堕ちるSide H
──おれには、好きな人がいる。
名前は月島蛍。「ほたる」と書いて「けい」と読む。本人は入学してから散々突っ込まれたらしく、こちらが聞くまでもなく「それ、けいって読むから。」と先に伝えられた。
身長は百九十センチを超えていて、おれより二十センチ以上もの身長差がある。
同じバレーボール部に所属していて、同じポジション。異名は「烏野の理性。」その名の通りただただ冷静に物事を判断して、試合に臨む。
最初こそはプレーは最低限、言われたことだけを淡々とこなし、時には、いや常に嫌味を言う。そんな奴だと思っていた。
ただ、なぜか次第に目が離せなくなりこれが初恋なのだと気付くには、さほど時間は掛からなかった。
一度気付いて仕舞えばそれは止まることを知らず、胸の中だけに仕舞っておくにはおれにはできなくて、
「好き」
気付いた時にはそう口に出していた。
「…ごめん、君の気持ちには応えられない」
「そっ、か…。ごめん!こんな気まずくなるようなこと言って!これからもチームメイトとしてよろしくな!」
ははっ、といつものように笑って誤魔化した。
─────でも、おれは知っている。月島の、おれを見る視線、熱。
それはおれもよく知っている感情。
うん、とだけ言い残し体育館から去っていく背中を見つめ
「………うそつき。」
そう、呟いた。
Side T
──僕には、好きな人がいる。
チビで生意気で、でも好きなことにはとことん全力で。
そんな彼のことを、気付いた時には目が離せなくなっていた。
好きで、好きで堪らなかった。
日向は太陽のような男で、周りにはいつもたくさんの人がいた。その度に、触れるな。気安く話すな。彼は、僕のモノなのに。
そんなドス黒い感情が沸々と湧いて出るのを感じた。
それなのに、好きだと言う勇気もなくて、熱っぽい視線を送ることしかできなかった。
次第に、常に見ていたからか気付いたことがあった。日向も自分に気があるのだと、そう確信したのだ。僕が日向に向ける視線と、全く同じもの。
嬉しかった。だが、このドス黒い感情を、彼に知られるわけにはいかない。そう思った。
ある日、2人で体育館の締め作業をしていた時に、好きだと、そう日向に言われた。
すぐにでも自分も好きだと言いたかったが、思いとどまる。
この感情は、日向と少し違うものかもしれない。
それならばと僕はこう言った。
「ごめん、君の気持ちには応えられない」
と。それを告げると、いつものようにニカッと笑い、チームメイトとしてよろしくな!と思ってもいないであろう言葉を口にした。
うん、とだけ返事をして体育館を出ようとしたとき、
「………うそつき。」
そう投げかけられる言葉が聞こえる。
────そう、僕はうそつきだ。
誰にでも分け隔てなく接する日向。でも僕はそれだけじゃ足りない。
僕だけを見て欲しい。僕しかいらない、そう言ってほしい。
それならば、同じところまで。
「…はやく、堕ちてきて、日向。」