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    xyuuhix

    字書き。適当。@xyuuhix

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    xyuuhix

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    ぱったか
    毎週金曜日、玄関に落ちてるタイプの高杉くん。
    銀八は銀時としての記憶があって高杉はよくわかんない。
    なにもかもよくわかんないのに長くなってしまった。ちょっと続く。

    毎週金曜日。午後十時。決まった曜日、決まった時間、決まった場所に、それは落ちている。
    「……またか」
    築四十年近い古びたマンションの一室。今どきの都会でお目にかかることも随分少なくなった、オーソドックスなシリンダー錠一つしかついていない玄関扉。空洞を包み音が良く響く塗装の剥げかけた鉄扉を開き、時間を気にしてそっと閉じようと内側のドアノブに手を掛けた。
    無人で、電気の付いていない1Kの部屋の玄関は薄暗く、共用廊下の直管蛍光灯から放たれるぼんやりとした灯りが僅かに差し込んだと思えば、すぐに暗闇に包まれる。その十秒にも満たない時間の中で、銀八は予め想定していた光景を確認し、ため息とともにぼやきを溢してしまう。もうすっかり慣れてしまったものだと言うのに、今週こそは何もない、ということを願ってしまうのだ。自分でこの状況を招いているにも関わらず。
    一歩。框に沿うように置いたサンダルとスニーカーを踏まないよう、小さく足を踏み出して壁のスイッチパネルに手を伸ばす。パチ、と軽い音と共に照らされた玄関。最近換えたばかりで明るすぎるほどの電球から放たれる、オレンジがかった光に目を慣らすよう、二度のまばたき。視界の下辺にちらつく黒いものから目を背け──ることはせずに、視線を下に落とした。
    人間が転がっている。黒い髪、黒い学ラン。前髪の隙間から覗く、左目を覆う白い眼帯。体格は大人とは言えず、けれど子どもではない。成熟しきる寸前の、甘さと瑞々しさのバランスが取れた果実のような、そんな少年。胎児のような姿勢を取っているために、意識の有無はわからない。体が微かに動いているので、生きてはいるようだ。
    鍵を施錠し、靴を乱雑に脱ぎ捨てた銀八は、そのまま部屋に上がると狭い廊下を占領する少年の傍らにしゃがみこみ、頬を軽く叩いた。
    「高杉」
    返事は無い。頬に触れた手を嫌がるような素振りも見せず、完全に眠ってしまっているようだ。
    「おい、風邪ひくから。とりあえず起きろ」
    言いながら、頬を叩いたり、つついたり。大した力も入れていないが、起きないからといって力を込めることはしない。明らかに眠りが浅いようなイメージのあるこの少年がここまでしても起きないとは、どれほど深く寝入っているというのだろう。
    季節は秋が深まり始めた頃。日中は暖かく、日差しによってはまだまだシャツ一枚になってしまいたいほどには暑いこともあるが、夜は急に冷え込む。カーテンを閉め切っている部屋の、開けていたところで日差しなど差し込むはずもない玄関先は、無防備に寝るような場所では決してない。
    まったく起きる気配のない高杉にため息を吐きながら、立ち上がった銀八はそのまま奥の部屋へと入っていった。電気をつけて、カバンをデスク脇の定位置に置き、ベッドの端に蹴り寄せられていた大きめのタオルケットを手に玄関へと戻る。まだ起きては居ないらしい。その体にタオルケットをかけて、玄関を灯す電気を消し、また部屋へと戻った。

    金曜日の夜十時。高杉は毎週決まってこの時間に銀八の家にやってくる。理由は言われず、尋ねず。最初のきっかけは夜の街をフラついている高杉を見かけ、自宅に帰りたくないのなら補導される前にうちに来い、と連行したのがそうだ。夏の始まりの頃だったろうか。
    教師である銀八が受け持つ学級の生徒だが、出席率は低く、他校の学生と喧嘩を繰り返していると言ったような噂も絶えない、素行の悪い要注意人物、というのが学校側の評価だ。警察のお世話になったことは無いらしいが、それだって捕まったことがない、といった程度だろう。大事になりたくなければ。暗にそう告げている銀八の忠告染みた誘いを、高杉は素直に受け入れた。
    その日は大人しく泊まっていって、翌日には出ていった。週が明けて、何か理由でもあったのかとそれとなく尋ねてみると、「金曜の夜は家に居たくないから」と、意外にも素直に返答してくれた。もちろん、根本的に何が原因なのかは教えてくれないが、そこまでならせめて友達の家に泊めてもらえ、と釘を刺して小言は終わった。
    予想外のことが起きたのは、その週の金曜日の事だった。いつものように残業を終えてスーパーで惣菜と缶ビールを購入、帰宅したのは午後十時を少しすぎた頃。タバコの買い置きがなかったような気がするな、と思いながらも疲労から
    『お前いつから居たの』
    『……十時ぐらい』
    『俺が帰ってこなかったらどうするつもりだったんだよ』
    『朝までここにいようと思って』
    何を言っているんだ。ため息を吐きながら小突いて、警察呼ばれるだろ、と溢す。学生服を身に纏った少年がマンションの一室の前にずっと居座っていれば、閉め出しなどの虐待を疑われて通報されることも考えられる。単身者向けマンションとはいえ、学生服の子どもがそんな風に外で待ちぼうけをしていれば、直接関わらずに通報するのが普通の挙動だろう。
    『……他に行くとこねえの?』
    『金曜日は全員予定があるから』
    『ああ、友達居ないわけじゃねえんだ』
    『喧嘩売ってんのか、テメェ』
    部屋に入れて、風呂に送り出して、自分の寝間着代わりのTシャツとスウェットを着せて。来客用の布団などは無く、高杉をベッドに放り込んで、自分は伸ばした座椅子の上に上半身を預けて眠る。逆だろ、と言われたが、どのみち残った仕事を片付けたりなどでまだ起きて居なければならず、眠っている人間を跨ぐのはいくら小さくても気が引ける、と言えば無言の蹴りが飛んできたものの一応は納得したようで、ベッドを占領して眠っていた。
    翌週は早くに一区切りついて、一人楽しく自宅で晩酌でもするか、と九時頃から酒を片手に有名映画のテレビ放映を垂れ流す。開けた冷酒の一合瓶が空になる頃、部屋のインターホンが鳴った。こんな時間になんだ、と思いつつテレビの横に置いた時計をみれば、短針は十を指している。
    まさか。そう思いながら玄関扉を開ければ、よぉ、と不遜な声が下から上がってきた。高杉だった。
    そう言ったことが何度か続いた頃。そろそろ期末テストの時期だな、とぼんやりと考えながら銀八はある決意をして、契約した時からデスクの引き出しに仕舞いっぱなしだった、契約時の書類一式が入った封筒を漁った。そこから一つ、銀色のものが転がり落ちてくる。
    銀八のキーケースについたものと全く同じ形のそれは、入居する際に渡された二本の鍵の片割れだった。高杉。名前を読んで、ベッドの端に座ってぼんやりと見ていたテレビから視線をこちらに向けさせて、全く使われていない、綺麗な金属のままのそれを投げた。緩やかな山形に軌道を描いたそれは、伸ばした高杉の手のひらに、すとんと乗った。
    『なんだよこれ』
    『鍵。別にいつ来てもいいけど、前みたいに家の前で待ち構えられるのはちょっとな〜と思って。お前が来るんじゃ家でテストの準備も出来ねェしよ』
    『……俺がなんか盗むとか思わねェのかよ』
    『この部屋に金目のもんがねぇことは、お前もよく知ってるだろうが』
    その気があるのならとっくにしているだろう。そう思って笑ってやれば、小さく、ありがと、と返ってくる。礼なんて殊勝なことをする奴なのか、と初めて関心した。
    だが、困ったのはその後だ。事前に言った通りテストの準備を主な内容として残業をし、帰りが遅くなった金曜日。帰りがけに同僚の服部に捕まって安居酒屋で一杯引っ掛け、自宅にたどり着いたのは午後十一時を過ぎた頃。
    どうせ今週も高杉が来ているのだろう、とは思っていたのだが、ふとベランダ側からマンションを見上げれば、自分の部屋が暗いままだった。初めて招き入れてから毎週のように来ていたが、ついに今週はお役御免になったのだろうか。疑問に思いながら自室の玄関扉を開いて、ぎょっとした。
    『ひっ』
    人が倒れていた。しかもよく見知った姿が。

    曰く、無人の家に上がるのが苦手、らしい。だからといって玄関先で落とし物よろしく転がっているのはどうなのかとも思うが、それだって銀八が部屋の前で待つのはやめろ、と言ってくるから仕方なく中に入っているだけの事だ、と。
    最初は靴も脱がずに倒れていた。しばらくすると、靴は脱いで履き古したサンダルの横に並べ、框を跨いだすぐのところに体育座りで蹲るようになり、現在は三段回目の靴を脱いで並べて廊下に倒れる、といった形式になったようだ。銀八が十時に帰ってこず十分ほど経過した頃には、この体勢をとるのだという。今日のようにそのまま眠ってしまっていることもあるし、つけられた電気に反応するように起き上がってくる事もある。眠っている時は起こすこともあるが、諦めてそのまま眠らせている事もある。なんだか変な関係になってしまったな、と思いながらも、まるで懐いた野良猫を軒先で可愛がっているような気持ちになっている。
    買ってきた惣菜と缶ビールをローテーブルに広げて、テレビをつける気にもなれず、ぼうっと天井を見上げた。高杉のことを考えない日は無い。そしてそれは、こんな風に避難所として懐かれているから、が理由では無かった。
    『ぎんとき、』
    深夜。さて寝ようと思ってタオルケットを広げていると、そんな言葉が聞こえた。どきりとしたのは、自分の名前が呼ばれると思ったとか、夢に見るほどの男でもいるのかとか、そんなことを思ったからではない。
    銀八には、前世と呼ぶのかは定かでないが、それに類する記憶を有していた。ある時ふと思い出した、前の人生はそうだったんだよな、と自分が自分に向けて世間話をしてきたようなほどに自然と浮かび上がった記憶の中で、銀八ーーもとい坂田銀時は、ある時代に生きた侍だった。
    現在の同僚にも、生徒にも前世に関わった者の生まれ変わりと思える存在が多く、こんなご都合主義のような展開があるんだな、と思ったのもたった数年前のことだ。その中でも高杉晋助が生徒として入学してきたのを見た日には、相手も記憶があれば指をさして笑ってやるのに、と考えるほどにおかしくてしかたがなかった。
    ただ、前世の高杉に関しては、記憶が途切れている。ある時からぷつりと出てこなくなったのだが、生死は定かではない。何処かで野垂れ死んだのかもしれないが、それにしたって誰も彼も、そんな話を口にしなかった。師を救うために江戸へと向かった。そこまでは、わかるのに。
    今、玄関先で落ちている高杉晋助に、銀八のような記憶があるのかは定かではない。尋ねたことは無いし、逆もない。彼に抱いている庇護欲のようなものが、教師に、大人に懐く難しいお年頃の子どもに対して抱く健全な物なのか、前世の坂田銀時に引きずられた、醜い欲望から来るものなのか。考えても答えはわからない。
    「ぎんぱち、」
    小さく呼ぶ声に、思考に飛ばしていた意識が引き戻される。声のしたほうを向けば、かけられていたタオルケットを手に部屋へと入ってきた高杉がそこにいた。
    「おう、おはよ」
    「……風呂」
    「沸かした。玄関冷えるんだから気をつけろよな。ちゃんと温まって来なさい」
    「ん……」
    差し出されたタオルケットを受け取りながら、寝起きのぼんやりとした様子の高杉を見送り、そういえば着替えを出していなかった、と立ち上がる。タオルケットはベッドの上に放り、クローゼット中からTシャツとスウェットを引っ張り出して、洗面所へと向かった。まだシャワーの音が聞こえている。風呂で寝るなよ、と一言だけ伝えて部屋に戻って、中途半端だった夕食を済ませて片付けた。
    その頃にはシャワーの音も止み、さらにしばらくすると浴室のドアが開かれる音が聞こえた。
    「お前さあ、いい加減髪乾かしてから戻ってこいって」
    「めんどくさい」
    「ここ俺んちだからね。いくら髪短くても濡れたままうろちょろしたらそこかしこ濡れるでしょうが」
    「チッ」
    「ああ、もう、せめてタオルちゃんとかけとけ」
    洗面所からフェイスタオルを一枚持ってきて、高杉の頭にかけながら軽く水分を取るように押さえる。頭を触られるのが嫌なのか、やめろ、と手を叩かれてしまった。じゃあ俺も、と入れ替わるように浴室へ向かうが、酒を入れてしまったのでシャワーだけで済ませることにした。
    午後十一時。銀八がシャワーを浴びている間につけられたテレビで深夜のニュースを流しながら、高杉は何故かチョコアイスを食べていた。
    「何、買ってきたの?」
    「買ってきた」
    「風呂入ったのに出かけんの……」
    「ここに来る前だ。勝手に冷凍庫使って悪かったな、お前のもある」
    「まじ?」
    言われて冷凍庫を開けてみれば、確かに買った覚えのないイチゴアイスが入っていた。コンビニで百二十円で買えるものだが、高校生に買わせたという事実だけでなんとなく胃が重くなる。そんな銀八の苦悩を知ってかしらずか、棒の先っぽだけを咥えている高杉の姿が何かに重なって顔を顰めた事も、きっと知らずに居るのだろう。
    「……ありがとな」
    「宿代にもなんねえだろ」
    「子どもはそんなこと気にしなくていいんだよ」
    高杉との会話は、最初からほとんど変わらない。一週間の事をなんとなく話す時もあれば、テレビを見ながら他愛のない感想を言い合ったりする。互いに家庭のことは口にしないのが暗黙の了解で、時折は高杉の成績について話をして、補習みたいな事をしたりもした。
    毎週金曜日に来ることは変わらないが、土曜日の日中に帰ったり、そのまま泊まって行ったりは本人の予定や気分によって変わるらしい。銀八の部屋には高杉用の下着が二着とスウェットが一着。Tシャツは銀八がほとんど着ていないものを着せて、ぶかぶかだな、と笑って蹴られた。教師と生徒と言うよりも、少し歳の離れた従兄弟同士のような、友人のような、けれど確実に赤の他人だと思っている、微妙な関係が続いていた。
    ベッドに横になった高杉と話をしていれば、いつの間にか返事がふわふわ浮いているような相槌から、寝息に変わっていた。日付を少し超えて、アルコールによる眠気がいい感じになったところで、銀八もいつものように座椅子を倒してテレビを消し、部屋の電気を保安灯に変えた。
    薄暗い部屋の中で、そろそろ毛布を使って寝ないと風邪を引くな、とか、いっそ諦めて来客用の布団を一式揃えるべきか、と考える。横になっただけだった高杉に布団をかけて、眼帯のない顔をじっと見る。
    その左目には、うっすらと傷痕がある。失明をするほどの怪我をした少年の左目は、怪我の痕が痛々しい、というほどでもないのだが、見えていないことをわかりやすくするために眼帯をつけ続けているという。閉ざされた瞼の向こうは、眼帯があってもなくても見せてもらえない。前世でも左目を失っていると言うのに、なんという運命の連鎖だろうか。
    あどけない寝顔がどうにも愛おしくて、その頬に、瞼に、額に触れて、かかった前髪をそっと指でよけて、顔を近づける。見れば見るほど、抱いた感情がなんなのかわからなくなる。
    一線を越えてはならない。ここにいるのは、教師と生徒。大人と子ども。成人男性と未成年。越えた先は銀八を社会的に殺し、高杉を好機の目に晒す世界。けれど同時に、こうして毎週のように彼の親に了承を得ることなくここに泊めているというのは、既に一線を越えているのではないか、とも思う。単身者向けのマンションに出入りする、学生服を着た少年。幸い、一緒にいるところを誰かに見られたことは無いのだが、これからもそうだとは限らない。
    この関係を続けたい。けれど、この「何でもない関係」は歯痒く、焦燥に駆られてしまう。
    額にキスを落とすのは、親愛だろうか。逡巡しながらも、気の迷いだ、と体を離そうとする。が、その下を覗き込んでそれと目が合い、動きを止めた。
    紅い瞳。銀八が持つそれよりも深く、血を彷彿とされるその色は、普段は瞼と眼帯によって秘されている左目に、現れていた。右側の翡翠の色は薄闇でほとんどわからないというのに、それはまるで紅を主張するように光って、真っ直ぐに銀八を見ていた。
    逃げられない。そんな考えがよぎった時には、もう遅かった。
    「銀八」
    蠱惑的な笑みと共に、両腕が首に回される。そのまま引き寄せる力に逆らわずにいれば、綺麗な三日月の唇が開いて、銀八の唇をやわらかい部分でカプりと喰んだ。
    悪魔との契約とはこんなものなのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら、銀八もまた、左手を少年の首筋に這わせた。
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