触れたいひと「ディミトリ」
先生の声色が少し優しげなものに変わったことを察知して、心臓の鼓動が跳ねた。二度も手を引いてもらったその日から、先生との接触がより近しくなっている。まるで親猫が子猫を毛づくろいするように、俺に触れることが多くなった。
多くなったと言っても、時折戦後処理のための書類やら報告書の類に忙殺されている時、折を見て「少し休め」とでも言っているかのように手を重ねるのだ。
そして先生は、何も言わない。ただ、うっすらと微笑んで、数秒俺の手の甲に手のひらを重ねてじわりと熱を伝えるだけなのだ。なぜこのようなことをする? と聞いたら、やめてしまいそうで尋ねられずにいた。
「少しお茶にしないか。だいぶ根を詰めていただろう」
「いや、どうせ後でやらなければいけないのだ。もう少し」
「今休んで、効率よくやろう」
先生が、ほんの少しだけ指に力を入れる。熱い。熱いのは先生の指ではなく俺の、だが。
「……では頼む」
どんな意味があるのかなど、聞いても先生は「意味などない」などと言いそうだ。もしく、一国の主の前に、先生にとっては雛のように見えるのかもしれない。獣のようだった、あの頃の惨めな姿がまだ焼き付いている可能性だってある。
再び名前を呼ばれたので席を立つと、するりと指の間に熱が差し込まれていた。軽やかな手さばきで、あまりにも自然に指と指を絡められているものだから振り払うことができなかった。
「あの、先生」
「?」
「なぜ指を絡めた……?」
「ああ、すまない。君の好きな茶葉を選びについてきてほしくて」
悪かったな、とパッと手を離す先生は特段悪びれる風もなかった。ここまで戦いを共にしでも尚、距離感が未だ掴みかねるのは俺だけではないはずだ。俺だけではない、ということは。
「先生、他の者にもこうして手を掴むのか?」
「ん? ああ……どうだろう。考えたことはなかったな」
「先生はもはや立場ある者なのだから、軽率にそういうことはしないでくれ」
「わかったよ」
「するのは俺だけに」
「君も立場ある者では?」
俺を導いてくれるのは先生だけだから、良いのだ。そんな子供じみた思考が頭の中を熱くしている。意味があるのか、それとも何も考えていないのかわからない笑みに胸の真ん中がつかえてしまう。
「ふたりのときだけで…………たのむ」
「わかった」
さあ、お茶を選ぼう、と何事もなかったかのように手を引き歩き出す先生の後ろ姿。切なくなるのにいつまでも見ていたいと思う。この感情の呼び名を見つけてはいけないと、誓った。