歌が廻るあほ話(赤本+デュ)「上等だテメェ!」
魔界王ガッシュが休憩室に入ると清麿の怒声が響く。彼の向かいには目の端を吊り上げたデュフォー。
(喧嘩かの)
そんなに険悪な雰囲気ではない。じゃれ合いの範疇と判断してガッシュは扉を閉めた。他人に見せられる姿ではない。
王の補佐官と雷帝の相談役、二人のイメージが瓦解してしまう。
「その頭に刻みこんでやるよ!ガーッシュブイの体勢を取れ!」
「ヌア」
困惑しながらもパートナーの指示に従い、両手を上げるガッシュ。執務服の懐から携帯端末を取り出す清麿。
「チッ!」
清麿が何をしようとしているかの『答え』を出したデュフォーが端末の操作を阻止すべく腕をのばす。
「甘い」
同じ能力の持ち主、判断の速さもほぼ同等。
こうなると状況を左右するのは身体能力になるわけで。
「この脳筋……っ!」
清麿に腕を取られたデュフォーが憎々しげに声をあげる。
(知将とまで称された私のパートナーが脳筋扱い……)
「筋力あれば憂いなし!」
(間違ってはおらぬが)
知恵者から飛び出してくる言葉ではない。本当に扉を閉めておいてよかったと、ガッシュはブイの姿勢を保ったまま二人を眺めるしかできない。
『キャッチマイハート!!』
片手で素早く操作を終えた清麿の端末から流れるのは、特徴的な歌声と愉快な音楽。
メロンをこよなく愛する魔物の、メロンへの愛が溢れた歌。
(昔みんなで踊ったのう)
思い出のリズムに乗ってガッシュは踊る。
清麿は最大音量にした端末を投げ飛ばし、デュフォーが耳を塞げないように両腕を拘束している。
暴れる脚も己の足で拘束して上に乗っかっているため、見ようによっては無体を働いているような見た目になっている。
背後で魔界王が愉快に踊っているが。
「みんな大好きイヤーワーム現象だ。お前は歌を聴く習慣もないから良く廻るぞ?」
「くっ……」
清麿の言うイヤーワーム現象とは、頭の中で勝手に音楽が流れる現象だ。メロン愛の歌はリズム感がよく、覚えやすく、頭の中で廻りやすい。清麿も経験済みだ。
「音楽のある日常へようこそ」
(これ止めるべきだったかの?)
嗤う清麿、歯を食いしばるデュフォー、踊るガッシュ。
休憩から戻らないデュフォーを探しに来たゼオンがやって来て、絶叫するまでこの妙な状況は続いた。
数日後、ゼオンから王と補佐官へ苦情が入る。
デュフォーが変な鼻歌を歌うようになった。
更にはつられて同じ歌を口ずさむ部下が急増したと。