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    パトリシアぐち子

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    POIPOI 9

    紅敬。全年齢、三人称、途中まで。
    スカウト産、狼と賢者パロ。ほぼ全編下の名前呼び。
    魔法使いや魔物がいる、RPG風ファンタジーの世界観です。

    #紅敬
    KuroKei
    #蓮巳敬人
    Hasumi Keito
    #鬼龍紅郎
    redDragon
    #狼賢者

    その契約に名前を付けて「くそっ……俺としたことが……」
     頭上の蒼穹を眺めながら、魔術師は誰に聞かせるともなく悪態をついた。随分な高さから落ちたものだ、と天上の雲を睨む。視界はグルグルと回転を続けていて、軽く脳震盪を起こしているようだった。
     右足首も時間とともに痛みを増していくようで、折れていなければ良いが、などとぼんやり思考を巡らす。骨折だけならば手持ちの魔術具で治すこともできるのだが、生憎落ちた衝撃でどこかあらぬ方向へ飛んでいってしまったらしい。手探りで周囲をさらってみたが、それらしき物に触れることはできなかった。
     息を深く吸い込むと、湿った土と濃い緑の匂いが鼻腔を満たした。どうにか落ち着かねば。とにもかくにも、忌々しい目眩が治まらないことには動けそうにもなかった。早く移動できる態勢を整えねば、と気ばかり焦る。まだここは、何が起こるか分からない場所なのだから。

     王宮から直々に、とある王領直轄地の生態系調査の依頼が入ったのは、つい先日のことだった。鬱蒼とした森林と深い山々を頂くその一帯は、直轄地とは名ばかりの未開発地帯だった。何でも、先々代の頃から魔物や精霊の力が強まり、ほとんど手付かずになってしまったのだという。
    「困るんだよね、得体の知れない子たちに、好き放題にされてしまうと」
     幼馴染みでもあり、つい先日戴冠式を終えたばかりでもある若き皇帝は、まるで近所の悪餓鬼に悩まされているとでも言うような、気軽な口調でそう言ってのけた。
    「だから、そんな僕の為にも、首を縦に振ってくれると嬉しいな」
     拒否するつもりは毛頭無かったが、そう言われてしまうと断れなかった。これが皇帝ひとりの我儘であれば、断りようもあっただろうが、国土の安全と資源の確保という立派な名分があるものだから、多少の無茶にも付き合わざるを得ない。
     俺も大概、奴には甘いな、などと、およそ皇帝に対して不敬とも言える感想が出てくるのも、致し方無かった。元より、完全な専門外というわけでもない。自分にならこなせる、と信頼された上での依頼ならば、尚の事その期待に応えようとも思うものだ。
     大規模な探索を行うには、まず調査隊の人数や予算を見繕わなければならない。先遣隊を別で雇っても良かったが、何事も自分の手で行わなければ気が済まないのが、彼の性分であり、欠点でもあった。
     最初はさっと上空から、森林地帯と山脈の規模を粗方計測できればそれで良かったのに、よりにもよって突風に煽られるとは。為す術もなく、木の葉か紙切れのように弄ばれて、きりもみ回転しながら落ちていく様は、我ながら無様だったろうと反省しきりだった。
     弟子には数日は戻らないかもしれないと伝えてあるから、実際何日か帰宅しなかったとしても不審には思われないだろう。下手をすれば捜索や救助の手配が着くまで、数週間はかかるかもしれない。
     日帰りと言っておけば良かった。と、まるで旅行計画を失敗したかのような気分になる。今現在の自身の状況は非常にまずい。突風に好き放題煽られたせいで、落下地点の正確な位置すら把握できていない。加えて、落ちたのはほぼ未開発の森林で、人の手が入っていないのだ。
     野生生物はもちろんのこと、魔獣や妖精などに出食わそうものなら、命の保証は無いに等しい。妖精の中には友好的な者もいるらしいが、ほとんどが悪戯好きで、人間など悪戯を試す玩具くらいにしか思っていない。人間の倫理観など通用しない、異界の住人たち。怪我でまともに動けない中、そんな連中と遭遇するなど、御免こうむりたかった。
     そこまで状況を振り返りながら、深呼吸を繰り返す内、目眩の方は粗方治まってきたようだった。まだ頭の方はズキズキと痛むものの、幸い出血はしていない。起き上がれるようになったら、なるべく早く、雨風を凌げる身を隠せそうな場所を探さなければ。体力の回復を優先し、捜索隊が来てくれるまでどうにか持ちこたえなければいけない。できれば落としてしまった魔術具の回収もしたいが、この身体では望みは薄いだろう。
     目まぐるしく思考を働かせていると、不意に森の奥から気配を感じ、魔術師の身に緊張が走った。倒れている足元の方角から、ガサリ、ガサリと何かが近付く音がする。まだだいぶ距離はあるはずなのに、ズシリと伝わってくる振動から、かなり大きな獣の類であることが判った。
     恐れていたことが現実になろうとしている。おそらくは、熊よりもはるかに大きい魔獣や魔物だろうと推察された。死んだふりなどという、古典的な回避方法が通じるだろうか。だが挫いた足で魔術も使えないとなれば、他に選択肢は無かった。せいぜい、死体を弄ぶ悪趣味な連中で無いことを祈るばかりだ。
     そうこうしている内に、当の獣はかなり近付いて来ていた。歩き方の癖からして、熊や竜の類ではなさそうだった。魔術師は息を潜め、できるだけ情報を得ようと耳をそばだてる。
     獣が立ち止まる気配がして、辺りがしんと静まり返る。警戒されてしまったのだろうか。そう訝しむも束の間、再び草を踏む音が聞こえてきた。足音から察するに、おそらく四本脚の獣だろう。オークやトロールなどの物騒な魔物の類では無いことに、ひとまず胸を撫で下ろした。
     ハッハッと小刻みな息遣いが近付いてくる。獣臭い熱い息が顔にかかり、覗き込まれているのだと解ると、意識が無いことを印象付ける為、なるべく表情を動かさないよう苦心する。獣は、その鼻先を魔術師の顔や胸元付近で行ったり来たりさせ、ふすんふすんと鼻を鳴らしながら、しきりに匂いを嗅いでいるようだった。何だか犬みたいだな…と思わず拍子抜けて和みそうになるが、慌てて気を引き締める。人を喰らう種類の獣だったら、どうするつもりだ。当の獣の方はというと、そんな魔術師の心中などいざ知らず、ひとしきり匂いを嗅いだあとで、溜め息のような独り言を発した。
    「……死んじゃあいねぇよな?」
    「(こいつ、人語を操れるのか!?)」
     思わず口に出掛かった言葉を呑みこむのに、変な呻き声を出しそうになる。
     ほとんどの魔獣や妖精は人語を解せない。人の言葉を操り意思疎通ができるのは、かなり高い知能を持った高位の精霊や魔物、永く生きて神々の加護を享受した極一部の魔獣だけだ。ということは、この獣はこの森一帯の主とも呼べる格の高い存在なのかもしれない。
    「参ったぜ…」
    「…………」
     口調からはとてもそうは思えないが、見掛け(?)で判断するのは無礼だろう。何より意思疎通ができるのであれば、交渉の余地がある。
     生きて帰れるかもしれない、という希望に、逸る気持ちを抑えながら、魔術師は、さもいま気が付いたと言わんばかりに呻き声を出し身じろぎをする。我ながら名演技だ、と自画自賛しながら、相手の反応を待った。
     獣は声に気が付いたようで、大きな鼻先で魔術師の腹や頬を遠慮がちに突つき始めた。
    「おい、生きてるか?」
    「うう……ん……」
     声に合わせて薄っすらと目を開けると、木漏れ日に縁取られた巨大な輪郭が、ぼんやりと見えてくる。掛けていたモノクルは割れてしまったようだが、元々視力矯正の為のものでは無いので、視界に問題は無かった。ゆっくりと焦点を合わせていくと、小山のように大きな赤茶色の毛並みの狼が、金色の混じった若葉色の瞳で、こちらを覗き込んでいた。
    「話せるか?こんなとこで、何してたんだ?」
     密猟する連中には見えねぇが、と小首を傾げる仕草があまりにも犬そっくりで、つい笑みが零れてしまう。不思議と恐怖は湧いてこなかった。
     当の狼は何故笑われたのか分からない様子で、ますます首を傾げながらこちらをじっと見つめていた。こほん、と気を取り直して、魔術師が口を開く。
    「失礼だが、貴方はいったい…」
    「あー…そんなかしこまんなくていいぜ。そこまで上等なもんじゃねぇから」
     そうなのか、とは思うものの、この森一帯を統べるかもしれない相手に対して、どこまで砕けて接して良いものか、判断がつきかねた。
    「てめぇにかしこまられると、俺も何だかエラそうにしてなきゃいけねぇだろ?そういうの、窮屈なんだよな」
     後ろ脚で首元を掻きながら、欠伸をしてみせる姿に窮屈さは欠片も感じられなかったが、本人(?)がそこまで言うのだから、希望に則った方が良い気がした。仕切り直しとばかりに、まずは魔術師から自己紹介をする。
    「俺は、この国の王都で魔術師をしている。この森には研究の為に立ち寄ったんだが、事故に遭ってしまってな」
     王宮からの命で大規模な調査を予定している旨は、敢えて伏せておいた。この大狼が森の主であるならば、きっと良い気はしないだろうから。個人的な研究の為と言っておけば、あとでいくらでも言い訳が利くだろうと打算を立てる。
    「怪我しちまったのか?」
     魔術師の右脚を見て、魔獣が心配そうに鼻を寄せてくる。右脚は今や、ブーツの上から見ても判るほど大きく腫れ上がり、痛々しく血に染まっていた。まだ事故のショックが大きい為か、痛みは然程強くはないが、いずれ耐え難い激痛が襲うことになるだろう。
    「そうだな。手当ができれば良いんだが、生憎持ち物を全て失くしてしまったようだ」
     せめて雨風を凌げるところまで移動できれば良いんだが、と呟くと、魔獣はピクリと耳を動かして、こちらを伺うように覗き込んできた。
    「そんなら、うちに来るか?」
    「お前の住処に?」
    「おう。人間の客なんて初めてだから、どこまでもてなせるかは分かんねぇが、野晒しよりはマシだと思うぜ」
     思いがけない展開に魔術師が目を丸くすると、魔獣は胸を反らしてどうだ?と言わんばかりにこちらに視線を寄越してくる。出逢ったばかりのこの獣を、信じても良いものだろうか?魔術師は、若葉色の瞳をじっと見つめ返した。何故か期待を込めたような顔でこちらを伺ってくるその眼には、悪意は感じられない。純粋に、厚意で提案してくれたのだと、受け取るのが正しいように思えた。
    「……そうだな」
     悪いが、世話になっても良いだろうか。魔術師が遠慮がちにそう言葉を続けると、狼はパッと大きく口を開けて、笑顔のような表情を見せた。尻尾を千切れんばかりに振って、じゃあ決まりだな、と口調を弾ませる。鼻唄でも歌い出しそうな様子だ。
     何がそんなに嬉しいのか、魔術師が訝りながら成り行きを見守っていると、言い忘れてたんだが、と魔獣が口を開いた。
    「俺ぁ、クロウってんだ」
     唐突に発せられた単語に一瞬理解が追い付かなかったが、どうやら名を教えてくれたらしい。魔術師は、混線した思考回路を取り戻そうと、とりあえず思い付いた言葉を口にする。
    「鉤爪の意か?確かに立派な爪だとは思うが、それにしては発音が異なるな」
    「ああ、東洋の言葉で、紅い狼って意味らしい」
     ピクピクと耳を震わせながら、少し誇らしげに言う様に愛嬌があって、再び口許が綻びそうになる。この魔獣は、恐ろしげな外見とは裏腹に、どうにも憎めない。
     良い名だな、と魔術師が褒めると、狼は嬉しそうに尻尾をはためかせた。相手に先に名乗られてしまったので少し決まりが悪かったが、気を取り直して精一杯体裁を整えた自己紹介をすることにした。
    「俺の名前は、ミズハノメ、という」
    「この国の人間にしちゃ、妙な名前だな」
    「通り名だからな。魔術師や魔導師は、簡単に己の真名を晒したりはしないものだ」
     『真名マナ』とは、産まれたときに付けられた名のことだ。本人の魂と強く結び付いている為、呪詛や魔法を行使するときには相手の真名を付加すると、より強力な効果が見込まれる。その為、魔術師や魔導師はもちろんのこと、貴族階級の者たちは爵位と洗礼名以外は公にしないのが通例だった。
     だから貴様のように、名の由来まで開示するのは悪手だぞ、とミズハノメが説教じみた蘊蓄を語ると、そうなのか…とクロウの耳がペタリと下がる。人間の世界の常識など分かるはずもない獣は、自分のしたことが酷く悪いことだと思ったようだった。その姿があまりにもシュンとして見えたので、ミズハノメは慌てて別の知識を披露する。
    「ちなみに、ミズハノメも東洋の神の名からだ」
     奇遇だな、と微笑んでみせると、クロウは興味深そうにミズハノメを見つめる。その大きな尻尾がパタパタと左右に揺れて出したのを見ると、どうやら喜んでいるらしかった。分かり易いな、と再び頬が緩みそうになるのを堪えて、ミズハノメは話題を元に戻す。
    「しかし、どうやって移動すればいい?俺はこの通り歩けそうにない」
     森の主かもしれない魔獣の背に乗せてもらうのは、何だか悪い気がして憚られたが、かと言って咥えられて運ばれるのも、できれば遠慮したかった。運搬用の魔術も使えないとなると、いよいよ手詰まりだ。
     ミズハノメの意図を察してか、獣は大きな鼻先を天に向けて、考えるようなそぶりを見せた。そうだなぁ…と何かを迷うような様子でしばらく首をひねっていたが、まぁ今か後かの違いだしな、と独りで納得したように頷いた。
     ミズハノメが見守っていると、クロウはひと呼吸ついて大きく身震いをした。赤茶色の毛並みが波打つように逆立ったかと思うと、するするとその下の肌に吸い込まれていく。前脚が地面から離れ後ろ脚だけで立ち上がると、鋭い爪は縮んでヒトの手足の形に収まった。面長な顔も裂けたような大きな口も、みるみるうちに小さくなり、健康的で滑らかな肌が現れる。
     気付いたときには、大柄な赤髪の青年が眼の前に立っていた。鍛え上げた立派な体躯は、北部で見た民族衣装のような皮の衣服と装飾品を纏っている。頭から生えた獣の耳と、ふさふさとした長い尻尾は、赤茶色の毛並みを残していて、この青年が先ほどの大狼であることを証明していた。整った精悍な顔立ちは、一見近寄り難い険のある表情をしていたが、金色の混じった若葉色の瞳は変わっていない。
     青年は、ミズハノメの食い入る様な視線にむず痒そうに瞬きをすると、困ったような、はにかんだような顔でくしゃりと笑った。
    「……ヒトの姿になれるのか?」
    「まぁ、そんな感じだ。でも、何でか分かんねぇけど、耳や尻尾はそのまんまなんだよな」
     それでも充分過ぎる程だ、とミズハノメは舌を巻く。
     本来の姿から、まったく別の生き物へと姿を変じるには、魔力量はもちろんのこと、かなりの修練とセンスが必要だ。身体の構造をそっくりそのまま作り替えなければいけないからだ。魔術師の中でも、出来るのはほんのひと握り。ヒトより魔法に長けた精霊や魔物でさえも、可能なものは限られてくる。それを難なくやってのけるとは。
     ミズハノメがじっと見つめてくるのをどう思ったのか、青年は所在無さげに頭を掻きながら、弁明のように話を続けた。
    「この格好は冬支度のときくらいしかしねぇんだよ。毛が少ねぇから寒ぃだろ?人間ってのは、よく平気でいられるよな」
     服装のせいもある気がするが、と喉元まで出掛けた言葉を何とか飲み下す。剥き出しの腕や、前を大きく開けて胸や腹を見せた衣服は、北方のものを模してはいるようだが、如何せん肌の露出が多い気がした。気はしたが、今は初夏と呼べる季節であったので、きっと冬用は別にあるのだと胸の内に留めておく。
     返事が無いことを不審に思ったのか、クロウは首を傾げてミズハノメを見つめ返した。そうして、再び右脚の怪我に目を留めると、ひとり合点がいったように頷く。
     先に手当てしといた方がいいよな、と言うが早いか、落ちている木の枝を蔓で束ねて、簡易的な添え木を作っていった。出来上がった添え木を右脚の下に据えると、ブーツを裂いて傷口の確認をする。腫れ上がった患部は青黒く変色し、滲み出た血液が生々しく光っていた。あー……と思案するような唸り声が、その口から漏れる。
     クロウは周囲を見渡すと、ピンと耳を立てて一点を見つめた。ガサガサと草むらを掻き分けて、その方向へ向かったかと思うと、大きなギザギザとした葉っぱを幾つか手に持って戻って来る。抗炎症や痛み止めとしてよく用いられる薬草で、魔術師であるミズハノメにとっても馴染みのあるものだった。
     傍らにしゃがみ込み、大きな手で薬草を揉み込むクロウを見ながら、使ってくれ、と首元に巻いていた絹地のスカーフタイを差し出した。クロウは一瞬目を瞠ると、ニッと笑みを浮かべてタイを受け取り、広げた布の一部を裂いて傷口の周りの泥と血を、丁寧に拭い去っていく。そうして、残った布の真ん中に擦り潰した薬草を載せ、両端を捻って菓子のように包み込んだ。白い布地に鮮やかな緑色の汁が滲むのを確認して、そっと傷口に押し当てると、う、とミズハノメの口から呻き声が漏れた。痛ぇか?と気遣う声に、問題無い、と返事を絞り出す。瞬間的な痛みに脂汗が滲んだが、それさえ乗り越えればじんわりと薬液が患部を癒やしていくのが感じられた。
     クロウは再び立ち上がると、適当な長さの蔓を2、3本千切って来る。添え木と薬草を包んだ布が動かないよう、右脚にしっかり結び付けていく。
    「随分と手慣れているんだな」
    「昔、人間のダチがいたからな。そいつに教わった。掠り傷作っちまったときなんかに、自分でもよくやるんだ」
     いた、ということは、今は違うのだろうか。疑問には思ったが、ここでは口を挟むべきでは無いような気がして、じっとクロウの作業を見守る。
     添え木と薬草の包みをしっかりと固定し終えて、うし、と満足気に頷き自身の膝を叩くと、クロウは腰に手を当てて仁王立ちをして見せた。見下ろしてくる金の混じった若葉色の眼が、楽しげにキラキラと輝いている。
    「じゃあとっとと移動するか。結構遠いからよ、ちっと飛ばすぜ。しっかり掴まってな。舌噛むなよ」
    「は?掴まっ……?」
     ミズハノメが疑問を言い終える前に、身体がさっと宙に浮いた。背中と膝裏に逞しい腕の感触が伝わり、横抱きに持ち上げられたのだと解る。理解した瞬間に、ぐん、と引っ張られるような圧が掛かり、ミズハノメの身体がクロウの分厚い胸板に押し付けられた。景色が後方へ飛ぶように消えていく。様々な濃淡の緑色が、光の粒のように流れていった。
     速い。自身では制御できない浮遊感に、落ちそうだ、という恐怖が混じり、ミズハノメは咄嗟にクロウの首に腕を周してしがみついた。喉の奥で低く笑う声が聴こえて、大きな手がしっかりと抱き寄せてくる。手の平から伝わる体温に安堵したのも束の間、さらにスピードが上がり風切音が耳許を掠めた。思わずギュッと目を瞑ると、ドクドクと、心臓の鼓動が聴こえる。自分のものではない。クロウのものだ。
     体温と、鼓動と、暗闇。薬草のおかげか右脚の痛みも幾らか和らぎ、感じられるのはそれだけだった。不思議と恐怖が薄らいできて、今や不規則な浮遊感ですら心地良い。
     魔術師は目を閉じたまま、青年の姿をした魔獣に身を預け、いつの間にか意識を手放していた。

    〈つづく〉
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