嫌よ嫌よは君のせい それは、一件の通知から始まった。
恋人である北さんから送られてきた写真。そっくりな顔をしたきつねが二匹並んで此方を見ている。
これって俺とツムのグッズやんな。
数か月ほど前にオンエアされたテレビ番組に、片割れがゲストとして出演していたのは知っていた。スポーツ選手の学生時代に迫る、というまあ何処にでもあるような番組。学生時代はそのルックスと確かな技術でファンも多く〜、などと褒めちぎられ、いやぁそんなこと…ありましたねぇ、とヘラヘラしている片割れを見て、キモッ!と鳥肌が立ったのは記憶に新しい。
その番組の中で、なぜか高校時代の宮選手をモチーフにグッズを作ろうという企画があり、これまたなぜか宮侑の学生時代に欠かせない人物として自分が紹介され、不名誉な巻き込まれ方をしたわけだ。
不幸中の幸いといえば、宮選手と共に、その名を全国に轟かせた相棒は今…!?というコーナーまでご丁寧に用意されていたので店にも取材が来たこと。
テレビに出れば当然知名度も上がるので新規の客が見込めると言うわけで。思った通り、テレビで見て気になって来ました、と声を掛けてくれる人が増えたのは、有難い話だった。
とまあ、それはええねん。なんで北さんが持っとんの?
不思議に思ってメッセージを送ると、短い返事がすぐに返ってくる。
『侑からもろた』
侑?……ツムが北さんにプレゼントしたっちゅうんか?なんでアイツが北さんにプレゼントなんか贈っとんねん。
『後で詳しく聞きますね』
慌てて返事をし、すぐに連絡先から元凶である片割れの名前を探し出してタップする。が、中々電話に出ない。何しとんねんアイツ…今日はオフやろが、早よ出ろっちゅうねん。苛立ちが募り足踏みをしていると、ようやくコール音が止まって、あくび混じりの呑気な片割れの声が耳に届いた。
「なんやねん、人が気持ちよぉ寝とったのに」
「なんやちゃうわ! お前、北さんに何か渡したやろ」
「は? なんかてなんや………あぁ、スリッパのこと?」
スリッパぁ? あれぬいぐるみやのうて、スリッパやったん?
あまりにも身近な物の単語に、ついつい間抜けな声が出てしまう。
「なんでそないなもんお前が北さんに渡すねん」
「この前たまたま会うて世間話してたらな、ええスリッパ見つからんて言うててん。前テレビで作ったグッズ余分にもろたから使いますか言うてくれたった」
「そんなん俺聞いてへんぞ!」
「いちいち報告せなあかんことでもないやろ」
ちゃうやん、報告云々の話やないやん。俺以外のやつが北さんに何かをあげるってことが嫌やねん。コイツほんまなんっも分かっとらん。
「ちゅうか俺はお前に巻き込まれたんやぞ! いつまでお前とハッピーセットしてなあかんのや!」
「ええやん、店に来る客やって増えたやろが。繁盛してんねやろ? 感謝せえよ」
「そういう問題ちゃうねん!」
お前北さんのことになるとほんま騒がしいやっちゃなあ、俺もっかい寝るからもう切るで、そう言うと勝手に電話を切られる。
あんのクソツム、まだ話終わってへんぞ!
とはいえ、切られてしまった以上仕方がないので帰路を急ぐ。バタバタと慌ただしく玄関のドアを開けリビングに入ると、床に座り込み何かを撫でている後ろ姿。
後ろ姿も可愛ええなぁ、なんてこっそりその様子を眺めていたら、かつての片割れの髪色によく似た物体がちらりと視界に入ってきた。
「そいつや!!! そいつがあかんねん!!!!!」
背後からの突然の大声にびくりと肩を跳ねさせる北さんと、ちんまり並んだきつねの間に割って入る。そのままそれを北さんから遠ざけるようにして、離れた所に置いた。本当は部屋の隅まで放り投げたいところだけれど、そんなことをしてしまったら物を大切に扱う恋人に何を言われるか分からないので、何とか耐えた。
「ただいまも言わんとなんやねん」
よっぽど驚いたのか、不機嫌そうな顔がじとりと睨め付ける。普段ならすんませんって謝るところだけれど、今日はそれどころじゃない。
「はいただいまぁ、んで、それ何ですか」
「さっき説明したやろ」
「そうやなくて、なんで他のやつからプレゼントなんか貰っとん」
「プレゼントって、大袈裟やな。ええスリッパ見つからへんて言うたらもろた、それだけやん」
あかん、こっちも分かってへん。何ならええとかやないねん。北さんに何かあげるんは俺だけがええって、そういう話やんか。
「俺以外からもろたもん使うん、地雷です」
「地雷てなんや」
「え? うーん…なんやむちゃくちゃ嫌やなぁって意味」
「なんでや、家で履くもんなんやからええやろ」
「嫌や、頭のてっぺんから足の先まで全部俺のやないとダメです」
何か反論しようとしているのが分かったから、その口が開かれる前に抱き締めて、閉じ込める。口では絶対に勝たれへんから、先手必勝ってことで。
そのままくんくんと匂いを嗅ぐと、清潔感のある優しい匂いで満たされた。
「北さんはなんも分かっとらん」
「なにが」
「俺だけにしてくださいよ、俺の渡したもんだけ受け取っといたらええねん」
ぐり、と肩に顔を埋めて甘えるように言葉を紡ぐと、くすくすと小さな笑い声。
「……なに笑てんすか」
「く、ふふ、すまん。嫉妬したんかなぁ思うて」
北さんがあまりにも楽しそうに笑うから、怒る気も失せてしまった。
「俺が嫉妬したらあかんの?」
ほんの少しだけ唇を尖らせ見つめると、穏やかな笑いがまた零れる。
「治が必死なの、おもろいなぁ」
北さんの言葉に思わず固まる。何言うてんの、この人。
高二の秋から好きになって、何遍も告白して振られて。それでも諦めんでアタックし続けて、ようやっと俺のもんになってくれたのに。あんたのことになるとそりゃもう必死やわ、今までの俺どこ行ったん? てくらい、必死。初めて心の底から好きになった人やねんけど。そら必死にもなるやん。
「まぁ、それはええとして。ええもんもろたし、侑には後でお礼せな」
いや待ってや、ええ訳ないやろ。今このタイミングで他の男の名前出す?北さん、もしかしてわざとなん?だとしたら悪いお人やで、さっきまでの会話忘れてしもたんか。
「ちょお、俺と居る時に他の男の名前呼ばんといて。ほんま地雷なんすけど」
「地雷多すぎるやろ、それに礼儀はちゃんとせなあかん」
こん人のこういうところは嫌いじゃない。どんな時でもぶれることなく真っ直ぐな芯が通っていて、好きやけど。
流石にタイミングっちゅうもんがあるやん。
「そらそうやけど北さんはな、おさむ♡ってだけ呼んどったらええねん」
「どんな横暴や、それにそないな声で呼んでへん」
はあ、と中々に大きな溜息が聞こえた直後、ちゅっと軽い音がする。それと同時に唇に伝わったのは、柔らかい感触とあたたかさ。
「…こんなんするんは、治にだけやで」
唇を離し目を細め、悪戯が成功した時の子供のような笑みを浮かべる恋人。その頬を片手で掴んで引き寄せて、深く口付ける。
きっと自分からしたら俺が驚くと思ったんやろ?けどな。
「んな子供がするようなちゅーで、俺が満足すると思います?」
高校の頃よりも随分と焼けた頬を優しく、けれどもどこか欲を纏わせたような手つきで撫でてやれば、見開かれた瞳が揺らぐ。
「うっさいねん、あほ」
りんごみたいに赤く色付いた北さんが愛しくて、もう一度腕の中へと閉じ込めた。
こん人のこないな顔、誰にも見せたないねん。こん人にこないな顔させられるんは俺だけでええねん。プレゼントやってそう。
俺が何かプレゼントすると「有難いけど俺にあんま金使うな」なんて言う。けど俺の見てへんとこで大事そうに眺めとること、ちゃあんと知っとるし。
俺があげた腕時計とか靴とか、いっつも綺麗にしてはるし、デートの時は必ず身に付けて来てくれるやんか。そういうとこがほんまに好き。
「なあ北さん、明日デートしませんか」
細くて指通りの良い髪を撫でながら声を掛けると、先程より赤みの引いた顔が見上げてくる。
「随分急やな。なんか欲しいもんでもあるん?」
「北さんにスリッパ買うたんねん」
「もろたもん使うから要らんで」
「ダメです。俺とお揃いの買うて使うか、裸足で過ごすかどっちかや」
「むちゃくちゃ言いよるな……」
ぎゅむぎゅむと腕で挟んで揺さぶって、嫌や嫌やと駄々を捏ねる。しゃあなしや、明日買い行くで、と根負けした様子の北さんを尻目にわざと大袈裟にはしゃいでみせた。何だかんだで北さんも俺に甘いから、粘ったもん勝ちってことで。
次の日部屋に増えたのは、お揃いのスリッパと茶碗、ルームウェア。生活のどこを切り取っても、北さんの面影があるのは気分が良い。けれどツムから渡された忌々しいスリッパは、二匹とも俺たちの寝室に丁寧に飾られた。
そのことで一悶着あったのは、また別の話。