京都旅行(仮)「『地に満ちよ。』とはよく言ったものだな神よ。」
「どれ、隣に生産者の顔写真を貼ってやろう。『私が作りました』ってな。」
ルシファーとアダムは順調に日本を南下していき、ついに京都という一大観光名所へ辿り着いた。季節は秋。紅葉のハイシーズンだ。二人はおびただしい観光客でできた海を漂う。
人で溢れかえる京都から洗礼を受け、ルシファーはぶつくさ文句を垂れていた。
堕天使相手に洗礼とは素っ頓狂な話だが。
「人が多すぎるぞ!アダムお前、さすがに増やしすぎじゃないか?」
「ああ、まいったな。誠心誠意マジメに腰を振り続けて気がついたら死んでた。慣性の法則で今も振り続けてる。」
「慣性の法則に謝れ。」
「マジごめん。」
腰を振るポージングをするアダムをルシファーはステッキで軽く小突いた。
「全く…モーセを連れて来たい気分だよ。」
「アイツお前のことブロックしてたぞ。」
「はぁ?殺そ。」
「もう死んでる。」
坂道が多い上、進行方向がバラバラの人混みかき分けるのは骨が折れる。いっそ飛んでしまいたい。
アダムの背は周囲の人間より頭一つ分抜けているので、ルシファーの前を歩き先導することにした。土産屋が並び建つ通りさえ抜けてしまえば、海を割らずとも道は開けるだろう。
「ちゃんと着いてきてるか?おじいちゃん。迷子になったら警察に届けを出すからな。」
「誰が老衰寸前の寝たきりボケ老人だクソガキ。」
「そこまで言ってない。」
ようやく開けた道に出ると、美しい街並みに目を奪われた。古い建築物なのに状態が良いのは、今まで大切に守られてきたからだろう。アダムは存外、新しい物よりも歴史を感じさせるものが好きだった。スマホでSNSを使いこなすルシファーの方が、新しい物好きと言える。
ウロウロと当てもなく散策していると、着物が整然と並べられている店が目についた。何人か列に並んでいて、人気店のようだ。看板には「レンタル着物店」と書かれていた。
「おい、ルシファーこれ…サムライじゃねぇか!?」
「えっ!?私がサムライに!?」
ふたりはサムライ。ぶっちゃけありえない。
吸い込まれるように入店すると、愛想のいい女性店員が英語で話しかけてきた。
二人の容姿を考えれば当然だ。ルシファーは英語で話せばいいものを、あえて日本語で返答する。
「ワタシ、サムライ、モトメテマス。」
「ぶふぉっ!!!!」
ルシファーの容姿でペラペラの日本語を話すと怪しいので、あえてカタコトで話すのだがアダムはいつもそれにツボっていた。
「お前…!ふははっ、ほんとやめろってそれ…!死ぬ…!!」
「ワラウナ。」
「ぎゃははははは!!!」
ルシファーのカタコト言語を聞き取った店員は、この店のコンセプトを丁寧に英語で教えてくれた。
「この店はサムライではなく、日本の伝統的な民族衣装を体験できるらしい。」
「えー〜、サムライがよかった!!」
「サムライのヘアスタイルはコレだが?」
ルシファーはスマホにチョンマゲ姿の侍を写し出す。
「天にまします我らの父よ。願わくば彼に毛髪を与えんことを…」
「祈るな祈るな。」
店員にそれぞれ似合う着物を見繕ってもらい、二人は初めての着付けを体験した。
ルシファーは綿素材の、グレーの着物に黒い羽織り。アダムは麻の、濃紺の着物で羽織も同じ色でまとめてある。
着物に合うよう軽いヘアセットもしてもらい、二人は上機嫌で店を出た。
「見ろ。道ゆく女が振り返る。私たちの美しさは罪だな。」
「自意識過剰だ。お前がデカいだけだろう。」
ルシファーのスタイルはモデルのようであるし、アダムは背が高すぎて着物の丈が足りず足首がはみ出ている。そんな二人が並ぶと、本当によく目立った。アダムはバンドのライブなどで、他人から視線を浴びることには慣れていた。むしろ快感である。一方ルシファーは長年引きこもっていたので、あまり注目されるのは好きではないようだ。
二人は慣れない草履に苦戦しながらも、嵐山竹林の小径へとたどり着く。青々と繁る竹で空までも覆われているが、どれも天高く伸びているおかげで閉塞感はない。ルシファーはチャーリーに送るため、スマホでパシャパシャと写真を撮る。