ルシアダ犬を飼う②「躾が必要なようだな。」
「くっ…!やめろ!」
青光りする黒い体毛はシュンと萎え、細身の身体はさらに一回り小さくなっている。耳と尻尾を伏せ、アーサーはアダムの後ろに隠れるように後退りをした。甘やかしている自覚はあった。何をしても可愛いのだから、仕方がないのだ。ルシファーの尻尾を噛んだのだって、決してわざとではない。
「お前はアーサーを猫可愛がりしすぎなんだ!」
「アーサーは犬だろ。」
「犬可愛がりしすぎなんだ!」
「アンタは躾が厳しすぎる!」
二人の子育て方針は真逆であり、アダムは放任主義で、ルシファーは何かと口喧しい。よくいる父親と母親のようだ。アーサーはクーン…と小さく鳴き、伏せの姿勢をとる。
「ほら、ちゃんと反省してる。アーサーは頭がいいでちゅからね。」
「…最近、赤ちゃん言葉が過ぎるようだが。」
「なっ…言っとくがアンタもなってるからな!?」
「なってないでちゅ。」
ルシファーはアーサーを抱き上げて、鼻と鼻を突き合わせる。めっ!とだけ短く叱り、ゆっくりと床に下ろした。アーサーは申し訳なさそうに、自らが噛んだ箇所をペロペロと舐める。
「じぃじは怖い怖いだから、パパの方がいいでちゅよね〜」
「パパはデブだからじぃじのが好きでちゅよね。」
「デブは関係ないだろチビ!!!!」
「おっと、そろそろ散歩の時間だ。」
この城は散歩の必要がないほど広いが、外の空気を吸うのは犬にも鬱にもダイエットにも大事である。赤色の首輪には上等な牛革が使われていて、ルシファーの手作りだった。金具にこれまた赤色のリードを繋ぎ、地獄で人気の散歩コースへゲートを開く。ルシファーはこれ見よがしにアーサーを連れ歩いては、通行人に『可愛い』と言われるたび、自分のことのように喜び鼻を鳴らした。
「もしかして、ウチのアーサーが一番可愛いんじゃないか?」
「奇遇だな。私もそう思っていたところだ。」
この地獄の中で、ウチの子が一番可愛い。
揃いも揃って親バカ一直線だった。
そんな馬鹿親を持ったアーサーは、雌犬とすれ違うたびにフラフラと尻を追いかけようとする。リードを引っ張って軌道修正すると、名残惜しそうに何度も後ろを振り返っていた。
「女好きでお前にそっくりだな。」
「未練たらしくてお前に似てるな。」
「「はぁ!?!?」」
同時に同じようなことを考えていたようで、二人は散歩が終わり家に帰っても尚、汚い言葉で罵り合うことをやめなかった。