一番たいせつなこと うるせぇ、と叫ぶ準備をしていた。らーめん屋がなにか言おうってときの気配がした。その一瞬で充分だ。
『タケル、漣。飯、できたぞ』
「うるせェ!」
案の定、らーめん屋の声が二重に聞こえた。あとから聞こえた方は、ニセモノだ。
『漣、起きてたのか? タケルは?』
「うるせぇっつってんだろ! わざわざコレでしゃべんな!」
ただでさえうるさいらーめん屋の声が二倍だ。すぐそこの台所でしゃべってんのと、このヘンなスピーカーからちょっと遅れて聞こえてくるのと。
その何が楽しいのか知らねーが、コレを部屋に置いてかららーめん屋はやたら上機嫌だ。
「円城寺さん、聞こえてる……。つーか俺はコイツと違ってだらけてたわけじゃない」
『ん、そうか。すぐ飯持ってくるから、机の上片付けといてくれないか?』
「わかった」
台所のらーめん屋とヘンなスピーカーから言われた通りにチビは机の上の資料だかなんだかを片付け始める。
チビは普通に、台所に向かって叫びもせずに返事をしている。そんで充分らーめん屋に聞こえてる。このらーめん屋のアパートは狭いし、一部屋しかねぇし、ドアも開けっ放しだし、なんならちょっと背伸びして覗き込めば台所のらーめん屋の背中が見える。
なのにこないだかららーめん屋は事あるごとにいちいちスピーカー越しに話しかけてくる。
「なんだっつーんだ、コレ。握り潰してやりてェ」
「やめとけ。打ち上げの景品でもらったとか言ってたけど、こういうスマートスピーカーって買うとそれなりに高いらしい」
このスマートスピーカーとかいう意味不明の機械は、ちょうど手で掴めるぐらいの大きさだ。台所にも同じモンが置いてある。それこそこっからでも見える場所にだ。スピーカーのくせに話しかけるとなぜか返事をするらしく、らーめん屋はコレを手に入れてからやたらコイツと会話をしている。天気がどうとか料理のレシピがどうとか。機械と会話するらーめん屋もわけわかんねーけど、何よりウゼェのはコレには他にも電話みてーな機能があることだ。わざわざコレを使ってこっちに呼びかけてくる。すぐそこに居んのに。
あっちのスピーカーに呼びかけるらーめん屋の声と、こっちのスピーカーから聞こえてくるらーめん屋の声でずっとうるさい。
「こういうのひみつの道具みたいで楽しくないか?」
らーめん屋が飯持ってきてちゃぶ台の上に置く。腹減った。いいにおいがする。
すぐ近くから聞こえてくるらーめん屋の声も本物だし、スピーカー越しのうるせぇのより全然マシだ。
「いや、スマホとかと同じだしな……」
「うーん、評判よくないかぁ」
「なくても聞こえてんだよ。おいらーめん屋、次どーでもいいことに使ったらぶん投げるぞ」
「自分をか?」
「このスピーカーをだ!」
「それは困るな。どうでもよくないことだけに使うことにしよう」
そう言いつつらーめん屋は全く困っているようには見えない。ゼッテー適当に返事してやがる。
「どーでもよくないことってなんなんだよ」
「そもそも聞こえてるって話なんだが」
「どうでもよくないことか。何があるか……」
料理を並べつつウンウンうなって、また台所に戻っていった。相変わらず気持ち悪ぃぐらい上機嫌にだ。嫌な予感がする。オレ様にはわかる。
らーめん屋が台所のスピーカーに向かって話しかけるときに、決まって同じことを言う。
「一番納得いかないのはコレとアレに俺とオマエの名前を付けてることなんだよな。そのせいで頻繁に誤作動するし……」
『タケル、漣』
やっぱりだ。
「オイやめろらーめん屋ァ!」
このヘンなスピーカーは名前を呼ばれると動き出す。だからややこしい。そんでウザい。
『大好きだぞ』
「うるせェ! 一生懸命考えたどーでもよくねェことがそれかァ!?」
「え、円城寺さん、聞こえてる。そういうのわざわざスピーカー使わなくていいから」
「やっぱり直接言った方がよかったか?」
でまた別な飯の皿を持って戻ってくる。
さっきのは本物とスピーカーの二倍、今のは本物。
「漣、タケル」
近い。あっという間に飯は並べ終わって……でらーめん屋がわざわざ小声で喋ってんのは、あのスピーカーに聞かせないためだ。アレとアレがオレ様とチビと同じ名前だから……。最高に意味がわかんねぇ。
そしてらーめん屋は最高にニヤけている。最悪だ。これから最高にどーでもいいことをもう一度言い出すのが目に見えている。
チビも照れてる場合じゃねーだろうが!