた棒状のものだった。老人はそれを受け取り、横に引っ張る。出てきたのは小刀だ。
    「これは、古くなっているがあんたの……」
    「構わない」
     老人は何故これがこんなに古びているのか、何故金が変色しているのかと問いかけたいようだったが朝尊は質問を許さない表情を浮かべていた。朝尊の気迫に根負けした老人は、分かったと頷いて老人は再び朝尊に何かを渡した。それを懐に仕舞い、用はもう済んだと言わんばかりに早々に去ろうとする朝尊に声をかける。
    「あんた、自分が何をしているのか分かっているのかい」
     朝尊は答えない。薄暗い店内で数秒沈黙が僕たちを包んだ。その沈黙を破ったのは朝尊で、「長居をしてしまった、それでは」とそれだけ言って店から出た。老人の視線を背に感じながら、明るい外に出る。あれは朝尊の何か大事なものだったのではないのだろうか。でも聞けなかった。僕はこの店が何だったのか去り際に看板を見る。「七ツ屋」と書いてあった。
     その店からまたしばらく街を歩く。相変わらず通行人は僕たちに無関心だ。朝尊はそれでも何かを気にしている様子を見せた。何を気にしているのだろう。僕の疑問は消えない。そのうちに小さなビルにたどり着いた。一昔前の雑居ビルで三階建てだ。その中に朝尊と僕は入っていった。
     電気は通っていないのかもしれない。埃っぽいビル階段を上に上がっていく。そして二階のスペースの扉の前に立つと、朝尊はあの老人から受け取っていた鍵を使って中に入った。
     わずかに家具が置いてある。古びたソファとテーブル、ブラインドは閉まっていて、太陽光がわずかに室内に入り込んできている。戸棚には誰かが置いていったようなものが残されていた。
     奥には洋箪笥が置いてあり、朝尊はそれを開いていた。中に少し洋服が入っているようだ。
    「君はこれなら着られるだろう」
     そう言って差し出してきたのはだぼっとした印象の重ね着する黒い服とハーフパンツだ。確かこれも着ていたね、と黒に近い紫のレギンスも出してきた。誰のものだろう。朝尊は僕に着替えなさいと言っているのだ。
    「この部屋の右手奥に簡易だが風呂場もある。少し休むといい」
     朝尊はそれだけを言うとまた出かけそうな雰囲気だった。僕は思わずどこに行くのかを問いかけると、彼はにこりと微笑んだ。眼鏡についているチェーンがわずかに揺れた。
    「何か食べるものが必要だろう?すぐに戻るとも」
     大丈夫、ここには入っては来られないと、朝尊は言う。僕に話しかけたというより、自分に言い聞かせたという方が正しいかもしれない。彼はスッと部屋から出ていき、僕は言われた通りにすることにした。まだあれから半日も経っていないけれど、僕は制服のまま着替えていない。埃や汗で汚れているのもわかる。
    「彼は、僕をどうするつもりなのだろう」
     誘拐したいわけではないだろう。でも、何かから隠したい、という思いだけが感じ取れる。何から隠したいのか、僕にはわからない。けれど朝尊はしきりに言う。僕は何も知らない、と。
     その意味を、僕は考えなければいけない。
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