たそかれ「威勢の割にはこの程度か」
全く気に入らない。高いところから見下ろしてるその口ぶりが、ひたすら気に入らない。
おれよりも強いのは、ま、わかった。今の所は認めよう。しかしそれは今だけだ。
「ゲコッ」
大きく一声上げた。悲鳴のような、潰れた鳴き声になった。しかしあっちは見たところ人間に近らしいや。蛙の声色なんて判別付かないのだろう。
おれは完璧に人に化けている。その喉から急に蛙の大きな鳴き声が出た。すると相手は怯んだ。
「その足を退かせ!」
おれの胸の上を踏みにじる足を、払いのける。蛙の声に怯んだそいつは、足元を払われわずかによろめき、後ろへぴょんと飛んだ。
おれも跳ね上がって、起き上がる。這々の体だ。奴は、……ぴょーんと、軽い身のこなし。
「うまく化けておる。正体は、蛙か……。しかし変化の術というのは喉から剥がれることが多い」
「うるせえな。そんなことはよくわかってるよ、ゲッ、ゲホッ、ゲコッ」
こっぴどく痛めつけられた身体の、骨も臓物までやけに痛む。ここまで深手を負ったのは、長く生きていて初めてだ。腹に血と息が詰まる感覚がある。すると、うまく人の声色が出せない。
「化けの皮が剥がれる前に逃げたほうが良かろうな」
「言われるまでもねえ」
喉に絡まった血反吐を地面に吐いた。蛙の血は赤い……が、夜の闇には、黒く見える。
夜は、しかし昨今暗くもない。提灯灯籠がそこらでチラチラ赤く光っている。通りの向こうの街の灯りはあかあかと、夕暮れのように眩しい。
この浮かれたような薄ら明るい人里の灯りが、却って互いの顔も見えなくしている。
さっきからこの喧嘩を囃す野次馬は幾人も通り過ぎていったけれども、こんな夜だ。まさかあっちもこっちも妖怪だとは気づかれない。
遊ぶにゃいい場所だったんだ。ところが今夜、変なのと喧嘩しちまった。
声でバレちゃあ、仕方がねぇや。
「いいか、手前。ゲコッ。次に会ったらただじゃ済まさねえ」
「手本のような負け惜しみだ」
「うるせえ」
どうにか二本脚を引きずって、その野郎に背を向ける。もう手出しをする気配もねぇのがわかっているからだ。だとしてもこんなに格好の悪いことはないが、知らねえ仕方がねえ、命が一番大切だ。
「そちらは川だが」
「知ってるよ」
「もう街へは降りぬが良かろう」
「いいやまた来る。次はあんたの首を取る」
「大それたことを……」
笑う声が空を渡っていつまでも聞こえる。変だな。あれはいったい何んの妖怪だったんだ。
【了】