タバコのニオイ 近頃のタバコは高性能で、匂い・煙はもちろん依存性や副作用もなく安心安全にトリップできるらしい。しかしそんなものは高級品で、オレらのような地を這う貧乏人には縁がない。それに大方そんなもの、元のタバコの味もなにも削り取られたまがい物で、ドラッグプログラムと何も代わり映えのない代物だろう。それに人類もレプリロイドも同種の植物でトリップするという馬鹿げた不具合が愉快なんだ。最適化するようなモンじゃねえ。
「レッドさー、そんなにタバコ好きなの? ボクに隠れて吸うくらいに?」
「隠れてんじゃねぇ、気を使ってやってるんだよ」
ヒトがわざわざ外に出て吸ってるってのに、こいつがノコノコとついてきやがった。しばらくは黙ってオレが吸うのを眺めていたが、こいつがそう長く黙っていられるわけがない。すぐにおしゃべりが始まった。
ま、黙って見つめられても困るんだが。その光る眼の視線にやられちまいそうだ。
「気を使うってどういうこと」
「お前がこのにおいがくさいくさいと文句を言うからだよ」
返事をするたびに、口からタバコを離さなきゃならねえ。ゆっくり肺に入れる暇もない。吐いた煙がスラムの油臭いビルとビルの合間に曖昧に広がる。
「あっはっは。確かにくさい! ヘンなニオイがする! ニオイしないやつとかってないの?」
「お高い品なら無味無臭なんだそうだ」
「それは吸ったことないの? ボクが買ってあげようか」
「バカ。ガキが買えるわけねえだろうが」
「ガキじゃないし」
「フッ。まあともかく、オレはこいつが気に入ってるんだ」
それに最新のカプセル型のヤツなんか、こいつが間違えて飲み込んじまいそうでゾッとする。油断も隙もねえからな。
「こんなにくさいのに、それがいいんだ」
「嫌なら離れとけ」
「やだ」
本当に変な奴だ。散々文句を言いながら離れねえ。気がつきゃ鼻先が触れるぐらいの距離にいる。
「ヘンなにおい」
「なんと言われようがこいつは止めねえよ」
「やめろとかじゃなくてさ」
背伸びをしている。打ち捨てられた瓦礫に寄っかかって、何をするつもりだと問う前に、近付いてきた顔に唇を押し当てられた。
たっぷり十秒。自分でやったくせに解せないっつう顔をして離れる。
「やっぱ変なにおいがする。レッドはおいしそうに吸ってるのに、よくわかんないな。別にただの感想だよ」
「そうかよ」
指に挟んだタバコが、ろくに吸えないままジリジリ燃えて短くなっている。こいつはやっぱり、油断も隙もねえ。