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    tukaichi17

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    ESオプメガ
    支部にも置いたけど、縦書きで読んで欲しいのでこっちでも

    砂と石灰 故に神の場所とは、流謫の、追放のあらゆる書物
                      エドモン・ジャベス「エリヤ」



     サウンドウェーブを無事収監したという報告を受け、オプティマス・プライムはようやく愁眉を開いた。 
    「ありがとう。彼等は必ず丁重に扱うようにと念を押しておいてくれ」
     最後にそう言って通信を切ると、オプティマスは、ふぅ、と少しだけ息を吐いた。通信に〈枝〉が付いていないことを改めて確認し、慎重に周囲に防壁を巡らせる。これで誰かが居場所を逆探知しようとしても見つかることは無い。
     今、オプティマス達が居るのは拠点にしているGHOSTの施設では無く、秘密裏に作ったセーフハウスのひとつである。GHOSTは勿論、マルト家の人々すら知らない拠点だ。
     別に人間を信用していないわけではないが、しかし、万一に備えるのは《招かれざる異邦人》としては当然のことだろう。同種でさえ理解し合えず何百万年も戦争をしているのだ、況んや異星人であれば友好関係などいつ転化するかもわからない。
     司令官なぞ続けるうちに、随分と人が悪くなったものだと自嘲して、オプティマスは、ちら、と斜め向かいへ視線を投げる。
     そこにいるのはメガトロンだ。長椅子に深く腰掛けて、黙々とGHOSTから送られてきた資料に目を通している。
     相変わらず堂々として一切の隙のない姿ではあったが、タブレットへ視線を落とすその赫い目は物憂げに沈んでいた。
     それは付き合いの長いオプティマスだからこそ気がつく事で、おそらくはメガトロン本人すら自分がそんな目をしていることに気づいていない。
     その目の色に、オプティマスは数時間前、サウンドウェーブと戦ったことを思い出す。

    ――確かに、『あれ』は堪えるだろうな。

     昼間、カセットロン達の護送中、彼等の奪還に現れたのはサウンドウェーブだった。全力が出せればそこまで脅威ではない相手だが、メガトロンはディセプティコン相手に本気でやり合うことをしない。殺すことは勿論、身動きが取れなくなるまでどこかを欠損破壊することさえやりたがらなかった。
     メガトロンにしてみれば自分自身が裏切ったかつての部下への負い目もあるが、それ以上に同胞を傷つけたくないのだろう。
     実際、オプティマス自身も軍を率いる身だから、その気持ちはよく分かる。故にどうしても手加減をしつつ戦うことになるのだが、そうなると自然と戦闘は長引くし、長引けば会話も交わす機会も増えていく。
     会話が増えれば結局帰結するのはあのことだ。
     採石場の攻防戦。
     長引く戦闘に終止符を打つべくメガトロンがカノン砲を撃とうとした瞬間、サウンドウェーブは真正面からはっきりと言った。
    『裏切り者』
     と。
     サウンドウェーブから発せられたその言葉を聞いたメガトロンの表情を見たとき、オプティマスは反射的に『不味い』と思った。
     コンマ数秒の間で『覚悟』を決めたと思ったからだ。実際、メガトロンは一瞬だけ何かを言いかけたが、そのまま諦めたように口を噤みカノン砲を降ろす。
     それを好機と捉えたサウンドウェーブが、メガトロンの顔面にミサイルを放ったが、オプティマスはなんとか割り込み、ギリギリでそれを防ぐ事に成功した。
     アックス越しにもなかなか重い一撃で、あれをメガトロンが無抵抗で喰らっていたらと、考えただけでぞっとする。
     メガトロンがサウンドウェーブのあれをわざと喰らうつもりだったのは明白で、おそらくは彼なりの償いであったのかも知れないが、オプティマスはそれをさせる気はあの時もこれからも毛頭無い。
     そうして多少の紆余曲折の末、無事サウンドウェーブを確保した訳だが、この事件はメガトロンにとって決して愉快なものでは無かったろう。
     気に病むのも無理は無い。だが……。

    ――九百万年かけて、漸く彼を取り戻せたのだ。二度と《あんなもの》に戻してたまるか。

     内心憮然と呟きながら、それでも表情は穏やかにオプティマスはメガトロンの側へ歩み寄り、声も掛けずに隣に座る。
     自分の真横に急に現れた質量に、メガトロンはちらっと視線を投げたが特に何も言わなかった。代わりに口を開いたのはオプティマスの方だ。
    「浮かない顔だ」
    「……浮かない顔をしているのか、俺は」
     オプティマスの言葉を受け、メガトロンは些か焦臭いような顔をする。やはり自覚が無かったようだ。
    「お前は自分自身の傷に無頓着すぎる」
     だが、オプティマスの忠告は、ただ一言で括られる。
    「ハ、そんなもの」
     気にしていて破壊大帝などと名乗れるか、と言うことだろうか。短く告げられた言葉の真意を想像しながら、オプティマスは話題を変えつつ更に会話を続けた。
    「サウンドウェーブは大人しく収監されたそうだ。カセットロン達の解放が効いたのかな」
     暢気なことを言うオプティマスに、メガトロンが少し呆れたように言う。
    「さぁな。だが、あれは無駄なことはしない質だ。おそらく何か裏がある……」
     更に何かを続けようとする一拍の間、その隙を突いてオプティマスが静かに訊いた。
    「お前、あの時サウンドウェーブの攻撃をわざと食らおうとしただろう」
     声音もタイミングも意識しての不意打ちだ。それを聞いたメガトロンが一度だけ瞬きをする。そうしてまた、一拍置いて素直に答えた。
    「……あいつの気の済むようにさせようと思っただけだ。どうせ捕まるのなら、気晴らしのひとつやふたつあった方がいい」
    「メガトロン」
    「その程度で俺がやられるわけも無い。万一動けなくなったとしても、どうせお前がなんとかする。違うか?」
     窘めるオプティマスに、メガトロンは特に悪びれる様子も無く告げた。
     それはそう、それはそうなのだが……、と思いつつも、オプティマスにはとってつけたようなことを言う事しかできない。
    「それでも、だ。お前はもう少し自分を大事にするべきだぞ、メガトロン」
    「趣味が自己犠牲の男に言われてもな」
     案の定、間髪置かずに言い返されて、今度はオプティマスが瞬きをした。メガトロンが少し怒った風に言う。
    「空虚を抱えるくらいなら、憎悪を持ち続けた方がまだ生きられる。そして人は形の無いものを憎むことはできんのだ。であれば、一番俺がその形に適している」
    「……そんなものは、闇の希望だ」
    「それの何が悪い? 希望は希望だ」
     これで終わりだ、というように吐き捨てると、メガトロンは不機嫌に視線をタブレットに戻し、それきり口を噤んでしまう。
     この話題はいつだって、何処までも平行線で堂々巡りになる。もう少しメガトロンに彼自身を労って欲しいオプティマスと、その必要は無いと撥ね除けるメガトロン。十五年、仲間になってもずっとこの調子だ。
     その度にオプティマスは目の前の男のタチを心の底で深く嘆く。

    ――九百万年掛けてようやっと取り戻したというのに、まだお前は奴等の物語フィクションでいてやろうとしているのか。

     セイバートロン星に居た頃の、組織は違えど、あの星に深く根を下ろす差別格差問題を解決しようと二人で手を組んでいた時代を思い出す。
     そもそもこの男は昔から、善くも悪くも真っ直ぐだった。だからこそ誰よりも不正を憎み、己の信じる正義の為に戦っていた。オプティマスと目的は同じであったが行く道が違いすぎて結局は袂を分かち、何度も戦場で相見えることになったのだが、問題はそこでは無い。
     長い年月の果てに理想は少しずつ現実に喰われ出し、気がつけばこの男は彼に心酔する者たちの手によって神にさせられかけていた。
     先ほどのメガトロンの言葉通り、人は形の無いものを憎むことも出来ないし、一方で生きるためには『生』へととどめる希望が要る。
     そこに崇高な理想を掲げる強大な力とカリスマを持った指導者が現れたらどうなるかなど自明の理だ。勿論共に戦おうとするものもいるだろうが、大半はそれに『縋る』のだ。賭け金をベットする事さえせず、上から与えられるものを口を開けて貪るだけの存在は想像以上にこの世に多い。
     つまるところメガトロンという男はその理想の高さ、高潔さからどんどんと崇め奉られて本質を歪められた末、この男もまた、ひと一人の肩には重すぎる程の期待を『彼等のために』背負ってしまったわけである。総てのサイバトロン星人の半数の希望、もう半数の憎悪と共に、だ。
     そんなもの、いつか破綻するに決まっている。実際、もう少し長くそんな状態が続いていけば『使い潰され擦り切れていた』だろう。
     この世の半分から『悪魔』と恐れられ、もう半分からは『神』だと崇め奉られる。そこには〈メガトロン〉という『個』を見る者は居ない。まったくもってうんざりだ。
     オプティマスは知っている。メガトロンは殊更『優しい』のだ。
     破壊大帝の名を冠する男、あの戦場での暴力の化身のような姿を知っている者からすればそれはあまりに馬鹿馬鹿しい評価であるのかもしれない。
     だが、優しいからこそ律儀にも他人の怒りを代弁し、恐怖を纏ってその罪まで背負ってやってしまう。自分自身の物語ナラティヴがあるにもかかわらず、他人の望みによって押し付けられた物語フィクションを諾々と飲み込みすらしてやったのだ。
     それが当時からオプティマスには腹立たしくて仕方が無い。
     破壊大帝という神の名は、メガトロンという個を伝説にしてしまっただけではなく『贋物』にしてしまった。生身のメガトロンを殺すこと無く、完璧に抹消し、民衆の都合の良い理想――「破壊大帝」というシステムそのものに書き換えようとしていたのだ。
     昔の彼を、メガトロンという個を唯一覚えているオプティマスという存在がいなければ、それは確実に成功していただろう。

     だからオプティマスは、そいつらの世界を終わらせた。
     正確には、悪の破壊大帝という物語フィクションとそれに依存する連中から〈メガトロン〉を奪い取って奴等の世界を終わらせたのだ。
     揺籃の夢から醒めた後の気分はおそらく全くよろしくないようで、それは今日のサウンドウェーブの態度を見ればよく分かる。彼等にしてみれば、心の支柱、拠り所、自己の希望がいっぺんに消えたようなものなのだ。混乱、絶望、怒り、捨てられた哀しみや憎悪がうまれるのも無理はない。
     それが破壊大帝の死や消滅が原因であれば未だ納得がいったろう。それこそ破壊大帝の屍を本尊に『ディセプティコン』という名を掲げた宗教を立ち上げなおせばいいだけだからだ。
     だから、そんなことをさせないために、オプティマスはメガトロンを生きたままで自軍へ引き入れた。いわば彼等の神をあえて同じ人へと戻したわけだ。
     おかげで連中は大いに戸惑い、十五年経ってもまだ混乱中だ。
     世界の半分が似たような悪夢を見ていると思えば多少は溜飲が下がる気もした。

    ――まぁ、あくまでも『多少』ではあるが。

     色にも出さず、オプティマスがそんなことを考えていたその時だ。不意に隣から声が掛かった。メガトロンの声である。
    「また、悪い顔になっている」
     反射的に声の方を向いた途端、そのまま指先で眉間をコツリと軽く小突かれた。
    「痛ッ」
     児戯のような仕草だが、警告も含まれているせいで存外痛い。非難めいた目をやると、メガトロンがにこりともせずに言う。
    「何を考えているかは知らんが、あまりそういう顔をするな。人間達に見られたら事だぞ」
    「そんなに悪い顔をしていたかな」
     チリチリ痛む眉間を撫でながら訊くと、メガトロンが静かに頷く。
    「確かに少しばかり悪いことを考えていたが……。お前は良く見ているなぁ」
     そう素直に言うと、「貴様ほどでは無い」とだけ返ってくる。
    「何を考えていた、とかは訊かないのか?」
    「訊いてどうする。貴様が何を考えていたかなど、俺には関係ないし興味も無い」
    「つれない事だな」
     少しむくれて見せると、メガトロンが呆れたように言う。
    「信用している、ということだ。俺はお前に誓っている。誓った事柄が何であれ、誓いの主を疑うのは愚の骨頂だ」
     さらりと可愛いことを言うと思ったが、オプティマスはあえて口には出さなかった。代わりに静かに手を伸ばし、メガトロンの頬に触れ、言う。
    「私が悪い顔をしているというのなら、お前はずっと浮かない顔だな。先ほど指摘したにもかかわらず、だ」
     頬に添えられた手を払うことも無く、メガトロンが答えた。
    「それはお前が指摘したからだろう、オプティマス。無自覚だったことを突きつけられて、改めて自覚したからそのままにしている」
    「自覚、か」
    「そうだ。多分俺は、サウンドウェーブの気の済むようにさせてやれば良かったのだと少し後悔していたのだろう。そうしなければあいつの心の痛みが去って行かない。だがそれは俺の傲慢だ。お前の言葉はそれを自覚させてくれたのさ」
     普段と変わらないトーンなのに、どこか昏さを含む声だった。
    「私は余計なことをしたのか?」
     試しに訊くと、メガトロンは少し笑った。
    「真逆。今の俺の感傷がおかしいだけで、実際はお前の判断の方が遙かに正しい」
     メガトロンの取捨選択の判断はおそろしく的確だ。そしてそれを遅滞なく選べるだけの胆力もあるが、しかし、だからといって心が傷つかないわけも無い。
     その事を改めて思い出し、オプティマスは胸が詰まるような気がした。だからつい訊いてしまう。
    「正誤の如何はともかくとして、ならばお前の心の痛みはどうなるんだ?」
    「これは俺と常にある。そういうものだ。だが、奴等の痛みはそうではないしな」
     何を当たり前の事を問うのだというようなその声に一切の嘘は無く、だからこそオプティマスの心の深いところを強く抉った。
     思わず肩を抱いて一緒に泣いてやりたいような気持ちになったが、この男はこんな理由では決して泣くことは無いだろう。
     まったく、遣る瀬無い、というのは、多分こういうときに使うのだ。
     気がつくとオプティマスはメガトロンを抱き寄せ口吻くちづけていた。メガトロンは一瞬からだを強ばらせたが、直ぐにふっと力を抜く。
     唇が離れた後で、メガトロンが小さく言った。
    「俺はお前に甘えているな。……すまない」
     それを聞いたオプティマスは、メガトロンが謝る必要がどこにあるのかと思ったが、それでも何も言わなかった。
     何も言わないまま、ゆっくりその躯を長椅子へと押し倒す。抵抗は何も無い。
     真っ直ぐに自分を見上げる赫い目には未だに憂いが色濃く残る。
     その憂いを軽くしてやることはおそらくオプティマスには不可能で、自分が肩代わりしてやれない悔しさが胸を噛む。
     だが、その目を間近で受け止めること、それがこの男を奴等から奪い去り、神から人へ戻した代償であるということも理解している。
     罪のない別の世界へ連れていくことも、過去さえも変えられないが、未来ならば幾許かの期待もあろう。
     それが逃避だと言うことも理解しているが、そういう時間もおそらくは必要なのだ。

     低い、るような声が鼓膜を震わせたのは、それから直ぐのことだった。
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