彼の日課 疲れて自室に戻ってきて、そのまま寝てしまいたいのをこらえてどうにかやるべきことをやっつける。
ひとまず自身のボディのクリーニングと、ベースのメンテナンスルームでするほどじゃない細かいパーツの手入れ。オレばっかりスタッフの手を煩わせちゃ、他のハンターたちにも申し訳ないし。それが終わったら明日の出動の準備もある。ついでに緊急出動用の準備もすぐに使えるかどうかチェックして、OKを確認したらやっと一息をついた。
読みかけの本をベッドの上に見つけて手に取る。いつこんなところに放置したっけ? 横になって読んでいたらすぐに電源がオフになりそうだ。それもいいけど、その前に少し夜食でも……なんて思ってしまったのは、今日の勤務が忙しすぎて、最後にエネルギー補給をしたのが昼過ぎだったからだ。
このままじゃ動けなくなる、なんて逼迫した程じゃない。口寂しいだけだ。エネルギー補給のみってことは、固形物を口から入れてないってこと。ストレス・ケアが足りてない。
さらに言えば、まだスリープモードに入らないよう、眠気覚ましをする必要がある。あいつがまだ帰ってきていない。
冷蔵庫の中身に手を出すかどうか、ベッドに座って考え始めた矢先、ドアが開く音がした。
「ゼロ!」
自動ドアが開ききるのも待ちきれない様子で、ドアに軽くぶつかりながら入ってくる。
顔を上げて返事は短く、
「おう」
の一言。ボサボサに乱れた髪が顔のほとんどを覆って隠していたが、要するに疲れ切った顔をしてる。
そしてそんなに広くもない部屋の中をドアから一直線に大股で歩いてきて、そのままベッドに倒れ込んだ。オレを巻き込んで。
「ちょっ……ゼロ、やめてくれ! 重い!」
「俺はもう寝る」
「だめだって。ボディのクリーニングは」
「してきた。メンテも受けた」
「本当か?」
「嘘だったら明日エイリアに殺される。寝かせてくれ」
「君の無精に耐えかねているのはもはやエイリアだけではないと思うけど……。とにかくだめだ。ほら起きて。この髪、そのままじゃ絶対にだめだ」
「ちゃんと洗ったぞ、お前が細かく言う通りに」
そうは言うけど明らかにボサボサだ。顔の前にも後ろにも、せっかくのきれいな長い髪が好き放題に暴れている。
「これ、いったい何で洗ったんだ」
「クリーニングルームにあった洗浄液だ」
「はぁ……。それはアーマーを洗うのに使うものだろう? 全く君という奴は……いや、君が自分できちんと髪を洗うようになったのは、ここ百年ぐらいでの壮大な進歩ではあるけど」
「昔だって水で流すぐらいのことはしていた」
「そうだ、それから比べたら大いなる進歩だ」
オレが頭を抱えていくら小言を言ったって、ろくに聞いちゃいないしオレの上からどこうともしない。
疲れているのはわからないでもない。オレもそうだ。でもだからって、見過ごせない。
ベッドに倒れたゼロと一緒くたになってオレに絡まったその髪に手ぐしを入れる。すごくきれいな金色の髪だ。ふわふわで手触りもいい。ただし、大いに絡まっている。
「これをそのままで寝たら明日は大変なことになる。いい加減起きて、そこに座ってくれ。ベッドの上で構わないから」
「俺が寝ている間に、手入れしておいてくれないか」
「無茶を言うなよ。寝てる君の身体がどんなに重たいか、知ってるのか?」
「……それは知らないな。知りようもないというか」
「オレはよーく知っている。さ、わがままはもうこれくらいにしてくれ。この用事が終わらないと、オレの一日も終わらないんだ」
身体にのしかかってた重さが少し軽くなる。上体を起こしたゼロが子供のように拗ねた顔をしてオレの顔を覗き込む。何か言いたげにオレの髪を撫でてきたが、そんなことじゃごまかされない。