抱きしめてあげたいとすら思った。【佐久春】佐久間次郎さん、帝国学園サッカー部のFWで、帝国の、参謀。
お兄ちゃんの、右腕。
初めて見た彼…というよりは彼のいる帝国学園に対する印象はあまり良いものではなかったし、むしろ、悪い印象だった。
すっかり変わってしまったお兄ちゃんと一緒で、勝利のためなら平気で人を痛めつけられるような冷酷な人達。
私はあんなに一方的でもはや暴力とも言えるようなプレーを出来るお兄ちゃん達を恐ろしく思ったし、その中でも常にお兄ちゃんの隣にいた佐久間さんの印象は特に私の中でとても強かった。
…お兄ちゃんと和解してからは、お兄ちゃんに抱いていた不信感はもちろんのこと、帝国学園の人達とも接する機会も増えて、彼らに対する印象も嘘みたいに変わった。
皆思ったより親しみやすくて楽しい人達で、1年の成神くんと洞面くん、それと先輩だけど辺見さんは親近感があって、源田さんなんて穏やかで、こう…包容力がすごくて!…つい木野先輩を思い出してしまった。
それと、お兄ちゃんと共に怖いという印象が特に強かった佐久間さんは、お兄ちゃんのことが大好き!っていう共通点からか帝国学園メンバーの中で1番よく話すようになっていた。
…
「佐久間さんって、いい人ですよね」
「…なんだよ、藪から棒に」
両方の部活が休みで音無の両親が仕事でいない今日、私はお兄ちゃんの家でご飯を食べる約束をしていた。
帝国学園は部活がない代わりに授業数がいつもより1つ多いみたいで、当然私の方が学校終わるの早かったので、バスで帝国学園に向かい、丁度終礼が終わって帰宅する生徒達が出始めた校門の前でお兄ちゃんを待っていると佐久間さんが伝言をお兄ちゃんからの伝えに来てくれた。
お兄ちゃんはサッカー部のキャプテンとして先生に呼ばれていたみたいで、少し遅くなるらしいとのことだった。
私はてっきり用件だけ伝えて帰るのかと思ってお礼を軽く述べて見送ろうとしたけど、どうやら佐久間さんは一緒にお兄ちゃんのことを待ってくれるみたいで、いい人だなって思ったら口に出してたのだった。
「なんとなく思ったので!私思ったことが口に出ちゃうんですよ」
「ああ、確かに」
「…そうさらっと肯定されるとなんか、複雑なんですけど」
「素直でいいことだろ」
「本当にそう思ってます?」
「はは、物はいいようだな。」
「も〜…!…私、初めてあなた達を見た時は、こんな風に楽しくお話出来るようになるだなんて思っていませんでしたし、お兄ちゃんなんてもう元に戻ることなんて出来ないって思ってました。」
「…まあ、あんなオレらに良い印象を持てるやつはいないよな。」
「はい」
「早っ…!いや、否定して欲しいわけじゃないけどさ…でも、春奈ちゃんはあんなオレらのことも覚えてるのに、いい人だとか言ってくれるんだな。」
「だってそりゃ、あんなことをしていた事実は変わらないですけど、今は違うじゃないですか。」
「当然だ、オレ達はまた新しく、オレ達のサッカーをやるだけだからな。…だから、必ず決勝で見せてやる。」
「ふふ、こっちだって、それまで進化するのみですから!負けませんよ!」
そうして笑い合っているうちにお兄ちゃんが急いでやってきて、佐久間さんのこともご飯に誘っていたけど「兄妹の時間を大事にして欲しい」なんて断っていたからその場で解散になったことをよく覚えている。
大人びているようでちょぴり意地悪で、笑った顔は無邪気で、色々な表情を見せてくれて、過去を受け入れながらも前をしっかりと向いているような、そんな強い佐久間さんのことを、私は知っているつもりだった。
…
世宇子中に敗れたことを知った時は信じられなかったしお兄ちゃんと一緒に彼らのお見舞いにだって行った。
改めてお兄ちゃんが雷門と頑張ることを報告した時だって彼らがお兄ちゃんにくれた言葉に嘘偽りなんてなかったし、彼ら自身の目の輝きだって消えていなかった。
そう思っていた、だからこそ、信じたくなかった。
彼らが、源田さんと佐久間さんが、最初に見た時よりもずっと冷たい目をしてお兄ちゃん達の前に立ちはだかっている姿が嘘のように見えたのだ。
私は、裏切られたと思った。
今はもう影山のサッカーをやっていたあの頃とは違うだなんて嘘だったんだって、また新しく自分達のサッカーをするところを見せてくれるなんて、嘘だったんだって
私は、自分に失望した。
彼らは新しく道を歩き始めるはずだったのにその矢先にその道を断たれてしまったというのに、また前を向くことがどんなに難しいか少し考えただけでわかるというのに、私は彼らはまだ希望を信じてくれていると疑わなかった。
私は、彼らと前までの自分の姿を重ねてしまった。
佐久間さん達がお兄ちゃんに向けている黒い感情は、かつてお兄ちゃんに「捨てられた」と思ってい拒絶していたかつての自分と似ていると思ったのだ。
そんなぐちゃぐちゃな感情の中、佐久間さん達の悲痛な叫びが苦しくて、大好きだったはずのサッカーに身体を壊されていく佐久間さん達を見たくなんてないのに、目を背けるわけにはいかない気がして、私は濡れる頬をそのままに自分の無力さを突きつけられるしかなかった。
無慈悲に打たれる3度目と力尽きて倒れる佐久間さん、直後のホイッスル。
彼の名前を呼びたいのに自分の声の出し方も、流れ続ける涙の止め方も、私にはわからなかった。
辛うじて意識のあった佐久間さん達に合わせる顔が今の私にはない気がして、弱りきった彼らの姿をもう見たくなんてなくて私は試合の終わった後の救急車に運ばれていく彼らに会いになんて行けなかった。
それなのに私は、また彼らが、佐久間さんが無邪気な顔で私に笑いかけてくれることを願わずにはいられなかったのだ。