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    多分くく鉢。

    ぼくらはみんな浮かれてる① 勘右衛門に恋人ができたらしい。

    「そうそう、俺いい人ができたんだよね」

     勘右衛門はいつもにこやかな笑みを絶やさないし感情が素直に表面に出るが、それでいて素のままに振舞うのをよしとしない、表面に出す感情のボリュームをコントロールしてるところがある。 
     そんな勘右衛門が何気ない調子で兵助に伝えたが、珍しく嬉しさが滲み出た顔をしていた。
     相手は教えてもらえなかったが、とっても嬉しそうだった。
     4年間ずっと共にいた同室の友人に大切な人ができたのは忍者に三禁はあるとはいえ、喜ばしいことだ。ただ、ちょっと寂しい。
     傍から見ていれば勘右衛門とその相手は以前から想い合っているように見えた。
     おめでとう、と言いながらも心の底から喜ぶことができないのが申し訳なかった。



    「ちょっと出てくるな。朝まで帰らないと思う」

     風呂を終え、そろそろ寝ようかという頃だった。

    「鍛錬⋯⋯ああ、ごめん、野暮なことを聞いた」

     手元の本から目を上げ、勘右衛門に目を向けると照れを隠した悪戯っぽい顔と目が合う。
     その表情から不在の理由を察して、兵助は自分の言葉を訂正した。

    「俺の同室は察しがいいな」
    「ふふ、勘右衛門が嬉しそうな顔をしているからね」
    「あんまりからかうなよ」
    「勘右衛門が幸せそうだと嬉しいよ。
     ちょっとさみしいけどね」

     思わずこぼれてしまった本音に内心で苦笑する。それなりに自分の中では折り合いをつけたつもりだったのにまだまだ精進が足りない。
     勘右衛門は兵助の言葉に目を丸くすると、にんまりと笑った。

    「兵助は素直だなぁ。
     俺も兵助にいい人ができたらさみしいから、全力で邪魔したいけどね」
    「ちょっと、邪魔はしないでくれよ」

     兵助に過保護気味なところもある勘右衛門に苦笑する。

    「はは、あながち冗談でってわけでもないけどな。
     本当は癪だし全力で邪魔したいけど、応援するよ」

     じゃあ行ってくるね、と片手をあげて部屋を出ていく勘右衛門を見送った。
     兵助は笑って見送ったものの、腹の中に僅かに溜まる重たさを消化することはできそうになかった。これ以上勉強を続けられそうになく、切り上げることにして本を閉じた。


     布団に入ってしばらくした頃だった。うつらうつらしかけていた兵助は部屋の外の気配に目を開けた。

    「……もう寝てるのか。部屋に来いと言っておいて」

     すっと部屋の戸が開く音とともに聞こえた小さな呟きは誰の声かも判別がつかない。だが呆れたようなその調子は知った男のものだった。

    (……三郎?
     あれ……勘右衛門と会ってるんじゃ……) 

     戸惑いから咄嗟に反応を取ることができず、仕方ないのでそのまま寝た振りをする。
     すっと静かに戸が閉まる音と共に、男が部屋に入ってくる気配がする。先程の言葉から考えるに、三郎はここで寝ているのが兵助と気付いていないようだった。
     おそらくどこかで行き違いがあったのだろう。勘右衛門は三郎の部屋かもしくはまた別の約束した場所に向かい、三郎は勘右衛門の部屋に来たようだった。
     この部屋で寝ているのが兵助だと気付けば部屋を出ていくだろう。起きて三郎に誤りを指摘するのは気まずかった。逢瀬のつもりで来た男に恥をかかせるのはしのびなかったし、なにより──兵助はこの男を好いていた。いくら勘右衛門が相手とはいえ、好いた男が恋人との逢瀬に向かうのを兵助に見送らせないで欲しかった。
     友人たちを心から祝うことができず、心苦しいことが増えていく。早く整理をつけねばと思いつつ、今晩だけは狸寝入りを許して欲しい。そう思いながら平助は静かに呼吸を繰り返し、寝ている振りを続けた。
     三郎はまだ兵助だと気付かないようで、寝た振りを続ける兵助の枕元に座った。
     兵助の布団は部屋の奥側に敷いている。そのため外からの微かな光も入らず、夜目が利かないのだろう。早くここで寝ているのが兵助だと気付いて出て行ってくれ、そんなことを考えていた時だった。

    (…………っ?)

     三郎が兵助の頭にふれた。起こさないようにか、それはやわらかい手つきだった。
     思わず息をのみそうになる。三郎は好いた相手にはこんな手で触れるのかと衝撃だった。
     それと同時にいくら暗いとはいえ、兵助と勘右衛門の髪質は全然違う。それなのに気付かないのかと失望も湧いた。
     三郎はしばらく兵助の髪に触れ、指を絡ませて遊んでいたようだが部屋から出ていった。

    「……おやすみ」

     部屋を出ていくときに三郎が残した言葉はひどく穏やかでやわらかく、そこに潜む感情など容易に想像がついた。
     三郎の様子から自分が勘右衛門ではないことに気付いた様子はなかった。ただ逢瀬を約束していたにも関わらず相手が寝入っていたら起こしもせず、ひそやかに触れるだけで満足して出ていくという行為に、想いの深さが知れるようだった。

     こんなこと知らないままでいたかった。
     二人が付き合うと知った時は、今すぐは無理でもいつか二人の仲を心から祝うことができると思っていたのに。


     翌日の寝起きは散々だった。幸い今日は休み──故に二人は逢引の約束をしたのだろうと思い至ると気はさらに重くなった──のため、授業はない。豆腐を作りたかったが、こんな気分の時に豆腐と向き合うなんて豆腐に対する冒涜だ。そもそも豆腐を作る際は大豆を一晩水につけておかなければならないので、今すぐには作れない。
     顔を洗いに井戸に向かいながら鍛錬がてら裏裏山あたりまで足を延ばすか、なんて考えていた時だった。

    「兵助、おはよう」
    「……早いな、三郎。おはよう」

     振り向けば兵助と同じように洗い桶を抱えた三郎がいた。

    「一人か?」
    「ん、ああ。雷蔵は朝に弱いからなぁ」

     のんびりと兵助に言葉を返しながら、三郎が隣に並んだ。
     勘右衛門は? と聞いたつもりだったが、三郎と同室の雷蔵の名前が出てくる。結局昨日は勘右衛門と会うことができなかったのか、会えたものの交際を隠している二人だ、兵助に知られぬように気を遣ったのかはわからなかった。
     兵助が起きた時、部屋には勘右衛門はいなかった。どういうことなのか考えようとして、兵助はやめた。どちらであろうと今の自分には深く考えるのは少ししんどい。

    「兵助は顔色があまりよくないが、昨日はあまり眠れなかったのか?」
     
     不意に三郎に顔を覗き込まれ、いたたまれなくなり兵助は目を逸らした。

    「あ……あまり昨日はよく眠れなかったんだ」
    「……そうか。
     ずっと一緒だった同室がいないと、独り寝はさみしいだろう」

     一瞬の間の後、どこか落ち着かなげに三郎が言葉を続けた。
     三郎の中に、兵助の同室を奪った心苦しさがのようなものがあるのかもしれない。五年生は全員仲が良いとはいえ、その中でも兵助と勘右衛門の仲は他の三人から見ても格別だろう。三郎と雷蔵がそうであるように。そんなことを気にしなくてもいいのに、と苦笑する。

    「そう、かもね。
     二人のことお祝いしたいんだけど、まだちょっとさみしいなぁって思ってしまうんだ」

     井戸に着き、水を汲み上げる。嘘でもない本音は出せる範囲であたりさわりなく零してしまうのがよい。溜め込んでしまうといつかあふれ出してしまいそうだ。それにこうやって口にすることで、自分でもこの感情をたださみしいだけなのだと思える気がした。

    「三郎、桶出して」
    「ああ、すまない」

     三郎が差し出してくれた桶に水を汲んでやる。
     三郎はいつもマスクがあるから、水を汲むと部屋に戻って一人で身支度をしていた。そのことについては今まで何も思わなかったけれど。もしかしたら勘右衛門の前ではマスクを取って素顔で身支度をするようになるのかもしれない。そんなことを考えてしまうと、胸が痛んだ。

    「兵助」

     自分の桶にも水を汲んでいると三郎の気遣わしげな眼とぶつかった。自分の言葉が嫌味っぽかったり、かえって心配させてしまっただろうかと慌てる。

    「ああ、ごめん。
     ふたりが付き合うことになってよかったとは本当に思ってるんだ。だからあんまり気を遣わないでくれ」
    「兵助。
     その…心に掛かってることがあるんだったら、言ってくれ。できることはないかもしれないが、聞くことはできるから」

     そんなに自分に気を遣ってもらう必要はないし、その気遣いがかえって辛い。

    「これは俺の問題だから。
     それに三郎に言ってもどうにもならないよ」

     思わず突き放すようなことを口にした兵助に、三郎の表情が曇った。

    「……ごめん。まだちょっと整理が必要みたいだ」

     兵助は手早く自分の顔を洗い、桶の水を流した。これ以上ここに居たら言う必要がない言葉を口にしてしまいそうだ。

    「待て待て、兵助、落ち着け」
    「……っ、放してくれ」

     空の桶を抱えて足早に部屋に戻ろうとする兵助の腕を三郎が捕まえた。
     いくらか兵助よりも高い位置にある目が、慌てた様子で兵助を見下ろしていた。三郎としても、恋仲との関係をよく思われていないと知ればよい気持ちはしないのだろう。

    「三郎、俺はお前のこと大切な友達だと思ってるから」

     勘右衛門との仲を反対していないし、今は自分がそう思うのは難しいが三郎のことも大事な友人であることに変わりはない。
     今の自分は二人に対して思うところがあるように見えるかもしれないが、せめても誤解をしてほしくなくてそう伝えた。

    「……そう、」

     すると三郎の腕から力が抜けた。

    「心配してくれてありがとな」

     せめてもとばかりに兵助が笑うと、三郎も硬い顔で笑みを返した。

    「じゃあ俺、戻るから」
    「ああ」
    「三郎も今日はゆっくりしろよ」

     どうにか平常心を保って兵助は足早に部屋に戻った。


     その背を三郎がずっと目で追っていたことに兵助は気付かなかった。
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