Whose heart is this 甲板に太陽が跳ね返る。鼻腔を擽る生臭い潮の匂いに目を細め、スミスは空を仰ぎ見た。
晴天、快晴、日本晴れ。
最後の単語は最近イサミから教わったものだ。我が国のことながら大それた名前をつけるよな、とイサミは笑っていた。その笑顔があんまり眩しくて、「You are my blue sky」と呟けば、目を真ん丸に見開いたイサミが「Then you're my sunshine」と返してきたので心臓が壊れてしまうかと思った。
思い出しても胸がときめく、甘い苦しみに呻きたくなる。イサミを想って心臓が脈打つ度に、生きている喜びに満たされて、ああ、還ってこられたのだと実感が湧く。
ジンと熱くなる胸を感慨深く思っていれば、丁度自衛隊も甲板で訓練を始めるらしくイサミの所属する特殊機甲群第一中隊の姿が見えた。
イサミのことは探さなくてもすぐに見つかる。吸い寄せられるまま視線を向ければその先には必ずイサミの姿があって、スミスはまたしても目を細めた。今朝顔を合わせたばかりだと言うのにもうイサミが眩しい。
これが恋のなせる業かな、なんて自分自身に冗談めかしていれば、不意にイサミがこちらを向いた。スミスが当たり前にイサミに視線が引き付けられるように、イサミもまたそこにスミスがいて当然だというように。
――Wow……
君も俺を見つけてくれるのか? どこにいたって、何をしていたって。そんな口説き文句が頭を占めて、許されるなら駆け寄ってイサミを思い切り抱きしめたくなる。けれど残念なことにお互い訓練中だ、大胆な単独先行はする癖に真面目なイサミにそんなことをすれば、容赦なく拳骨が降るだろう。
だから代わりにそっと指で唇に触れる。ありったけの想いを籠めて、出来れば全部、無理ならほんの少しだけでも、スミスの体を満たすイサミへの愛が伝わるようにとキスを投げた。
はたしてイサミはどんな反応をしてくれるだろうか。イサミは日本人らしいシャイな性格だから、そういったことはするのもされるのも慣れていないと知っている。
ちょっとした悪戯心も込みでワクワクしながら待っていれば、愛のサインを向けられたイサミは少し躊躇ったあと、それでもスミスが投げたキスを受け止める仕草をした。それだけでもスミスからすれば意外な行動だったというのに、イサミの次の行動はそれを大事に胸にしまい込む仕草で。
――No way
スミスの心音は最高潮に高鳴った。まさかイサミが受け止めるだけでなく、スミスの愛を胸にしまってくれるだなんて!
――I feel like I can do anything now
空を飛ぶことも深海まで潜ることも、イサミが望むなら今すぐ朝を夜に変えることだって出来てしまいそう。クラクラするほど最高の気分に浸っていれば、イサミの手振りはまだ続いていて。
スミスの愛を仕舞った胸を、イサミがトンと指で突く。それからゆっくり真っ直ぐに、指先はスミスに向けられた。
〝My heart is yours〟
「Holy cow……」
驚嘆が口から零れるくらいには衝撃だった。どうやら今日は最高なんてレベルではなく、スペシャルな日らしい。
呆然と立ち尽くすスミスにイサミはふっと片頬を上げると何事もなかったかのように訓練へと戻っていって、そこでようやくスミスは、愛の中に混ぜた悪戯心を見抜かれていたことに気が付いた。
――イサミ、イサミ!
ああ、もう! と頭を掻き毟りたくなる。
――君ってなんて奴なんだ!
心臓が煩くて仕方ない。生きていることを激しく主張される。嬉しい、悔しい、幸せだ、愛してる、いっそ泣きたい。
思わずその場にへたり込むとヒロに「どうした?」と声をかけられた。
「具合でも悪いのか?」
「いや……具合も気分も最高にいい。最高に良すぎてちょっと……心臓が苦しいだけで」
「……それは本当にいいのか?」
さあどうだろう、わからない。スミスの心臓を握っているイサミに聞いて欲しい。なんて言えるわけもなく、甘い溜息を吐き出した。