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    xyuuhix

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    xyuuhix

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    銀高

    左の薬指の付け根に巻き付く白銀色。真ん中にちょこんと嵌められたゴマ粒ほどの青い宝石が、なんとも格好付けの気障らしい意匠だな、と妙に苛立たしく感じる。この苛立ちは、一体どこから沸き上がるのやら。
    発端は今朝のこと──ではなく、もう少し遡り、ちょうど一ヶ月前。誕生日にこじつけて飲み屋へと誘ったあの日、それほど流し込んだわけでもない酒の勢いもあって、こんなことを言ってしまった。
    「俺は一生添い遂げたいと思ってンだよ、これでも。柄にも無ェと笑われようが、なんだろうが、確かに手の届く場所にあってほしいと思うわけ」
    本心だった。酒がなくても、ここぞと言うときには多分、きっと、おそらく真顔で言える程には真剣に考えている、自分の想いだ。言われた側である高杉は酔っぱらいの戯れ言と片付けているだろうが、そうかよ、と返事をして以来、この件についての言及は一切無かった。今日、朝の段階まで。
    ちぎれそうな絆も、元が自分達の思う以上に太すぎて皮一枚繋がってしまい、今では解れていた部分が新しい糸で結び直されて、良好な関係を築いている。互いに暮らす環境が違うため、頻繁に逢瀬を重ねるわけではない。だからこそ余計に、一生続く繋がりなんてものが、確約されてほしいと考えてしまった。決して、生き方を縛りたいと思っているわけではない。けれど多分、酒に押されてついてでた言葉は、ずっとここに留まらせたいなんてエゴの方が強かった。だからそれ以来、一ヶ月もの間会えず、連絡も二度繋がっただけというのは、その透けたエゴに対する抵抗なのではないかと思っていた。
    今朝方、なんの前触れもなく訪れた高杉は、玄関を開けて呆けている顔に小さな箱を投げつけた。ただ黙って睨み付けてくる一つ目にため息を溢しつつ、ご丁寧に結ばれたリボンをほどいて、箱を開ける。
    重い。ついて口から飛び出そうになった言葉を飲み込む。箱の硬さから察してはいたが、ふたつ並んだ指輪はとてもじゃないが、軽いとは言えない。
    背中を、じとりと汗が走っていく。どう反応したものかと視線を上げれば、差し出されている左手が見えた。ギャグだろう、これはもう。
    「なあ、お前ムードもへったくれもねーことしてる自覚ある?」
    「テメェがムードなんか気にする口かよ」
    「お前が宇宙一ロマンチストでナルシストだから気にしてやっただけ──ッてぇな!」
    乗るしかない、この大ボケに──!銀時は思いながら指輪を手に取り、掬った左手の薬指に恐る恐る嵌めた。高杉が自分で買ってきたのだろうからピッタリで当たり前だと言うのに、嵌まらなかったらどうしよう、ぶっかぶかだったらどうしよう、などと妙に緊張してしまった。
    そんな緊張から気を紛らせるためについた悪態に脛を蹴られるが、痛みに蹲っていれば今度はこちらの左手を取られ、箱に残されていたもうひとつの指輪が薬指に収まる。ご機嫌な口元に、ドキリとする。
    「……なぁんでそんな満足そうなわけ?」
    「さて、な」
    「これもしかしてあれ?あの日のこと真に受けたってことでいいの?指差して笑うとこか?これ」
    「夜にまた来る」
    「聞けよ」
    身を翻してさっさとどこかへ行ってしまう背中を見つめて、残された朝の静けさを浴びていた。
    それが今朝起きた事であり、一月前に自らで撒いた種が芽吹いた瞬間だった。妙に落ち着かずに半日を過ごし、時計の短針は一山越えてしまっている。午前中に依頼が片付いてしまい、神楽はそのままどこぞへと遊びに出て、新八は道場の用事があると帰り、残された銀時は一人、ふらりと街を往く。
    夜が来るのが少し、ほんの少しばかり憂鬱だ。逃げ出したいわけではない。五グラムに満たない金属が取りついた左手の薬指について、あと数時間で沸き上がる苛立ちを解決しなければならない焦燥感が強く、数週間は猶予があった高杉に対して一日も時間がない自分という現実も焦りや迷いが生じる原因にもなっている。
    なんてザマだ。自分が自分に指差して笑っている。ため息を押し殺すのも何度目か、なんて考えているうちに、ふと、それは視界に現れた。


    ***


    肌に馴染んだ空気、見慣れたネオン。それらがいつもとは違う世界に見えるほど、今夜は晴れ晴れとした気持ちを持っていた。和室の窓際に置かれた机に置いた箱。今朝、銀時の手の中に収まった箱とは対照的に、片手では持て余しそうな大きさの木の箱。
    その目の前に座らされた高杉の視線は数度、銀時と木箱を往復する。だが表情も崩さず黙って見ているだけの姿に埒が明かないと思ったのか、ひとつ小さく息を吐くと、箱の蓋に手を掛けた。
    桐箱というには触り心地も瑣末で、香りも無い。だがそれを模して作られた紙などでは無い、木であることは確かな物だ。すぽ、と間抜けな音で抜けた蓋を避けて中身を視界に入れた高杉は、意外なことに少し目を見開いた。
    徳利が一提と、猪口が二つ。硝子細工のそれらは夜を思わせる藍を纏い、大輪の花火が刻まれている。
    「こいつは意趣返しか?」
    蓋を置き、徳利に刻まれた花火を指でなぞりながら訪ねる。そこには、朝から変わらず、同じ指輪がある。
    「貰えるもんは貰う主義だが、お前とだけはそうなりたかねェ」
    「……これは対価だってか?」
    「違ェよ。ただ、指輪に指輪は返せないだろ」
    朝から銀時が抱えていたものは、なんてことはない、高杉に先を越されたという敗北感だ。相手の誕生日に求婚めいた発言をしておいて、戯れ言として処理されたと思い込んでなにもしていなかったと、むざむざ突きつけられてしまった。悔しい。負けっぱなしではいられない。とはいえ、じゃあこちらも指輪を贈る、なんてことは現実的ではない。時間も有限資金も有限、そしてそれが輝くべき指も一本しかない。
    日中、ふらりと街を歩いているときに視界に入ったのは、まさにこの徳利と猪口だった。日の光を浴びて輝くそれを見て、閃いたのだ。
    「俺はずっとここに居るが、お前はそうじゃねぇ。お前がここを帰ってくる場所だと思ってくれりゃ、これはここにあるべきモンになるだろ」
    この街に、あるいは国に、星にいない高杉にとって、ここが帰るべき場所になったならば。茶碗も箸も無い、ずっと使い古しや来客用の食器を使わせていた高杉のために初めて用意したものだ。あのとき見た輝きが、贈られた指輪を飾る青い宝石によく似たものでなかったら、思いもしなかったかもしれないが。
    「……合格だな」
    「あれ、これ試験だった?」
    「もっと腑抜けたことしやがったら、やったもん取り上げて帰るつもりだった」
    「えっこわ」
    恐妻にでもなる気か?と軽口を叩けば、机に置かれていた木箱の蓋が飛んでくる。もうその才能しかないだろ、と思ったことは喉の奥に飲み込んだ。
    冷蔵庫から出してきた冷酒を徳利に移し、並んで座って酒を酌み交わす。徳利から猪口へ酒を注ぐ音が耳に心地良い。
    朝、指輪を嵌めあった時とは違ったむず痒さがあり、黙っていることも難しく感じた。ここまで恥ずかしいことをするなら、最後までやりきってやるか、と考えた銀時が口を開く。
    「健やかなる時も、病める時も……あとなんだっけ」
    「病める時も健やかなる時もだろ」
    「順番のことじゃねえから。お前も知らねえんだからドヤ顔してんじゃねえよ」
    喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、命有る限り──。
    「って、柄にもねぇことしてんなぁ、俺ら」
    「違ェねぇな」
    銀時。猪口を満たす酒の海が、小さく波打った。
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