アッシュとハンナ ある日の昼下がり、談話室のソファで、ハンナはとある報告書とにらめっこをしていた。どうやらメルエアが書いたものらしい。常人には理解し難いそれを、ハンナは懸命に解読していた。
「太陽生産局………りんご……UFOキャッチャー……?」
報告書を顔にくっつけるくらいに寄せ、ぶつぶつと呟きながら暗号の意味を考える。考えれば考えるほど頭がショートしそうだった。
「隣、いいかい」
疲れた声が聞こえた。ハンナは報告書から目を離さずに、機械的に「どうぞ」と答えた。彼女の意識はまだ暗号解読に集中している。数日研究室に缶詰めだったアシュタロトが、小さいうめき声とともに深々とソファに身を沈めた。疲弊した様子で顔に手をあて、空を仰いでいる。はぁ、と息を吐くと、そのまま体を横に倒した。
「ううん……これは本人に聞くとして、こっちはたぶん任務の内容……か?」
ハンナは、片手にメルエアの報告書、もう片手にレインの報告書を持ち、二つの報告書を合わせながら読み解く試みを始めている。横になったアシュタロトの頭が、自身の膝の上にのっているのも気づいていない。
「……司令官が疲れてるのに、労ってはくれないのか?」
報告書の下から聞き慣れた声が聞こえた。ハンナはメルエアとレインの報告書を重ね、空いた片手でその頭をぽんぽんと叩いた。
「はいはいお疲れ様」
しかめっ面を崩さないまま、無意識に適当な言葉をかける。彼女の頭は意味のわからない文字列で埋め尽くされていた。アシュタロトはしばらく目を閉じていたかと思うと、そのまま寝息を立て始めた。
─────────しばらくして。
「そういうことか…!なんとなく理解できたかも…!」
解読の道筋が見えてきて、ふっとハンナの集中力が途切れた。報告書を持つ手を下ろそうとして、ようやくアシュタロトの存在に気づいた。
「…………っ」
ハンナは声にならない声をあげた。一体何がどうなって今の状態になったのかわからなかったが、時間が経つにつれ、自分の行動を思い出した。羞恥と焦りと困惑が一気に押し寄せ、ハンナは自分の顔を両手で覆った。
「…………ん、ふあぁ」
ちょうどそこでアシュタロトが目を覚ました。
「あ、あ、アッシュ!おはよう!」
平静を装ってハンナは声をかけたが、名前を呼んだ声は裏返っていたし、真下にいる人に話しかけたにしては声量が大きめだった。
「ん…あぁ、ハンナ、仕事の邪魔してごめんね」
立ち上がって伸びをして、アシュタロトは部屋を出ていった。
(…………仕事は部屋でやろう)
ハンナはそう心に決めた。