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    EBIFLY_72

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    EBIFLY_72

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    #刀神
    knifeGod

    初めての先輩 最近天照に入った男は酷く扱いづらい。
     何も珍しくないただの噂話を、酔仙は正直聞き流していた。実際会って話せば取っ掛かりの一つや二つ必ずあるはずでしょ、と思っていたからだ。
     そんな酔仙の甘い考えは、対面して十分で打ち砕かれることとなる。

    「んも〜〜!あの年頃なら奢りの二文字につられてくれてもいいじゃない」

     篠宮蒼葉。イギリス人の祖父を持つクォーターで、金色の髪と翠眼が目を引く新人。事前に得られた情報は役に立ちそうになかったし、実際そうだった。
     報連相がない、自己主張しない、無口で変わらない表情からは感情を察することすら難しい。その上で勝手に前に出るわ返事しないわ傷隠すわと問題児特有の行動の連発。何とか無事に任務を終えて、親睦を深めるために食事に誘ったら「結構です」の一言で切り捨てられ、正直かなり挫けた。

    「でもあるじ。あの子、なんかへんだった」
    「変だった?」
    「なんかね、こう、いっぱいいっぱいなかんじ!」

     小さな手をいっぱいに動かして表現するビーバー姿の相棒の可愛さに一瞬悶えかけ、咳払いをしてすぐに立て直し、記憶を辿る。確かに、ただ人付き合いが極端に苦手なだけでは説明のつかない節々への違和感があった。
     しかしその違和感を考慮しても、あの唐変木とこれから先仲良くできるビジョンが浮かぶことはなく、頭を抱えることに変わりはなかった。


    ◇◆◇◆◇

     それから数日後。天照内で篠宮とすれ違ったが、相変わらず挨拶をしても返事どころか視線すら交わらない。やはりどうしたものか、と思考に意識を集中させる直前。背後でズリ、と何かが引き摺る音がした。振り返って見れば、篠宮が壁際に身を寄せて膝をついていた。
     急いで駆け寄り、支えようと肩に触れた途端、服越しでもわかるほどの熱に目を剥く。医務室に運ぼうとする酔仙の手が振り払われ、熱にぼやける瞳孔が睨んだ。

    「…い、らない…放せ…」
    「ッ人を頼ることを覚えろ、馬鹿」

     思わず素の口調で一喝したが、篠宮は何のことか理解できていない様子だ。まだ一度会っただけの赤の他人に突然こんなことを言われた反応としては妥当だが、どうしても違和感が拭えない。

    「他人に頼らず生きていける人なんていない。教えて篠宮君。君は一体何を抱えているの?」
    「…アンタに、は…関係ない」

     それでも尚押しのけようとするが、腕には少しの力も入っていない。意識も朦朧としているのか焦点も合わず、今にも落ちてしまいそうだ。
     何らかの理由で何でも一人でやろうとする新人は決して少なくない。だが、身近な誰かを喪った訳では無く、傷つけられた訳でも無い筈の篠宮がこうまでする理由がわからなかった。

     ──背負おうとした拍子にバディの妖刀に触れ、海狸が人型で顕現するまでは。

    「は?カイなんで、いやそんなことより…」

     顕現するには遣い手の生気を消耗する必要がある。それも最適なビーバーの姿ではなく次点の人型なら、生気の少ない酔仙は僅かでも疲労を感じるはずだ。だがそれはなかった。
     隣の篠宮に視線をやれば、バツが悪そうに顔ごと視線を逸らしてる。その様子を見た海狸が「やっぱり」と呟き、未だ熱の籠る頬に触れた。
     すぐに振り払おうとするかと思ったが、篠宮はされるがままじっとしていた。数分経って、海狸が手を離してにっこりと笑い「これでマシになった?」と篠宮に問う。

    「…多少」
    「ならよかった。ごめんね、ボクじゃそれが限界だ」
    「どういうこと?カイ」
    「あのねあるじ。蒼葉ね、生気がおおすぎて体壊しちゃうみたい」

     曰く、篠宮は常人の数倍の生気を保有しているが、肉体の限界以上に生気を溜め込む体質でもある。チョコレートを食べ過ぎて鼻血を出してしまうように、生気が多すぎる所為で日常生活では代謝が間に合わず、循環が留まり淀んだ結果、今回のように発熱として体に異常が出た、と言うのが海狸の見立てだ。
     通常、生気が多いことは大きなアドバンテージであり、有利にしかならない筈のステータスだ。悪影響が出るほど多い生気の体質は、恐らく長い歴史を持つ天照の過去を遡っても数例しか見つからないだろう。

     そういえば、と酔仙は記憶を手繰る。新人について流れていたいくつかの噂の中に、一人で豊和の許容限界を超えた、と言うものがあった。
     この二つの噂が同一人物なら納得もいく。生気が多過ぎて体調に影響が出る人物の前例がないからこそ、周囲も違和感を感じこそすれ、それが厄介な体質が原因とまでは気づけなかったのだろう。天照関係者との接触がなければ仕方のない話だ。

    「なんで今まで言わなかったの?」
    「聞かれなかったですし、言う必要も感じなかったので」
    「……だったら今から色々と聞くから、答えてくれる?」

     言いたいことを何度も飲み込みながら詳しく聞けば、出るわ出るわ衝撃の事実たち。

     生気が多すぎるのは恐らく生まれた時から。天照で豊和を握った時に初めて体から余分な熱が無くなる感覚を知り、同時に生気の回復も早いことが発覚した。
     豊和の件の真相は許容オーバーというより、一度に多量の生気を注いだのが真相らしいが、どちらにしろ常軌を逸している。

    「食事を断ったのも生気回復を節制する為?」
    「そうですね。今回は消費より回復の制限を狙って不眠不休と絶食を試しただけです。失敗でしたけど」
    「体が資本の刀遣いが軽率にやっていいことじゃない!」
    「次は栄養剤と仮眠で死なない程度に調整します」
    「未成年が締め切り間近で食べる暇もないプログラマみたいな生活送ろうとしないで!」

     下手をすれば疲労と栄養失調で取り返しのつかないことになっていたかもしれない。それがわかっているのかわかっていないのか、改善案とも言えないことをのたまう篠宮に、取り急ぎ自販機で購入したスポーツ飲料を手渡す。一瞬躊躇いこそしたが、受け取ってすぐにゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干した様子を見るに、数日の絶食は余程堪えたのだろう。これで多少の回復も出来なければ医務室に運ぶし、回復しても食堂で何か口にするまでは見張るつもりだ。

    「それで?原因をわかっていながら、どうして周知させてないの」
    「僻み嫉みにどうこう言うつもりもないですが、進んでその対象になりたいとも思わないので」
    「…言いたいことは伝わったけど、言葉選び考えなさいよ…」

     生気が少ないだけなら憐れまれるだけ。それはきっと屈辱的なことだろう。そんな人物に生気が多過ぎて不調を起こすなんて言った日には、僻みと捉えられてもおかしくはない。
     言わないことは篠宮にとって最大限の自衛だと理解したが、それはそれだと酔仙は言葉を続ける。

    「君が問題を一人で解決できるだけの実力があるならいいわ。でも現に君は今ここで倒れた。自分の体調管理も不十分な人に仕事は任せられないの」
    「わかってます」
    「なら解決方の一つでも思いついているの?」
    「それは…」
    「でしょうね。だから、私が君の面倒を見る」
    「は?」

     文句ありありとした顔が向けられたが、酔仙はそれをにっこりと笑って黙殺する。

    「この数日聞き込んでびっくりしたの。君の対人技能、マイナスに振り切り過ぎて、関わった人の殆どに嫌われてるのね。これじゃあ早死にするわ」
    「…対人技能と生存に関係は、」
    「大有りよ。相性の悪い人と組めば勝てた戦いも勝てなくなる。刀遣い達に指示を出して戦場に送る仕事もあるこちらとしては、可能な限り皆仲良くいて貰った方が都合がいいの」

     天照は組織だ。大きな作戦があれば隊を組んで戦わなければならない。そんな時に個人の仲まで考える余裕が必ずあるとは限らないからこそ、組織は“強く平均的な兵士”をより多く望む。
     単騎で十分な実力があるのならそれで活用法はある。だが少なくとも、今の篠宮がそのレベルだとはお世辞にも言えなかった。

    「知ってる人が死んだら寝覚が悪いの。だからこれは親切じゃなくて私の勝手な押し付け。でも君の対人スキルが私の満足するレベルになるか、私と同じ参段に昇段するまでは逃がさないから、そのつもりでよろしく」
    「何を勝手に…というか俺は、」
    「昇段を面倒くさがるのは結構だけれど、君の体質を考えれば参段にでもなって実力と地位を証明した方が面倒も省けるわよ」

     図星を突かれた篠宮は黙り込む。事実、訓練時代から年齢も実力も問わず面倒事は発生していたし、最近ではフリーの刀神に声をかけられることも増えていた。殆どは篠宮の態度の悪さと、もう一つの要因から勝手に離れていっていたが。
     何より、自分と大した歳の差もないはずの目の前の女性に口先で敵うとは思えなかった。きっと何を言っても言いくるめられると思った篠宮は、渋々ながらも酔仙の提案を呑んだ。

    「じゃあ改めて。私は四月一日酔仙。緋鍔局所属の参段よ。これからよろしくね、篠宮君」
    「篠宮蒼葉。無所属の伍段です、よろしくお願いします」

     相変わらずピクリともしない表情筋だったが、挨拶やお礼、謝罪はする。何より、目を見て話す姿は決して悪印象ではない。
     形だけの敬意を嫌うバディがこの一見不躾な態度に何も言わず、その上彼を気に入ったようだから間違いはないだろう。

    「じゃ、カイと篠宮君は食堂でご飯食べてきて。私やる事できたから、終わったら行くわ」
    「はぁい!ねえ蒼葉、カレーうどん食べよ!」
    「だから勝手に決めるな。食うならざるそば」
    「ざるそばいいね!じゃあボク天せいろ!」

     腕を引っ張り食堂に篠宮を連行していくカイの背中に蕎麦じゃなくてうどんに、せめて十割蕎麦を、と声をかけたが、聞こえているかどうかはわからない。まぁカレーを付けなければ大丈夫だろう、ということにして、スマホを取り出して連絡先を開く。
     無数と言っていいほど連なる候補の中から選んだのは天照の事務職員。目的は、「今天照内で行動してるフリーの刀神達に生気補填の許可」だ。
     数分のやり取りの後、受付に向かって何枚かの書類に記入を済ませ、受け取った許可証を持って食堂に向かう。恐らくこれで暫くは篠宮の生気も落ち着くだろう。

    「あのねあるじ。蒼葉の生気、今すっごくにごってておいしくないの。ボクは浄化できるから大丈夫だったけど、他の刀神には…」
    「例えカラにしても一晩寝ればフルで回復しますよ」

     サクサクと天ぷらをかじる海狸と、ざるそば(過剰回復対策に小盛り)をとっくの前に食べ終えた篠宮が既に試していた結果を聞き、自身の考えは甘かったと落ち込んだのは、その十分後の話である。
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