それは五月の大型連休前日の事だった。
「よーし、完成!真経津、こっち来いよ味見するだろ」
真経津晨が獅子神邸のリビングのソファーでごろごろしながら漫画を読んでいると、キッチンから家主に声を掛けられた。
「わーい!なになに、獅子神さん?」
真経津はにこにこしながらキッチンに回り、獅子神の隣に立つ。味見するのは大好きだ。獅子神の作る料理は何でも美味しい。以前作って貰ったビーフシチューも絶品だった。
そこにあるのは大きな鍋に入った茶色く煮られた骨付き肉だった。出来立てだから湯気も立っている。
「スペアリブのコーラ煮」
「コーラ?本当に美味しいの?」
真経津は訝しんだ。
「まぁ食ってみろって」
獅子神から小さな皿に乗せられたスペアリブをと箸を渡される。素直に受け取り一口かじるとほろほろと肉が骨から離れ、ジューシーな肉汁と甘辛い味とニンニクの風味が口に広がった。
「美味しい!!」
真経津はご機嫌になった。
「そりゃ良かった。叶の事考えるとエナドリの方がいいのかもしんねーけど。明日まで一晩寝かすからな。ケーキは天堂におすすめの店予約頼んだし、あとは……」
「明日?なにかあったっけ?」
「何ってオメー、明日はうちで叶の誕生日パーティーだろ?」
「え?」
真経津は思わず聞き返す。
「獅子神さん、叶さんの誕生日はもっと後だよ。五月一七日」
「おう。でも誕生日当日も前後も叶は配信【しごと】あるし、天堂が神父の研究会?かなんかの当番で、ゴールデンウィーク明けてから月末まで忙しいっつーから、前倒しでお祝いしようって話になったじゃねーか」
少しの間の後。流石に少し焦った顔で真経津は言った。
「どうしよう。完全に忘れてた。まだプレゼント何も用意してない」
「はぁ?!……つきあって初めての誕生日のパーティーに、彼氏が何も用意してないのは流石にヤベーと思うぜ」
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一時間弱後、真経津と獅子神はショッピングモールにいた。明日のパーティー用のメニューの仕込みと片付けを終えた獅子神が車を出した。
モール内は獅子神が思ったより空いていた。恐らくゴールデンウィークの始まる明日からかなり混雑するだろう。そういう意味では不幸中の幸いである。
「いやー。ギャンブルの試合がないと、予定忘れちゃったり曜日感覚とか狂っちゃうんだよねー。うっかりしてたよ」
店が延々と並ぶフロア内を真経津と獅子神は並んで歩く。
「……お前、今日俺ん家来ててマジで良かったな」
もし明日誕生日パーティーを真経津がすっぽかしたら叶が拗ねて面倒なことになっていたに違いないので、獅子神としてもマジで良かったと思った。
「因みに獅子神さんはプレゼント何用意したの?」
「俺?叶の生まれ年のワインだけど」
「……なんかおしゃれでいいなー。それ僕が用意した事にならない?」
「なんねーよ!」
その時真経津の黒いパンツのポケットから、ピロン、と着信音がした。
真経津はスマホを手に取り内容を確認する。
「天堂さんからだ」
「天堂?」
獅子神は一緒になって真経津のスマホを覗く。
「さっき天堂さんと村雨さんに、叶さんへのプレゼント何にするか訊いたから、その返事くれたみたい」
メッセージアプリのトーク欄に表示されていたのは一枚の画像。長方形の白地の紙に金の箔押しが施されている。どうやら何かのチケットのようだ。
『マッサージサロンのチケットだ』
『神と違い、人の子には休息や身体のメンテナンスが必要だからな。黎明は職業柄椅子に長時間座り続けたり目を酷使する事も多い。そのあたりのケアも行っているサロンだ』
『全室個室でプライバシー保護体制も万全だから黎明でも安心だろう』
と、天堂から文章が送られてきた。
「マッサージかぁ。いいなー」
「あー。確かにこういうチケットとかいいかもな。真経津と二人で楽しめる様なデートスポットのペアチケットとかいいんじゃねーの」
話をしていると、またピロン、と着信音がした。今度のメッセージの送信主は村雨だった。
「村雨さんは何用意したのかなー」
真経津と獅子神は村雨から送られた画像を確認する。
「わぁすごい!これ手術用メス?」
「みてぇだな」
そこにはケースに入った一本のメスの画像が映っていた。レプリカなのか実際に人体を切れる物なのかは見た目だけでは判断が付かなかった。
「『以前叶が欲しがっていたから』だって!いいなー。『僕も欲しい』って返信しちゃお」
真経津はフリック入力を終えるとスマホをパンツのポケットにしまう。
「んで、どうだ?プレゼントの方向性は決まったか?」
「んー。まだ全然。こういう時迷うよねー」
「真経津オメー叶と付き合ってんだろ?なら、何が欲しいとかお前の方が好みとか分かってんだろ」
「んー、どうだろ。あれで叶さんもなかなか謎が多いからね」
「……お前等が普段二人でどう過ごしてるかよくわかんねーけどよ」
獅子神はアドバイスする。
「叶と何してる時が楽しいかをベースに考えたらいいんじゃねーか?」
「んー。そうだなー」
真経津は考える。
「叶さんといると楽しいよ。何してても楽しい」
真経津は惚気なのか年相応にあどけなく笑う。
「でも一番好きなのはやっぱり一緒にギャンブルした時かなー。ずっと楽しかったし叶さんも格好良かったし」
「はいはい。ギャンブルギャンブルな」
「そうだ!」
真経津はひらめいた。
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「観測者の諸君、ごきげんよう!こちらレイメイだ!」
「現在五月一六日午後九時、皆レイメイ誕生日前夜雑談枠に来てくれてありがとな!」
「明日は明日でがっつり盛り上がるとして、今日は前夜祭なので観測者諸君とまったり話したりして過ごしていくぞ!」
「『そのジョッキ初めて見た』お、オレのことよく見てるじゃーん」
「これ晨君に貰ったんだ。いいだろー。ペアジョッキ?ってやつ。ほら、装飾とか結構凝ってるよな」
「『本当に晨君に貰ったの?』本当だ!嘘ついてどーすんだよ。におわせじゃねーし!」
「『そういえば晨君とかゆみぴことはどうやって知り合ったの?』あー、言ってなかったっけ?」
「元々趣味の集まりみたいなので、晨君となんか飲み勝負みたいなのする機会があって、その飲みっぷりが凄くてそれで仲良くなった」
「んで敬一君と礼二君とゆみぴこは晨君の紹介で知り合った」
「『晨君の人脈すごない?』それなー。晨君誰とでも仲良くなるから凄いよ」
「でも初めて会った時の晨君凄かったなー。凄い格好良かったし魅せてくれたし。勿論いつもののんびりな晨君も好きだけど!」
「そんなわけで!この貰ったジョッキ使いたいから皆で乾杯するぞ!観測者の皆も三分待つから飲み物持ってきてくれな!」
「『レイメイ何飲むの?』俺は今日もエナドリ。期間限定のメロン味!」
「待ってる間に注いじゃおー。……おー、すげー緑色。体に悪そー。まるで毒みたいだな」
「観測者達は何飲むんだ?……おー、コメントみた感じ、缶酎ハイ率高いな。」
「それじゃあ三分経ったから。皆グラスなりコップなり持ったか?……んじゃ、レイメイ生誕前夜祭を祝しまして……」
「かんぱーい!!」