『小麦に甘さと酸味とたっぷりのクリームと深煎りを添えて』「あ、来た来た。遅かったねぇスミス」
今回のブレイブナイツの集会場所は、東向きに設けられたオープンテラスのあるレストランで、建物でハワイの眩しい日差しを遮り、涼むことができる絶好のスポットだ。
店内に入ると、中からヒビキが呼んでくれた。
「おせーぞ、のろまスミス」
「私たちもさっき集まったばかりよ」
ヒビキに次いで、アキラとシェリーが声をかけてきた。
スミスはテーブルに向かいながら、ウェイターにドリンクを注文した。
「すまない。朝になってからルルが今日は行かないって言い出して」
席に着き、スミスは朝起きた一連のごたごたを遅れた言い訳に話をし始めた。
3人分の軽めの朝食を用意しながら突然言われた同行キャンセル。曰く、ルル今日やることあるとのことだったが、スミスが部屋を出るときになっても特に何かをしてる様子はなく、ただごろっとソファでぐだついていた。冷蔵庫や食糧庫には特に食べられるものは用意してないぞっと伝えても、やる気のない返事と手だけ振っていってらっしゃいを言うばかりだった。
「…ってその話のどこに遅れる要素があったんだよ?」
ヒビキとシェリーは話を聞いておらず、先にブランチメニュー選びを楽しんでいる。唯一、一応真面目に聞いていたアキラだけが呆れて突っ込んだ。
「いや…精神は未来から来てるとはいえ、まだティーンなわけで、色々気を付けることが多いし…」
「つまり、お前が世話焼いて遅れただけじゃねーか」
真面目に聞いて損したぜとスミスは小突かれた。
「あ、終わった?じゃあさ、何頼むかなんだけど…」
一区切り付いたところで注文を頼み、ほどなくしてサラダ、サイドメニュー、パンケーキなどが並び始めた。
「まぁまぁ積もる話は食べながらにしましょ。私お腹すいちゃった」
年長組のシェリーからのかわいいおねだりに遭い、一同はグラスを取り乾杯した。
「そういえばヒロや他のメンバーはどうしたんだ?」
最初の注文をほぼ平らげられ、追加注文した料理が並ぶタイミングでスミスは気になってたことを口にした。脇でアキラが今更かまぬけーと言ってきたのを軽く流す。
「アウリィ中尉は体絞りたいってことで今回はパス。他はそもそも予定が合わないって連絡来てない?」
ヒビキが店おすすめの分厚いバーガーを頬張りながら教えてくれた。
「…聞いてないな。え、みんなは知ってたのか?」
スミスの問いに全員が頷き、メンバーの返しにスミスは一人しょぼんとする。
「そんな落ち込まなくてもいいじゃん」
「え、だって、俺隊長だったのに…」
落ち込むスミスにフライドポテトを食わせながらヒビキが励ます。
「というか、むしろみんなスミス中尉を気遣っての行動だと思うの」
すでに炭酸が抜け氷の解けた鮮やかなブルーのドリンクをスミスに与えながらシェリーが答える。
「今日、ルルの奴がスミスに付いてこなかったのもそういうことだぜ」
3段重ねパンケーキを大きくまとめて切り、その塊をスミスにねじ込みながらアキラが教えてくれる。
「みんなスミスにゆっくりしてほしいんだよ。最近、検査に聴取に検査に聴取。今後の復興に向けてとかあるし、ルルやイサミのこともまとめて揃えて、何かと大変じゃん」
「それにたまの休みにもこうやって私たちに気を回しちゃうし」
「肩肘張らずに、お前はもっと休めっての」
3人の思ってる心配に詰め寄られて、スミスはそのしっかりした体躯をかわいく縮みこませた。
そこからは仕事の話を抜きにして話すことになったが、話題は主にブレイバーンだったことへの質問が多かった。
それはそうだ。人が機械に、ロボになるなんて普通じゃあり得ない。人の時と、ロボの時で何が違ったか。デスドライブズと真正面から戦うことは怖くなかったのか。それから…イサミをパイロットに選んだ理由はなんだったのか。そんなことを突っ込んで聞かれた。
俺にも言えること、言いたくないことがあるが、おしゃべり上手な女性陣相手に思わず本音が口に出ることもあった。3人はそれを軽くからかい、優しく受け止めてくれた。
「いやぁ、思ったより話し込んじゃったねぇ」
日はまだ高いが、店の客も落ち着いた時間だ。4人は支払いを済ませ、外に出る。
「私らはこの後買い物に出るけど、スミスはどうする?」
ヒビキが誘いの言葉をくれたが、返す言葉は決まっていた。
「みんなに言いたいことも聞いてもらったし、今日はもう帰ってゆっくりするよ」
思いがけない息抜きをもらって、気持ちはさっぱりしていた。
「今日のお礼に、次はみんなの買い物に付き合わせてくれ」
俺の言葉に3人はニヤっと笑った。
「んーじゃあ、次はミユも誘おうかなぁ」
「カレンとホノカも誘おーぜ」
「ホノカがスミスの話を聞いて拳を握り締めなきゃいいけど」
「そこが面白いんじゃない。そうでしょスミス中尉?」
「え?」
3人のじゃれ合いに突然放り込まれて戸惑う。
返答を言いあぐねていると後ろから声がかかった。
「スミス」
驚いて振り向くと、そこにはイサミがいた。
「ヒビキからそろそろお開きにするって連絡があったから」
その先の言葉は続かなかったが、イサミの言いたいことは分かった。
「それじゃ、後はよろしく」
「寄り道とかするなよ」
「気をつけて帰ってね」
こうなることが分かっていたのか、まるで手のかかる子供を保護者に預けたように…いや、相方に預けて、3人は楽しそうにモールに向かっていった。
「迎えに来てくれて、Thank you. イサミ」
自衛隊の移動車で来てるらしく、駐車場に向かいながらイサミに礼を言う。
「まぁ近くを通ったから…」
なんて返されたが、それはどんな通り方だろう。
このレストランは駐屯地から距離があり、いつ終わるか決めていないおしゃべり会にどうやってタイミングを合わせて迎えに来れたのだろうか。
そもそもヒビキとイサミの会話から2人はグルだ。いやアキラもシェリーも、きっとルルもヒロもだ。もしかしたらATF内でもかなり気遣われてるのかもしれない。
そう気づいてしまって、やたらくすぐったい。顔に熱が集まるのを自覚し、見られないように、イサミとは反対方向に視線をそらした。
「楽しかったか?」
移動車に乗り、シートベルトを止めながら、眉を少し下げたイサミが聞いてきた。
「仕事じゃしない話ができて、楽しかったよ」
「…そうか」
俺の答えに、イサミは歯を見せて柔らかく笑った。
その時ふと、俺はこいつと一緒に、世界を救えて良かったって思った。
「ルルも、お前を待ってるぞ」
ルルも、スペルビアも、ATFのみんなも、勇気を与えてくれたブレイバーンという機体も、みんなで世界を救えて、また笑うことができて、本当に良かった。
帰って来れて、良かった。
そんなことを考えてる内に、食欲が満たされたのか、気持ちが満たされたのか。俺は助手席のシートに沈みながら静かにやってきた心地のいい眠気に逆らえなかった。
「…ごめん、イサミ。なんかたくさん食べて、たくさん喋ったからかな…今すごく眠い」
「運転は俺だからな。寝てていいぞ」
「着いたら、起こして…くれ」
俺はイサミの優しい配慮に甘えて、そのままゆっくり瞼を閉じた。
だからこの後、イサミが一度シートベルトを外してそばに寄ったことも、すごく丁寧で静かな安全運転したことも、俺は知らなかった。