休日【佐久春】弱小だった頃が嘘みたいに今ではすっかり学校からはもちろん、町の期待までも背負っている雷門中サッカー部。
そんなサッカー部は毎日がハードスケジュールで、勿論マネージャーだって例外ではない。
けれど、サッカー部にだって休日はある。
その貴重な休日に友達とショッピングモールでお買い物なんてしたりするのが私の至福の時間なのだ。
「わ、これ可愛い〜!」
手に取ったのは水色のペンギンのぬいぐるみ。
丸いフォルムと腕の中に収まるくらいのサイズ感がなんとも可愛らしくて運命を感じてしまった。
最近どうしてか運命的な出会いを感じてしまい衝動買いすることが多くて大事に貯金してきた今までのお年玉がなくなっちゃうんじゃないかと不安になるこの頃だ。
「春奈それ買うの?」
「どうしよっかなぁ…前も衝動買いしちゃったし…」
「春奈がそういうの続いてるの珍しいよね」
「てかさ、春奈最近ペンギン好きすぎじゃない?前も買ってなかったっけ」
「そうなの!なんでかわからないんだけど、最近見ると欲しくなっちゃって!」
友達の言う通り思い返してみれば衝動買いしているのはいつもペンギンのグッズで、最初は学生鞄につけているペンギンのマスコット、それからキーホルダー、この間買ったばかりのポーチはどこにでも持っていくくらいには愛用している。
「春奈さ、もしかして…」
「ん?」
「好きな人の影響受けたとか!?」
「…え!?ちょっと、なんでそうなるの!?」
「ね!そういえば春奈からそういう話全然聞いたことないけど、そうなの?」
「も、もぉ〜!そんなんじゃないってばあ!」
すっかり盛り上がって否定の言葉を聞いてくれそうにない友達の勢いについていけそうにない私は一旦彼女達をそのままにすることにした。
はぁ、とため息を吐いてぬいぐるみをじっと見る。
本当は影響を受けたっていう心当たりはあるし、最初の頃は無意識だったけど最近はその心当たりの原因に薄々気づき始めていた。
可愛いペンギンのグッズを見るたびに脳裏にはいつもあの人が思い浮かぶのだから。
…だからこそ気が引けるというか、このタイミングでこのぬいぐるみをそのままレジに持っていくのが恥ずかしく感じてきたのだ。
残念だけどそろそろ衝動買いも控えなきゃだし…と今回は見送ろうと思う反面、諦めきれなくて元の位置に戻すのを躊躇しちゃう私もいて、結局葛藤した末に元の位置に戻そうとしたら、隣から「なんだ、買わないのか」なんてよく知っている声が聴こえてきて私は「ひゃっ!」とオーバーに肩を跳ねさせた後そのまま声の主の方を振り返った。
なんていうタイミングだろう。
だってその声の主は、紛れもない私の心当たりの原因かもしれない人なのだから。
「佐久間、さん…!?…なんでこんなとこにいるんですか!?」
「用品店に用があったんだよ。ここにある店の品揃えが1番良いしな」
「確かに。…でも、すごい偶然ですね」
なんて会話していると、そっと友達に肩をぽんと叩かれた。
振り返ると友達は心なしか顔をほのかに紅潮させながらニヤニヤした顔で笑っていて、そのまま小声で私に「うちら、ちょっとあっち見てくるね。」って耳打ちをするとこちらを楽しげにチラチラ見ながらそのまま離れたところに行ってしまった。
「悪い、友達と一緒だったんだな。」
「あ、いえ…!佐久間さんは1人ですか?」
「いや、源田もいる。アイツは他に見たいのがあるみたいだから別行動中だけど」
「そうなんですね。源田さんにも挨拶しておきたかったな」
「ああ、伝えておくよ。」
「…」
「…」
「なんで佐久間さんこんなところにいるんですか?」
また最初の疑問が湧き上がる。
別のフロアにある用品店に用事があったのはわかったけど今私たちがいるのは女の子のお客さんがいっぱいいるファンシーショップだ。
男の子がいても珍しくはないけど佐久間さんが、しかも1人でここに来るイメージがあまりない。
ここに来る男の子が買うものといえば単にその子が好きなキャラクターのグッズを買うか、…好きな女の子のプレゼントを買うかとかだ。
…佐久間さんもどっちかなのだろうか?
実際、周りの女の子からの佐久間さんへの視線が気になって仕方ないし、もし後者だったら…好きなアイドルが結婚しちゃったみたいな、そんな感じでショックを受けて中々戻れなくなっちゃうかもしれない。
「それさっきも聞いてなかったっけ」
「そうじゃなくて!このお店にも何か用があったのかなって」
「いや?源田待ってる間暇だから適当にぶらついてたら春奈ちゃんがいたから声を掛けに来ただけだよ。」
「…それだけですか?本当に?」
「それ以外に何が?」
「変なやつ」と言うようにキョトンと首を傾げる佐久間さんの姿に私は安堵してしまい、「良かったぁ」なんて口に出してしまうのだから佐久間さんは怪訝な表情をした。
「良かったって、何が」
「そりゃ、好きな女の子へのプレゼントとかじゃなくて…」
「ほー?それで良かった、ねぇ。ふーん?」
あ、やばい。口が滑ったと気づくにはあまりにも遅すぎたし、笑いを含んだ愉快そうな声に目をやるのが恥ずかしくて、彼の顔を見れない。
「なぁ春奈ちゃん」
「な、なんですか…」
「そろそろオレの質問にも答えて欲しいんだけど」
「…はい」
「そいつ、買わないの?」
そう佐久間さんが指してきたのはさっきまで買おうか買わないか葛藤した末に見送ろうと思っていたぬいぐるみ。
そういえば最初からいらないのかって声かけられていたな。
「はい、そろそろ出費抑えないといけないですし」
それとたった今あなたのことが思い浮ぶから欲しくなったことを強く自覚してしまい買うのが恥ずかしくなってきました。
なんて心の中で付け加えて、買わないことを伝えた。
すると佐久間さんは「ふぅん」と私の返事に納得した様子を見ると「じゃあさ」と続けた。
「そいつ、オレが買って良い?」
「え!?」
「買わないんだろ?」
「そうですけど…」
確かに佐久間さんもペンギン好きだし、このぬいぐるみ可愛いから佐久間さんが欲しくなってもなんらおかしくはない。
残念だけど、買わないって言っちゃったし、佐久間さんならこの子を大事にしてくれるだろうから、私はずっと売り場に戻せず抱えてたぬいぐるみを佐久間さんに渡した。
佐久間さんは「ありがとう」と私に笑いかけるとそのままぬいぐるみを抱えてレジに行った。
幸いレジは空いていたようで佐久間さんのお会計はすぐに済んだ。
佐久間さんは私の元に戻ってくるとなんの躊躇いもなく私にさっきのぬいぐるみが入った買い物袋を手渡してくるのだから私は困惑した。
だって、てっきり佐久間さんが欲しくなって買ったものだと思っていたし、佐久間さんはすぐにやっぱいいや、って物を手放すような人ではないのだから、これは最初から私のためだと気づいて嬉しいやら、申し訳ないやらで受け取るのに躊躇してしまう。
「春奈ちゃん、オレ最初から貰っていいか?とは言ってないぜ」
「でも、佐久間さんが買ったものなのに…!」
「いいから、オレがそうしたかったからしただけだし。」
「ほれ」と再び袋を目の前で揺らされれば、もう受け取る他なくて、私は「…ありがとうございます。」とお礼を言ってぬいぐるみの入った袋を受け取った。
「あの、佐久間さん!何か絶対、お礼はさせてください!」
「別にいいって」
「私が良くないです!何でもしますから!」
「…何でも?本当に?」
「え!?…私にできることだったら!」
「…冗談だよ。」
「あまりそういうこと言うもんじゃねぇぞ。」と呆れた様子の佐久間さんに「こっちは大真面目なのに…」と言い返せずにいると、突然佐久間さんの携帯が鳴った。
佐久間さんはそのまま電話に出ると簡潔な返事だけして切った。
おそらく相手は源田さんだ。
「ごめんな春奈ちゃん、オレそろそろ源田と合流しなきゃ」
「あ、そうですよね…!すみません、ありがとうございました」
「ああ、それと…お礼だけどさ」
「はい!……いらないとかなしですよ?」
「わかってるって、それで、お礼なんだけど」
「…はい」
この様子だと何かあるんだろう。
何を言われるんだろう…とドキドキしながら佐久間さんの次の言葉を待っていると、佐久間さんはふっと目をとびっきり優しく細めて笑うと口を開いた。
「春奈ちゃんの時間、今度はオレにくれないか?」
「…はい?」
「一緒に出掛けてよ。オレと」
「…え、え!?それってつまり…!」
「オレはそうしたいんだけど、春奈ちゃんは嫌?」
「嫌だなんて!…そんなこと、ありません。」
「ん、そっか。」
それじゃ、楽しみにしてる。
そう言って佐久間さんはまた笑って私の頭を軽くぽん…と撫でるとそのまま「またな」ってお店を出て行ってしまった。
1人取り残された私が呆然…としていると、恐らく一部始終を見ていた友達が目を輝かせながら戻ってきて、彼女達の楽しげな声で我に返った私は、そのまま彼女達の肩を掴んで揺さぶりながら興奮のままに「絶対あの人ってモテるよねぇ!?」なんて共感を求めてしまうのであった。
その日の夜、買ってもらったぬいぐるみをベッドに置いて眺めながら今日のことを思い返していると私の携帯から着信音が鳴った。
送り主は佐久間さん。
メールの内容は今度一緒に出掛ける予定の相談で、私の胸は大きく高鳴った。
私はいそいそと返信メッセージを打つと、簡潔におかしいところはないかだけ確認して送信して、もう一度送られてきたメッセージを見返してみる。
私が彼にお礼をするはずのに、こんなに幸せで、楽しみで、…これからに期待してもいいのだろうか?
口元が緩んでいるのが自分でもよくわかる。
今夜はまだこの余韻に浸っていたくて、私は携帯を置くと、ぬいぐるみを少しだけ強く、抱きしめるのだった。