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    梟は黄昏に飛ぶ
    とりあえず完

    ##梟は黄昏に飛ぶ

    明星 ぽっかりと夕焼けの空が切り取られて見える。鳥が山へと飛び去っている姿が、小さく、けれどはっきりと見えていた。木々の葉は風に吹かれてさらさらと音を立て、同じように雲も流れていく。東の空はもう夜の帳もおりて、きっと星も見えるくらいになっているだろう。空は飛べなかった。僕は鳥ではない。高いところから飛んでも、ただ落ちるだけ。それは当たり前のことだけれど、ほんの少し寂しく感じた。手を伸ばしても絶対に届くことのない空に、焦がれる自分がいるのも事実だから。
     でも、僕は生きている。成功したんだ。面白くなって、くすりと笑ってしまう。全然笑えるようなそんな状況なんかじゃなかったのに。緊張から解放されたからなのか、僕は声を上げて笑ってしまった。寝転がりながら首を右へと向ける。本来の着地地点から転がった。落ちた場所には折れた枝が大量に落ちている。僕が転がった場所もわかるくらいに、小枝が点在していた。顔を下に向けて飛んだのに、仰向けになっているのはそのためだ。腕に抱いている刀は鞘に傷はついていないように思う。僕と一緒に落ちたから、葉と枯草が付いているけれど。
    「朝尊」
     聞こえるだろうか。この刀が折れたら死ぬのなら、これが朝尊そのものだと僕は思っているけれど。返事はないと頭で理解しながら僕は呼びかける。
    「ねえ、朝尊、聞こえるかな。僕、大丈夫だよ。僕たちの勝ちだ」
     生きているのが間違いなんて、そんなことは絶対にない。どういう理由であっても、帰りたいと願い足掻いたひとの生きてきた時間を、否定するようなことは赦せなかった。間違いじゃないことをどうしても証明したくて、高所から飛び降りる、なんてことをした。誰かのために命を張るなんてこと僕は初めてだった。朝尊はずっと僕を守ってくれていたから、僕も彼を守れただろうか。これからも、守れるだろうか。ふと上体を起こして、僕は刀を鞘から抜いた。やはり、刀も折れていない。刀身はぼろぼろだけれど彼も生きている。
    「貴方は嫌だというかもしれないけれど、僕はどうするか決めたんだ」
     朝尊と離れず、でも逃げもせずに一緒にいるにはどうすべきか。僕を遠ざけようとしてくれた気持ちを裏切ることになるだろうか。
     がさがさ、と茂みが揺れ、葉がこすれる音がする。僕はそちらを見た。そこにはグレーのフードの彼がいた。顔の半分に包帯を巻いている。僕を探しに来たようだ。葉も枝もたくさんつけて。肩で息をしている。
    「怪我は?」
     足早に駆け寄って僕の側で膝をついた。青い目が僕を見ている。
    「ありがとう、僕は大丈夫。でも、ごめんなさい」
     その怪我は僕のせいで負ったものだ。彼は目を丸くした。そして、すぐに連絡を入れている。恐らく、上に居るであろう一文字則宗に知らせているのだ。僕の生存を。通信機越しにわずかに聞こえる声は、どこか安堵しているように聞こえた。それでも、緊迫したように何かを伝えているようだった。
    「上に早めに戻ろう。歩けるね?」
     僕は頷いた。彼は山姥切長義だと僕に名乗った。僕はもう一度今までのことを詫びる。彼だけじゃない、他の彼の仲間にも謝るべきだと僕は思っていた。長義は首を横に振った。
    「謝罪を受け取らない、というわけではないんだが、君は謝るべきじゃない。仕方がなかったんだ。則宗はそうは思わないかもしれないが、俺は男士であろうとも何かに思い入れをすることはあると思っているよ。南海太郎朝尊、彼は君を何よりも優先させたいと思って必死になっていた。ただそれだけさ」
     助かるといいのだけど、と小さく彼は呟いた。重傷だという。本来なら折れても仕方ないくらいの怪我だ。時の政府が、自分たちから離反するかのような動きをした男士を助けるかどうかも分らないともいう。廃墟まで戻ってきた。黒い帽子をかぶった少年が朝尊の側にいて、その側に一文字則宗ともう一人、赤いメッシュの少年が経っている。朝尊は、ぐったりと動かない。けれど、不意に咳き込み小さく呻く。黒い帽子の少年がはっとしたように朝尊に呼びかけた。僕は側に駆け寄り、少年の隣にしゃがみ込む。
    「朝尊?」
     うっすらと目が開いた。朝尊は視線を彷徨わせたあと、僕の方へと目を向ける。無表情だった顔がわずかに微笑んだ気がした。何か話すことなく、再び目を閉じる。
    「応急処置はしている。大丈夫だ、我々が掛け合うから、どうか信じて」
     黒い帽子の少年は僕の手を握って力強く言った。僕も彼の目を見て頷く。そして、僕は一文字則宗に顔を向けた。
    「審神者というものには、どうやってなればいいんですか?」
     一文字則宗だけではなく、その場にいたもの全員が驚いたように見えた。そうだろう、朝尊が命がけで僕を遠ざけていた理由はそれなのだろうから。
    「家族のもとに戻れば朝尊とは一緒には居られない。ですよね?」
     祖父が僕に残した刀。代々継いできた家宝。祖父との思い出もある形見であり、僕を助けた恩人そのものでもある。審神者というものになったら、僕の予想以上につらい事もあるだろうし、後悔することも出てくるに違いない。でも、それ以上に今ここで彼を手放せば死ぬまで悔い続けることになると僕は感じていた。今までもそう。選ばなかった後悔ばかりが残っている。なら、答えはこれしかない。
    「彼は僕の刀です。なら、一緒にいられる道を選びます」
     目の前の一文字則宗は、僕をじっと見ていた。何を想っているのだろうか。ぶつん、とすべての音が途切れて、僕の背後……そこから声が聞こえた。
    『いいのかい、二度と戻れんぞ』
    「それが僕の答えです。僕の心に従った末の選択ですから」
     僕が答えた瞬間音が戻ってきた。背後の気配はない。ただ、僕の声はこの場にいた全員に聞こえていたようだった。目の前の一文字則宗も根負けしたようにふうと小さく息を吐いて、わかった、とだけ答えた。そして、どこかに連絡を取るためにその場から立ち去る。赤いメッシュの少年は僕に「俺たちは外にいるからな」と声を掛け、黒い帽子の少年を伴って外に出た。
     僕は朝尊に視線を戻した。彼は静かに眠っている。
    「楽しかったんだ。貴方と一緒にここまで来て。愉快とかそういう意味じゃないんだけど……、なんていうんだろう、こういうのは。怒られることを知りながら、子供だけで入っちゃいけないって言われていた山にこっそり入った時みたい。その時は怖くて、来たことを後悔して、膝すりむいて痛いとか辛いって泣きながら思うけど、振り返ると今みたいな気持ちなんだ」
     これからの日々、ずっとそういう感情の繰り返しなんだろう。僕が知らないことが溢れている。僕が生き切ったその時が来ても楽しいと思えるように、そのための初めの選択が今だ。朝尊はどうだろう、そう思える日など来ないくらい、ずっとずっと苦しみの中で生きるのだろうか。
     無責任なことは言えないけれど、少しでも彼が穏やかに過ごせるようにしよう。彼が望まなかった未来を選んだのは僕だ。その責任が僕にはある。
     すっかり太陽は稜線のむこうへと沈んだ。金色の星が西の空に煌めいている。宵の明星、これから夜が来る。夜は長いけれど日はまた昇り朝が来る。そのとうとい光を見て、人はそこに神を見た。どこか遠くで、梟が鳴いた。

    「ねえ、朝尊。いつかまた、朝日を見ようね」
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