プリンと敗北 「ピーキーピッグパレス、決着ー!!伊藤班主任解任戦第一回戦を勝したのは、牙藤猛晴•漆原伊月ペアー!!」
「終盤で見事な快進撃を魅せた村雨•天堂ペアではありましたが、一歩届かず!」
司会者の行員の声が会場に響く。そして割れんばかりの観覧席のvip達の拍手と歓声、一部ヤジ。
行員の声と共にガラス張りのドアのロックが開く。その瞬間に牙藤が勢いよく飛び出しすぐさま隣のドアを開ける。
「伊月!」
酸素濃度が極端に低くなった部屋から、仲間の肩を抱き引き摺り出す。
「しっかりしろ!大丈夫か?!」
引き摺り出された黒いダブルスーツの男は青褪めた顔で笑う。
「……勿論だよ……ガッちゃん。誰がなんと言おうと……ガッチャンは、当たり……くじ、だよ」
そしてまた歓声が上がる。
「愛、友情、信頼、哲学。色々なものが垣間見える名勝負でしたねー!」
一方、礼二君は酸素濃度6%の部屋にて力尽きて机に突っ伏している。顔が青を通り越して紫色になっている。机には吐瀉物も見える。その隣のゆみぴこは悠々と一人で部屋から出てきた。そしてまるでオレ達がみているのが分かるかのように中継カメラ目線にいつもの涼やかな微笑みを浮かべて会場から歩いて出ていった。
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晨君の家のリビング。オレと晨君と敬一君はソファーや椅子に座り、試合の生配信の様子をPCをテレビに繋いで観戦していた。
「負けちゃったねー。二人共」
晨君はいつもとなにも変わらないトーンでそう言うと、ん〜っと両手を上げて伸びをする。
「後半の追い上げは良かったけどな」
オレは丁度食べ終わったポップコーンの紙容器をテーブルに置く。正直デカすぎて途中から飽きたから残そうかと思ったけど、まぁたまにはフードロス対策とやらに乗ってやっても良い。
敬一君は無言だった。
(まぁそうかもなぁ……)
眼の前で自分より強い仲間が敗北し倒れる様子を見て、そしてこのレベルの相手と今度は一人で戦うことについて。色々と考えている。
だがビビっているだけではない。肚を決めた人間の目をしている。
(……いいねー)
確かに敬一君の強みはその弱さや臆病さにある。以前ゆみぴこもそんな事を言っていた。でも今回「我の強さ」が必要だったように敬一君にも肚を括る必要があるはずだ。
実力的に足りない点もあるが、少しはオレを魅せてくれそうだ。
礼二君も思いやりに目覚めた今現状勝ち目は見えないが、これからいくらでも策は練れるし。ゆみぴこともやりあいたい。現状楽しみしか無い。
(最も礼二君とゆみぴこはまた5スロット行きっぽいし試合できてもまだ先だろうけど)
「そう言えばさ、冷蔵庫のお肉とプリンどうする?」
「あー……そうだな」晨君の問いかけに敬一君がやっと声を出した。
台所にある冷蔵庫には、今日の試合が終わった後の祝賀会用に礼二君とゆみぴこがリクエストした物が入っている。試合前に3人で買い出しに出て買ったものだ。
「ステーキを用意しておけ」と言った礼二君の為に買ったテンダーロイン。
「神はスイーツを所望する」と言ったゆみぴこの為に用意したちょっとお高めのプリン。
リクエスト主はおそらく今日ここには来ない。
「……肉は冷凍すりゃいいけど、プリンはとりあえず今食っちまうか」
「さんせー!」と晨君はニコニコ顔で手を挙げる。
敬一君は立ち上がり、キッチンへ向かう。冷蔵庫を開けてプリンが入っている化粧箱をとりだしてそのままオレたちのところに戻ってきて箱を開ける。その中には瓶につまったプリンが4つ入っていた。敬一君の分は「今日は俺糖質はいいや」と買わなかったから無い。
「たしか天堂用がキャラメルで、村雨用がいちごだったか?……真経津はチョコでよかったんだよな?」
敬一君がチョコプリンと備え付けの小さなプラスチックの使い捨てスプーンを晨君に渡した。
「うん。ありがとー」
「んで叶がこっちだよな」と、俺も敬一君からプリンを受け取る。
「……叶さんのその青いのって何味?」
晨君がオレの持ってるプリンを指差す。実際オレが持ってるプリンは蛍光ブルーの色をしていて異彩を放っていた。
「期間限定のサイダー味」
おしゃれなプリンの店のショーウインドウでも目立っていて即決した。こういう面白い味は美味くても不味くても動画のネタになるし、見かけたら選ぶようにしている。なんだったら今度ゆみぴこあたりを誘って店のプリン全種食べる企画でもやってもいいと思う。
「……プリンのそんな味初めて聞いたぜ」
「エナドリ味があったらそっち一択だったけどなー。世の中の製菓企業はもっとエナドリ味を出すべき」
「エナジードリンクって色んな味があるし難しいんじゃないかな」
そう言うと晨君は一足先に「いただきまーす」と一口プリンを口に入れた。「んー!おいしいー!」
俺もプリンとスプーンの封を開けて一口食べる。口に入れた瞬間、炭酸ではなくお菓子の方のラムネの風味がした。でもなんとも言えないチープさと言うか知育菓子を食べているような感じだった。
「ねー、叶さん。一口交換こしよ!」
そういった晨君が自身のチョコプリンを一口分スプーンに掬ってオレに差し出してくれる。
「あーん」
「わーい。あーん」
口に入ったプリンは想像通りのチョコレート味だった。だが想像通りうまい。気に入った。
オレもお返しに一口分青いプリンをスプーンで掬って「あーん」と晨君にたべさせる。
「……珍妙な味がする」
「あれ、晨君あんまお口に合わなかった?」
「いちゃついてんなー」
そんな俺達の様子を見ながら敬一君はそういった。
「天堂さんと村雨さんのプリン、僕達で食べちゃう?」
「全く、晨君は欲張りさんだな」
と話していると、ブーブーブーとスマートフォンのバイブレーションが聞こえてきた。晨君が黒いパンツのポケットから振動源のスマホを取り出し通話を始めた。
「はーい、僕だよ御手洗君。どうしたの?」
どうやらかかってきた電話の相手は晨君の担当行員の暉君の様だ。敬一君がリモコンでつけっぱなしになっていたテレビを消した。
「今?うん、大丈夫だよ。……うん……獅子神さん?いるよー。……うん……あと叶さんもいる。うん……待ってて。今スピーカーにするね」
そう言うと晨君がスマホを操作し、敬一君に向ける。
「獅子神さん。御手洗君と梅野さんって人が僕達に話があるって」
『お疲れ様です、獅子神さん。カラス銀行の御手洗です。今お話宜しいでしょうか』
「……おう」
敬一君は返答する。
『主任解任戦の第1戦、ご覧頂けましたでしょうか』
「あぁ。今までずっと観てた」
敬一君は返答する。
『村雨さんと天堂さんのお二人が敗退した今、獅子神さんの試合は絶対に負けられません』
「……村雨は!村雨と天堂は……無事なのか?」
敬一君はオレ達が一番気になっている点を質問する。
『現状ではお答えできない、という説が有力です』
スマホから聞こえる声が変わった。おそらく梅野という行員なのだろう。
『確実に言えるのは、医務室へ運ばれる際に2人とも意識がなかったことだけです。これから処置次第でどうなるか……』
「でも今見てたけど天堂さん歩いて会場から出てなかった?」
『真経津さん。それなんですが、会場から出て中継カメラが見えなくなった瞬間その場で倒れて気を失っていたみたいなんです』
「へー、ゆみぴこらしいじゃん」
最後まで神の矜持とやらを守ったのだろう。
『今お二人それぞれの担当行員である渋谷と榊がついて医務室にて治療を受けています』
『話を戻しますが、次の試合はこちらの班としては負けられない戦いになるという説が有力です』
「……そうだろーな」
『そこで急なんですが、この後真経津さんも交えて銀行で今後の作戦会議が出来たらと思うんですが』
「これからか?」
敬一君がこちらをちらりと見る。仮にも伊藤班のオレがいては出来ない話だろう。
「オレのことは気にしないで行ってきなよ。敬一君も晨君も」
「悪いな叶」
「ごめんねー」
こうして今日の観戦会は急遽終了となった。
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敬一君は「途中まででよければ送ってやるから一緒に車乗ってくか?」と誘ってくれたが、今回は断ることにした。
玄関でローファーを履き終えると、家主である晨君がやってきた。
「どした晨君?バイバイのちゅーでもしてくれるのか?」
「うん。そんなところ」
可愛いこと言ってくれちゃってー。
俺は晨君と向き合ってちょっと屈む。身長でか人(でかんちゅ)としては慣れたものだ。晨君はオレのほっぺたにキスをした。
「ねぇ、叶さん」
晨君がとっても可愛いうっとりするような笑顔で言った。
「いつワンヘッドへ来てくれるの?」
ああ。そうだよなぁ。
晨君はそうでなくっちゃ。
どんな晨君も大好きだけど、オレだけをみてオレだけがみてるあの賭場で対峙してる晨君が一番大好き。
目が離せない位魅せられる。
「全く、俺の王子様はよくばりさんだな」
俺はまた屈んで晨君のほっぺたに軽いキスをする。
「いい子に待っててよ。すぐにいくから」