仙文③ 衝立の向こうでごそごそする物音に仙蔵は目を覚ました。障子越しに差し込む朝の光に、いつも通りの時間のようだと目算をつけながら布団の中で体を伸ばす。体の調子はよさそうだ。
「仙蔵、起きたか」
「ああ、おはよう文次郎」
「おお、おはよう」
仙蔵が目を覚ました気配に気付いたのか、衝立越しに掛けられた声に仙蔵も挨拶を返した。特段声の調子にいつもと変わりはない。
軽く夜着の合わせと髪を整えて布団を出る。桶と手拭いを取り出して顔を洗いに行く準備をすると、文次郎も立ち上がった。
「昨日も遅かったな」
「ああ」
「精が出ることだ」
連れ立って部屋を出て、普段と変わらない益体もない会話を交わしながら長屋前の井戸に向かう。
つるべを落とす文次郎に自分の桶を差し出すと、文次郎が黙って清い水を注いだ。四年の頃位までは自分でやれなんてたまにぶつぶつ文句を言っていた覚えがあるが、いつの間にか何も言わずにやるようになった。文句を言っても無駄だと諦めたのか、ただ当たり前のことと体に染みついてしまっているのかは知らない。
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