プラサタ(猫)「わ~隊長かわいい~~!」
「お似合いですよ!サタケ二佐!」
空から降ってきた謎の光の直撃を受け、突如猫になってしまったサタケは、混乱のあまり四つ足で立って固まったままでいたのをヒビキに抱え上げられ、あちこちに連れまわされた挙句ミユのもとへ連行され、あれよあれよという間に気づけば手縫いの赤いレザージャケット風の猫服を着せられていた。布が被さる感触が嫌で声を上げて抵抗しようとしたが、目の前の女子二人に「絶対似合いますって!」「ちょっとだけですから!」とお願いされては強く出られなかった。諦めて無抵抗になり、心を明後日の方向に飛ばしていたとき、
「何してるんだ、お前ら…って猫?」
サタケで遊ぶ二人のところへイサミがやってきたのでその肩に飛びついて撫でまわしてくる手から逃れる。
「うわ、重っ!」
猫とは言っても今のサタケは体長五十センチほどある大型の猫だ、それなりに重いのは当然である。驚きはするもののしっかり受け止めたイサミの肩に巻き付いて、ひとまずの平穏を確保した。
「その猫隊長だよ、イサミ。」
「えっ、まじで!?」
――チッ、バレたか…。
内心で舌打ちするサタケを、ヒビキの一言に驚いたイサミが信じられないという目で見てくる。間近で見つめられては落ち着かない。数秒の視線の交錯の後、肩から飛び降りた。
「あっ!」
「ちょ、どこ行くンすか隊長!」
「踏まれないように気を付けてくださいねー!」
――余計なお世話だ、全く。
心配そうな声を上げる部下たちを振り切って、サタケは一人落ち着ける場所を探しに駆け出した。
「休むなひよっこども!!あと三十分追加だ!!」
夕暮れの空の下、空母の甲板に出るとそこには米軍の曹士たち相手に声を張り上げるプラムマン上級曹長がいた。下士官の指導を担う彼は、今日も厳しい面差しで若い兵たちを絞り上げているようだ。
普段ならほほえましく見つめているところだが、猫となった今は常より何倍も敏感な聴覚を持っているためプラムマンの大音声に驚いてつい毛を逆立ててしまう。それでも彼の傍にいるのが一番安心できる気がして、いつもより小さい歩幅で歩み寄った。
――――
甲板で訓練の指導をしていたプラムマンは、にゃあ、という声を聞いて思わず後ろを振り返った。鳶色に赤いレザーをまとった毛玉が小刻みに跳ねるようにしてこちらに近寄ってくる。よく見ると足が四本生えていて、毛足の短い猫である。
――空母の内部に猫?
プラムマンが内心混乱しているうちにも猫は足元にたどり着き、そこに陣取って上機嫌そうにしっぽをゆらゆらと動かしている。体毛の色やトレードマークの赤いレザーとその振る舞いに既視感を覚えて問いかける。
「もしや、サタケ二佐でいらっしゃるか?」
すると猫はひげとしっぽをピンと立ててこちらを見上げ、ひと声嬉しそうに「なーん」と鳴いた。果たしてそれは肯定の鳴き声なのだろうか。
何がどうしてそのような姿になっているのがは知らないが、そのままでは仕事にも差支えがあるに違いない。職務に真面目な彼がこうしてふらついていたからには、今日はもう上がりなのだろう。――事実、サタケが猫になったと報告を受けたキング司令はしばらく目を白黒させたあと、ヒビキに抱えられて不満そうに尾を揺らめかせる彼を見て「働きすぎだろう。今日はもう休みなさい」と命じていた――これが犬ならば新兵どもの訓練に放り込んでいるところだが、気まぐれな猫であれば仕方がない。ひとまず気にしないことにして訓練を続ける。サタケらしき猫は足元で静かにしているようだった。
日が完全に落ちるころ、今日のノルマを終えた兵士たちに解散を申し付け、ふと足元の気配を思い出す。猫は耳がいい。大声を張り上げる自分のそばにいても大丈夫だったのかと案じて下を見ると、サタケは前足の間に顔を挟んで耳を塞ぎ縮こまっていた。そうまでして自分の近くに居たかったのかと考えると何とも可愛げのあるように思えてくる。
「サー、サタケ二佐。もう耳を塞がなくても結構ですぞ」
しゃがみ込んで、折りたたまれた耳に沿って頭を撫でながら声をかける。心地よさそうに目を細めてくるくると鳴いた。もっと撫でてくれと言わんばかりに体をすりつけてくるので丸い背を何回か撫でてやる。
「二佐殿、外は寒いでしょう。中に入られた方がいい」
撫でる手を止め空母の中に促そうとするが、彼は何か言いたげにこちらを見上げるだけでつま先の上から動こうとしない。
「サー、二佐殿。…サタケ二佐」
今度はつんと顔をそむけてしまった。続いて右足ですねにパンチを繰り出してくる。半長靴を履いているので全く痛くはないが。
「……リュージ、撫でるのは中に入ってからだ」
苦い声でたしなめると、猫は今度は素直につま先を踏む足をどかし、空母内部に向かって歩き出した。もしや、呼び方が気に食わなかったのか。スキップでもするかのような軽やかな足取りで歩いていたがすぐにこちらを振り返り、中に入らないのかと視線で問いかけてくる。本当に猫みたいな振る舞いをするものだ。速足で追いつき、後ろから抱き上げて両腕の中に抱え込んだ。