悪いお誘い「オレ様とチビが朝メシ作ってやったぜ! 今すぐ起きて感謝にむせび泣きながらメシを食うか地獄に落ちるかどっちか選びやがれ!」
アイツ、なに言ってるんだ。照れ隠しにしても意味不明だ。
その頭の悪い叫び声が聞こえてから数分、アイツがまだ戻ってこない。それは想定内だが、円城寺さんも起きてこないのは意外だ。
しかもその間、断続的にアイツの悲鳴が聞こえてる。
「ア!? 〜〜〜ッ、離しっやがれッ、ああぁ〜…んっ……」
腹が立ってきた。こっちは手が離せねぇっつーのに楽しそうに……。でもこれ以上アイツに任せられる料理なんかねぇし、とにかくこれに火が通るまで……。
いや、やっぱムカつく。円城寺さん起こしてからこれは仕上げればいいか。あとは火さえ通ってれば、円城寺さんのレシピ通りじゃなくても味変わんねえだろう。多分。
「おいオマエ。……円城寺さん、何、やって……」
台所から布団の敷いてある居間につながる引き戸を開いて、部屋の様子を覗き込んだ。
そんで、案の定。
いや、案の定なのはアイツのことで、円城寺さんに対しては別にそういうわけじゃない。とにかくアイツは案の定布団の上を這いつくばって、毛布に潜り込んでケツまで隠れようとしているところだった。
ふて寝ってヤツ、だろう。
「円城寺さん……」
でその横で円城寺さんは腹抱えて笑ってる。一応、声を押し殺そうと努力はしているらしい。もう起きてるのは明らかだ。毛布はアイツに奪われて、円城寺さんの方は隠れようもないし。
「朝メシ、作ったんだが」
「うん。はは、いい匂いがすると思っていたんだ。それに漣も教えてくれた」
「デカい態度で主張してたからな」
「ああ」
ようやく落ち着いたらしい円城寺さんが横たわったまま俺を見上げる。俺は枕元に突っ立ったまま円城寺さんを見下ろして、……ちょっとだけ、……いいや、ここで不貞腐れてるんじゃアイツのこと笑えねぇ。
「タケル、おいで」
「ん……」
でも、円城寺さんはお見通しだったのかもしれない。腕広げて誘われたら逆らえねえ。
アイツもこんな風に誘い込まれたのか? いや……アイツのことだから力付くで押し倒されたのかも。でもアイツ変に素直だから円城寺さんになんか言われて、騙されて布団に入った可能性もある。どっちにしろ今のアイツは頭まで布団かぶってカタツムリみてーに丸くなってるから、円城寺さんから何をされたのかわかんねえ。
「タケル、漣のことばっかり見てるな」
「え。そんなわけ……」
「妬けるなぁ」
言葉とは裏腹に、円城寺さんは上機嫌だ。誘われるままに膝ついて布団に入り込んだ俺をその両腕で捕まえた。
「円城寺さん、アイツに何やったんだ」
「んん?」
含み笑いのような返事にならない返事をして、円城寺さんは俺の顔を掴む。これ、ヤバいな。既に円城寺さんに捕まってそのデカい身体の上にうつ伏せに寝かせられて、顔は至近距離で……だから、アイツもこういうことされて、アレか。
「一緒に二度寝しないかって誘っただけだ。こうやって」
寝起きの円城寺さんの身体が熱い。こうしてると心臓の音と呼吸の振動が全身に伝わってくる。で……眠くなる。……普段は円城寺さんが俺たちを起こしてくれる方だから、こういうのレアだ。いつも、円城寺さんはちゃんと早起きしてて朝飯作って、なのに今日はその逆で、っつーのが意外で、ヤバい。この誘惑に負けそうだ。
でもアイツがあんな大騒ぎするほどじゃなくねーか? 円城寺さんの横の毛布の膨らみ、完全に丸くなってピクリとも動かない。そのうちこっそり毛布と布団の隙間からこっちの様子伺ったりしてそうな気がするが。
「やっぱり漣ばっかり見てる」
「んなことねえって」
円城寺さんの指が俺の頬をくすぐるように動いて、顔を引き寄せられた。もうほとんど鼻の頭が触れそうな距離だったけど……そうか、朝だから。円城寺さんは朝俺たちを起こすときに、「おはようのキスだ」とか言ってそういうことをする。
これって、普通そういうもんなんだろうか。いくら付き合ってるからって毎朝そういうの……わかんねーし、慣れねぇ。されるたびにくすぐったくてたまらない。でも、嫌ってわけじゃない。円城寺さんがしてぇのなら……。いつもだいたい、額とか頬に触れるだけ。今日は……口……。口?
「ん……んん……っ」
ヤバい。舌入ってきた。いつもと違う……! これ、エロいやつだ!
「んはっ、あ、っえんじょ……んんんっ」
一応抵抗して離れようとはしたものの、頭を掴まれてすぐに戻される。口ん中どろどろになる……円城寺さんの熱いヤツで……つーかやっぱ寝起きだから、円城寺さん体温高いのかな。口ん中が溶けそう……円城寺さんの舌が触れてるとこからぐちゃぐちゃになってく。
アイツもこれされて、できっと円城寺さんの口の中にはアイツの味もたっぷり残ってて……きっとそんぐらい激しくやってたんだろう。アイツがうるさく呻いてたのを思い出す。
でもこんなにどろどろになってんのに、円城寺さんの体温が気持ちよくて落ち着いてくるから、なんか頭が……ふわふわして……。
アイツが毛布に潜り込んで丸くなってんのも、多分そのせいだ。
「……はぁ。……円城寺さん……」
「どうした?」
円城寺さんのエロいキス、思いの外短くて落胆……じゃねえ、けど。
終わってからも俺は円城寺さんの胸のとこに頭置いて、寝そべったまま動く気が起きない。円城寺さんが俺の頭や肩をぽんぽんと叩いている。その手つきはエロくない。さっきエロいキスされたと思ったんだけど、気のせいだったのか? それともあの程度のこと円城寺さんにとってはエロくもなんともなくて、俺の下心が強すぎるだけなのか?
円城寺さんがあったかくて眠くなったのだけが、残っちまってるんだが。
「俺も二度寝したい」
「ははは。タケルにもお布団への誘惑がうまくいった」
円城寺さん、笑ってるけどなんか、違う気がする……腑に落ちない。でも眠い。
「とはいえ、お前さんたちがせっかく朝飯作ってくれたんだから、そろそろ起きないとだな」
「いや……まだ出来上がってない。味噌汁あっためて、あと卵焼かねぇと」
「お。じゃあちゃっちゃとやってしまうか」
「円城寺さん! それは俺とコイツがやるから……おい、起きろ! 円城寺さんはやっぱもう少し寝といてくれ」
円城寺さんが残り作るんじゃ意味がねぇ! 眠気振り絞って、起き上がった。
自分だけ起きて台所に行こうとする円城寺さんを引き止めて、もう一度円城寺さんを布団に寝かせて、そんでついでに横で丸まってるやつの背中を揺らす。
もぞもぞ動いてはいるが、コイツちゃんと起きるのか?
コイツがまず円城寺さんの誘惑に引っかからなかったらこんなドタバタすることもなかったんだよな。でもちゃんとコイツが円城寺さんを一発で起こせてたら……さっきのキス、なかったか。……それじゃしょうがない、か。