北海道旅行(仮)鉄塊が風を切って行く。なんと爽快なことか。
「くぁ〜〜〜!最高〜〜!!!」
「おい!運転の邪魔だ、ばかタレ。」
アダムは狭い車内一杯に、思い切り羽根を伸ばした。ここで言う「羽根を伸ばす」とは気楽に生きるという意味ではない。文字通り、金色の羽根で後部座席を満たす行為のことである。
まあ今の彼は気楽に生きているので、前者と後者は少なからず両立している。
「私は羽根を仕舞っておくのがキライなんだ。ほら、誰かさんと違ってデカくて逞しいから。窮屈にしてると羽根ポジが気になるってワケ。」
「それはそれは大変だな。同情する。私はチンポジしか気にならない。何故ならデカくて逞しいから。」
「ぶはっ!鬱に加えて虚言癖もあるらしい。」
「黙れ。この広い人参畑に取り残されたくなかったらな。」
2人は日本という島国の、北海道という土地に来ていた。
天使であれ悪魔であれ、羽根を持つ者たちはあまり車を必要としない。エンジンをかけている暇があるなら飛んだほうが速いからだ。
ルシファーほどの力があれば、魔法で空間を移動することだってできる。
しかし現地では、現地の移動方法に則るのが旅の流儀である。幸いルシファーには運転の経験があったので、広大な土地でドライブに興じていた。
「ニッポンは地球の国々の中でも清潔で治安が良いそうだ。」
「生前日本人だった女となら一発ヤッたことがある。」
「ほう。どうだった?」
「清潔で治安が良かった。」
「マンコの具合は聞いてない。」
会話は最低だが、天気は最高だ。窓を開けると、地獄とは比べるのも失礼なほど新鮮な空気が車内に流れ込む。
日本には四季があり、今は夏という季節らしい。常に気候が一定の天国と違って、一年の内で四度も変化があるのはとても不思議だ。
どうせなら、四季の全てを体験したいとルシファーが言うので、日本にはきっちり一年滞在することに決めた。
「なんでも、有名な小説家だったらしい。サインをくれた。」
「さすが天国に行くような魂は位が高いな。」
「マグロだったけどな。」
「私ならマグロをドラゴンにできるぞ!」
「ドラゴンになるのは鯛だよ!バカ!」
正しくは鯉であるが、ここには彼らを正す者はいない。
ルシファーの運転する白いコンパクトカーは日本産のもので、悪目立ちしないようそこら中を走っているレンタカーをコピーした。
アダムはせっかくならイカしたオープンカーが良かったとブーブー文句を垂れる。
「トロトロ運転しやがって。法定速度守っても無免許なんだから意味ないだろ。」
「いつも左ハンドルだったから難しいんだ。」
「あ〜…それでちんこ右曲がりなワケね。」
「おい、見たことないだろ!」
広大な人参畑の中を走る。一本道がどこまでも続いていて、迷い用がない。
二人はとある有名な牧場へ向かっていた。北海道には、乗馬をするために訪れた。ホースセラピーが鬱病の回復に効果的だという情報を目にしたのだ。
地獄にも馬のような見た目の悪魔はいるが、触れ合おうとなんのセラピーにもならない。地球産の可愛い馬でないと意味がないのだ。
「なぁ、運転代わってくれ。」
「断る。」
「なんでだよ。天国連れてってやるよ。」
「事故る気満々じゃないか。」
「元気かな、リュート…澄ました顔で私の遺品整理をして、思い出の数々がよみがえりつい涙を流して欲しい。そして、パソコンのハードディスクを絶対に見ないで廃棄して欲しい。頼む。本当に。」
「……アーメン。」
二人がダラダラと中身のないやり取りをしているうちに、無事目的地に到着した。アダムは伸ばしていた羽根をしまう。オーバーサイズの黒いTシャツに太めのジーンズを履いていて、どこからどう見ても人間の男にしか見えない。
ルシファーも人間の姿に変身してはいるが、やたらとスタイルがいいのでまだ少し人間離れしている。ウエストなど、馬に蹴られたら折れてしまいそうに細い。顔もどこについているのかわからないほど小さかった。
牧場にはもうすでにたくさんの馬が背中に人を乗せてゆったりとした歩調で歩いている。
ルシファーは目をキラキラと輝かせ、柵から身を乗り出してはしゃいだ。
二人はさっそく受付で乗馬体験を申し込む。いくつかプランが選べたが、一番本格的に乗れるプランに決めた。
乗馬スタイルは大きく分けて二種類あり、この牧場はウエスタンという米国式スタイルを採用しているようだ。