「れい、あの、起きてください」
小さく、優しい声が聞こえる。あぁそうだ、今日は久しぶりに休みが被ったから、どこかに出かけようかと話していたんだった。そこまでなんとか考えて違和感に気づいた。
声が小さい?あの渉が?
何かあったのかとガバッと起き上がって渉の方を見た。少し、顔が赤い気がする。熱を測るために渉の額に自分の額を近づけたところで、渉の手によって遮られた。
「もう熱測りましたから…!」
「そうかえ?それで、何度なんじゃ?」
「えっと、……さんじゅうななどごぶ、です」
「ふむ、疲れが出たのかのう」
37.5度。躊躇いつつも口に出されたその体温は、微熱と呼べるほどの温度であった。
ひとまず渉の頭を撫でて横になるように促す。食欲はあるだろうか。もしかしたらまだ熱が上がる可能性もある。薬とゼリーなど食べやすいものでも買ってくるか、と考えていると申し訳なさそうな声が聞こえた。
「すみません、今日はデートの約束をしていたのに…」
「外はまた行けばいいんじゃよ。今日はお家デートに変更しようと思うんじゃが、どうかの?」
「…!はい!」
沈んでいた表情が一気にキラキラと輝いて、嬉しいと全部で伝えてくる渉に思わず笑みがこぼれた。とりあえず、何か買いに行こうかと思いベッドから出る。もし熱が上がったりしたら心配だから、薬だけでも買いに行かねばならない。
「我輩、薬買いに行ってくるから大人しくしておるんじゃぞ。ゼリーとか食べれそうなら買ってくるが、食べるかや?」
「んん、……零の作ったものが食べたいです」
「我輩の?……雑炊とかでいいかや?」
「ふふ、はい。嬉しいです。行ってらっしゃい」
うむ、行ってくるぞい、と声をかけて部屋を出る。冷蔵庫の中を見て、必要なものが揃っていることを確認してドラッグストアに向かった。熱が出ている渉が心配で、思わず足早になってしまう。
それにしても、渉が自分から体調不良を伝えてくるようになるとは昔では考えられなかった。滅多に体調など崩さないから、ここに来るまでに数年を要した。渉が体調を崩したときには演技をする渉を見抜き、隠れている渉を見つけ出し、看病をしてはこんこんと説教をしてきたのだ。体調を崩したときには自分に言え、と。
数年言い聞かせたおかげで、今回のように微熱であっても言うようになったのだ。
自分の言い聞かせの賜物だな、と思いながら薬を買い、ドラッグストアを出た。
家に帰ると、渉はぐっすりと眠っていた。額に手を当て、それほど熱くないことを確認してキッチンに向かう。
渉のために雑炊を作るのだ。
鍋に卵とご飯を入れて火にかける。温まるまでの間に、ボウルに卵を割ってだしを入れて混ぜておいた。ご飯が汁を吸ってきたら、混ぜた卵を入れてしょうゆで味を整える。
そこまで時間のかかるものでもないため、すぐに完成した。出来上がった雑炊をお椀によそって、スプーンと水、薬をお盆に乗せて寝室へ向かう。
扉を開けて中に入るとまだ渉は眠っていて、零はお盆をヘッドボードに置き、渉に声をかけた。
「渉くん、起きておくれ。ご飯じゃよ」
「……ん、れい?……おかえりなさい」
ふにゃりとした笑顔で迎えの言葉を言われて、ついこちらの頬も緩んでしまう。
「ただいま。ご飯、食べれそうかや?」
「!はい、いただきます!」
「それじゃあ、ベッドの上でいいから座ってておくれ。我輩は適当に椅子を持ってくるから」
ゴソゴソと動いたのを見て、椅子を探しに一旦寝室を出た。すぐに折りたたみの椅子を持って寝室に戻ると、渉はヘッドボードに置いていたお盆を膝の上に持ってきていた。
「零はもうご飯食べましたか?」
「まだじゃよ。あぁ、一緒に食べようかのう」
そう言うと、渉の顔がぱぁっと明るくなった。
自分の分の雑炊をお椀によそい、スプーンを持って寝室に戻る。先程持ってきた椅子をベッドの横に置いて、渉の方を向いて座った。
「さて、食べるとしようかのう」
「はい!では、いただきます」
「いただきます」
出来たての熱い雑炊をふーふーと冷ましながら食べる渉が可愛くて、少々可愛がりたい気持ちが湧いてくる。自分のスプーンに雑炊を乗せて、ふーふーと冷ましてから渉の口元に持っていく。いわゆる、あ〜ん、というやつである。
「ほれ、口を開けておくれ」
「ほぁ!?え、ぁ、あ〜んむ、」
戸惑いつつもおいひいです、とはふはふ食べながら言う渉に嬉しくなって、1口、また1口とどんどん食べさせていく。
「あ、あの!もうお腹いっぱいです。その、私の分が残っているのですが…」
零の分を渉に食べさせていたのだから、当然渉の分は残っている。渉が持っているお椀と、顔色の悪くない渉を見て、零はあ〜、と口を開けた。渉に食べさせてもらおうという魂胆である。
「えっ!?えっと、あ〜ん?」
パクリ、と渉の差し出すスプーンに乗っている雑炊を食べた。食べている間、もう1回という思いを込めて渉を見つめていると、渉はふふ、と笑みをこぼした。
「零、あ〜ん」
「あ〜、ん、うん、我ながら美味しいのう」