隠し撮り 半分起きてるような、半分寝てるような朝のこの時間が好きだ。朝に強いキミが先に起きて家のことをやっている。台所の方から物音が聞こえる。朝食のいい匂いがし始めると、そろそろ起きなきゃいけないと夢の中で考える。でもキミの料理してる音はずっと聞いていたいし、キミの鳴らす音を邪魔したくない。
色々と考えて、結局キミが起こしに来てくれるまで、毛布をかぶって待っていてしまう。
そんな時間が好きだ。でも今日は、ちょっと変だな? おれを起こしに来たはずのキミが、おれを起こそうともしないで、じっと枕元に座り込んでいる。
多分、座り込んでいるのだと思う。台所の方からキミが来た、と思って開きかけていた薄目を慌てて閉じたので、実際にキミがそこに座ったところまでは見ていない。でも座った音と気配は確かにあった。おそらくは間違いないと思う。
キミが枕元に座ってる。畳の上に敷いた、二人で寝るにはちょっと狭すぎる布団の枕元。そしてなんだかもぞもぞ、慣れない不器用な手付きで何かをいじっている。きっとスマホとかじゃないかな、と、何となく思うんだが。おれの枕元に座ったキミが、両手でスマホを持って一生懸命になにかしようとしている。
――目を閉じて何も見えないのにそこまで気配でわかってしまうのは、おれがちょっとヘンなのか、キミがわかり易すぎるせいなのか。
それで結局キミは一体何をやっているんだろう。全然わからないけど、ひとりでアワアワとしているキミの様子がどんどん伝わってきて、布団の中で吹き出しそうになった時だ。
カシャッ、と、聞き覚えのある音が頭の上から聞こえた。
「あれっ?」
「わ」
まず最初にキミの驚いた声。それにつられて、まだ寝てるつもりのはずのおれも声を出してしまった。
「あっしまった! 起こしてしまったか」
「ん、いや、ああ、音にびっくりして。いま起きたんだ。おはよう」
「ううむ、お、おはよう。そうだよなぁ。こんなにでっかい音がなるとはつゆ知らず。起こしてしまって申し訳ない!」
「いやいいんだ、もう起きる時間みたいだし。それより、一体何の写真を撮っていたんだ?」
「写真? ……ハッ!?」
言われてやっと思い出したみたいで、キミは手にしていたスマホをそっと覗き込む。……と、すぐに満面の笑顔になって、その画面を見せてくれた。
実際のところ、見る前から何を撮られたのかは薄々わかっていた。でもまさか、だってキミがそんなことする意味なんか。だから心の準備が。
「見てくれ! うっかりせずにすごくよく撮れている! やはり被写体がいいからだなぁ」
「でっ、デグダス! おれの顔じゃないか!」
「うむ。かわいい寝顔だったので、これは撮らねば! と思ってな」
わかっていたけど、でもやっぱり、そんなまさか! キミのスマホの画面におれの寝顔が写っている!
自分の寝顔なんて初めて見た。寝顔……寝顔というか、寝てるフリをしてる顔。こんな顔見られてたのか! しかもそれがキミのスマホの中にデータとして残ってしまっている。どうしたらいいんだ。
キミはニコニコしてスマホの画面を眺めている。できれば今すぐ、データを消させて欲しい。が、もちろんそれはキミの持ち物だから、勝手なことなんておれにはできない。
「そんなの、どうするんだ?」
「そうだなあ。写真だから、でっかく印刷して飾ろうか」
「それだけはやめてくれ!」
「わはっはっは、冗談だ! これはな、グランツの寝顔が今すぐにどうしても見たいなあ、という気持ちになったときのための写真だ」
「そんな気分になることなんて、ないだろう?」
「……ムフっ」
はいでも、いいえでもなく、小さな含み笑いが返事。それはつまり……。
ああ、キミの言いたいことなら言葉なんかなくったってもちろんわかる。自惚れじゃなければ。
キミはまたニコニコしてスマホの画面とおれを交互に見比べている。朝からキミの笑顔が見れるのはこの上ない幸せだけど、でも今日はもう一度布団をかぶって隠れたい気分の、朝だ。