豫親王ドドの小説 かけたとこまで『時に火勢愈(いよいよ)熾(さか)んにして、墓地の喬木(きょうぼく)を燒き、光り電灼(いなづま)の如く、聲山崩(こえやまくずれ)の如く、風勢怒號、赤日慘澹として之が爲に光り無く、目前に無數の夜叉鬼が千百の地獄の人を驅(か)り殺すを見るが如く……蓋し旣に此身の已に人世の間に在るを知らざるの有樣であつた』
(王秀楚『揚州十日記』)
豫親王の牙旗が門を潜った時、城の焔は粗方収まっていた。かつては華の都の繁栄を謳歌していた大路には所々ぶすぶすと黒煙が燻り、左右の隅に掘られた汚水を流す溝の中には隙間無く焼け焦げた人々の死骸が詰まっている。
中には小さな子供を胸に庇いながら、遂に逃れ得ずに果てた者もあった。十日間に渡り城内を舐め尽くした戦禍の置き土産である。
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