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    Kirin_muzi

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    Kirin_muzi

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    5/5超賢マナ新刊の小説パートのサンプルです。

    #賢者の超マナスポット2024夏
    #ミスラ
    mithra
    #チレッタ
    tilletta.
    #ミスチレ
    mystique
    #魔法使いの約束
    theWizardsPromise

    断片一

    「ティコ湖にはさ、人魚の伝説があるんだって」
    髪が雲みたいにたなびいて、ゆるゆると、揺れている。肩も、腹も、胸も、全部が揺れている。魂を揺らしながら笑っているのだ。
    ミスラはそれを見るのが好きだ。胸にオレンジ色の花が甘ったるく咲くみたいな、くすぐったくうねるような感じがする。
    「空から隕石が落ちてきてさ、他にいないような生き物たちがいっぱい生まれてね、その中には人魚もいたんだって」
    「ふうん」
    「だから、人魚は、星から生まれてきたんだよ」
    突然、チレッタはお気に入りのベッドに横たわるみたいに、自然に後ろに倒れ、そのまま、湖に落ちていった。水はするりとチレッタを受け入れる。
    「どう、人魚みたい?」水面に金の髪がふわりと広がっている。
    「チレッタは、チレッタですよ」
    「あはは! わかってないなぁ。ほら、ミスラもおいでよー!」
    ミスラも落下した。その水はぬるかった……。まるで

    行き止まり

    みたいな温度だった。肌を突き刺す冷気はなく、血が灼けるようなこともない。ざわめく命の気配、絶えず動き続ける生。全てがうるさく、間抜けで、なんていうか、ぐずぐずと腐っていく果実が放つ匂いと、同じ感じがした。
    チレッタは変わらず笑っている。背中で体温と柔らかさを感じながら、ミスラは水面の波を見つめる。
    何を面白がっているのだろう。まあ、笑っているなら良いか。
    チレッタが何を笑っているのか、ミスラにはいつも分からなかったが、そんなことはさして重要ではなかった。風がどうして吹くのか、そういうことは彼にとってどうでもよいことだ。今、ここにいる自分の頬を、心地よい風が撫でていくということが重要なのだ。涼しい。鼻をくすぐる甘い匂いののどかさが、なんだか可笑しいような気さえして、ミスラは笑った。
    「あはは」
    チレッタはぱちりと瞬きをして、不思議そうに尋ねた。
    「ミスラ、何笑っているのよ」
    チレッタは、風がどうして吹くのかも知りたいようだった。

    海の向こうに何があるのか、空の向こうに何があるのか、風はどこから吹いてくるのか。チレッタはその切れ長の双眸でいつも、何かを探しているようにみえる。飽き性な彼女の興味は、瞬く間に移り変わり、そして打ち捨てられたが、遠くを見ていることはいつも同じだと、ミスラは思った。

    遠くへ。

    そこにたどり着けてしまえば、それは退屈だ。チレッタは、叶えたいことはたいてい叶えることができたし、そういうことに飽き飽きしていて、だからミスラを弟子に、半ば強引に、したのだった。ミスラの瞳と、その奥に流れる澄んだ湖を見て、彼という存在は退屈しのぎにはなるだろうと、いつものように思いついたのだ。その湖は、静かだったが、それだけではないように思えた。何が出てくるかはまだ分からないまま、それが面白いと思ったのだった。チレッタは、ほしいものはなんでも手に入れると、決めていた。予測不可能な刺激とか、「私」を未来に遺すこととか、数百年に一度しか手に入らないチョコレートとか、全て、まっすぐに、チレッタは手に入れようとする。だから、

    チレッタは、ミスラを
    どこへだって連れてゆく。


    現在一

    ハン……なんていったかな、木の枝に網を引っ掛けて寝る寝具の話を聞いた。それなら眠れるかもしれないですね。面倒なのでそのまま木の上で寝てみることにします。そうしてミスラは、睡眠に失敗し、地面に落下した。落下……ティコ湖のぬるい風と水を思い出す。まどろみのようなあの湖なら、もしかしたら眠れるかもしれない。

    アルシム

    「……何の用だ」その先に待っていたのは俺より背が低いが俺より強い(癪だ)男オズと、
    「どうかしたのか? ミスラ」俺より背が高いが弱い男レノックス・ラムだった。
    「は? あなた達こそ何をやってるんです?」
    俺の眠りを邪魔するなんて不愉快なやつらですね、とでもいうように、ミスラは眉をしかめる。
    「……釣りだ」
    「ミスラも良かったらやらないか?」
    「そんな棒きれより、俺が泳いだ方が大きいやつが獲れますよ」
    「……やめろ。魚が逃げる」
    「はぁ? 見ていてくださいよ。俺が一番大きい魚を獲ってきますから」
    「……」
    オズが言葉を探している間に、ミスラは無造作に服を脱いで、水中に飛び込んだ。話を聞かないやつだ。オズとレノックスは再び静かに水面を眺めはじめた。全く違う温度の赤いまなざしは、互いを映すことなく、浮きを見つめている。奥に炎の記憶を閉ざしていることは同じだった。
    「はは、ミスラは泳ぐのが好きなんだな」
    「…………」
    「オズ様は、待つことが苦ではないのですね」
    「……焦ることもないだろう」
    「釣りに向いていらっしゃる」
    オズにとっては、この時間も、これまで流れた膨大な時の、一部に過ぎない。ゆるやかに、一切のものが流れていくのを、ただ見ている。これまでそうして暮らしてきた。最近は、ずっと騒々しかったと、静かに釣り糸を眺めている中、思う。若者たちは、いつも忙しなく、最近の自分はよく喋る。だから何ということでもなく、ただそう思うだけだ。彼らが健やかに育てば良いと思う。世界を半分焼いたくせにな。その事実が、黒々とした針になってオズを刺すようになったのは、アーサーに出会ってからだった。アーサーのために、全ての祝福があれば良い。それ以外どうなろうと構わないが……。アーサーに嫌われるのが怖いと、オズは自身では気付いていない。怖いものなんて、生まれてこの方あったことがない……はずだ。どうしてこの小さな針に、私は煩わされているのだろう。自分のしたことが、いつかアーサーを傷つけるのが怖い。出来ないことなどないはずだった、望めば全て手に入った、それでも過去は変えられず、オズは、過去のオズとひとつながりの存在だった。どんな私も全て私だ。それは別に、嬉しいことでもない。ただ、そうというだけだ。湖面にオズの姿が映った。アーサーから見える自分は、どんな姿だろうか。

    レノックスは釣りをする時間が好きである。広大な緑、木の幹のざらつき、じりじりと日に焼かれながら、でも時折彼の短い髪を風が撫でる。水面はどこまでも広がっていて、風を少し涼しくさせる。こういう日々を、ファウストにも過ごしていてほしいと、願っている。ファウストの火刑のことを思うと、自身の体の半分が、いや、それ以上に、焼かれているような気になる。俺が傍らにいる必要はない、穏やかさの中にいてくれればいい。誰にも、ファウスト自身にさえも、ファウストを責めてほしくなかった。わがままだということは分かっている。それがファウストの望みではないことも。それでも、そのために何かできることがあるなら、何だってやらせてほしい。自分が、そのために何か役立てるなら、それが自分の幸福だから。あの日の背中の輝きを、いつまでも忘れられないままでいる。数々の思い出を積み重ねてきたけれど、それでも忘れられないままでいよう。湖面にレノの姿が映った。ファウストの鏡が、光を映すものでありますように。

    オズとレノックスは無言のまま釣りを続けていた。それは三月のひだまり。心地の良い時間である。

    ミスラは静かに沈みゆく。水の中では、音が丸みを帯びて聞こえなくなる。代わりに水の動きによって、あらゆるものの、存在や動きを感じとることができる。形あるものも、ないものも、全て流れのようなものだ。上手く流れを掴めばいい。良い流れがなければ自分で生み出せばいい。マナの流れをイメージして操ることは、水中で体を動かすことと、似ている。だからミスラは、魔法のコントロールを身につけるのに、苦労したことがなかった。水の中は、故郷であった。
    ふと、水底に光るものが見えた。何らかの呪力を感じる指輪だ。ミスラはその装飾と、呪力の強さを気に入り、拾って持ち帰ることにした。ついでに、近くにいた、細長く歯の鋭い巨魚を一匹、氷の串に刺して捕まえた。オズ程度ではこれほどの大きさの魚は獲れまい。
    一方その頃、オズは、釣りの才覚をメキメキと伸ばし、珍しい魚をたくさん釣り上げていた。
    「サイズで俺が勝ってるんだから、俺の勝ちでしょう!」
    「しかし、こんな珍しい魚を釣り上げているのは、なかなかすごいぞ。ほら、ダンスタコもいる」
    ティコ湖にしかいない淡水で育つタコで、八本の足で器用にステップを踏む。
    「どうでもいい」
    ズッチャ・チャ・ズッチャ・チャ
    タコはオズの頭の上に飛び乗って、リズムを奏でた。
    「あはは、ざまぁないですね」
    「……」
    「あ、ミスラ」レノックスがゆっくり口を開いた。
    ミスラの背後に置かれていた巨大魚のエラから、大量の粘液が飛び出し、ミスラに思いっきりかかった。
    「危ないぞ。その魚は危険を感じているときに粘液を出す」
    「もっと早く言ってくださいよ」くそ…ミスラは呟き、いきなりオズに掴みかかった。危ない! このままでは、ローションツイスターゲームみたいなちょっとえっちな感じになってしまう! そのとき、
    ゴォーーーーーーン
    オズは魔道具を音もなく取り出し、ミスラを殴った。
    「いったぁ! なにするんですか⁉︎」
    「お前が先に仕掛けたんだろう」
    「ちっ、なまっちょろいんですよ。釣りなんかじゃなく、殺し合いで決着をつけましょう」
    オズは無言で魔道具を構える。すると、レノックスが言う。
    「綺麗な湖だろう」
    「は?」
    「湖が傷ついたらきっと、アーサー様も、ルチルもミチルも悲しみます。後悔せずに済む方がいい」
    レノックスはその大胸筋をゆっくり膨らませ、息を吸った。
    「空気もこんなに綺麗ですよ」
    気の抜けた顔で、羊の頭を撫でている。もふもふ。もふもふ。
    「はぁ……」
    「……」
    オズとミスラは躊躇った。躊躇う? 
    その時、空から、バスタブが……。バスタブは、高らかに笑っていた。
    「あっはっはっは。ごきげんよう〜〜〜〜」
    そうして、湖に突っ込んでいった。
    「なんですか? あれ」
    「……ラスティカだろう」
    「そんなことは分かってますよ」
    「とりあえず助けに行こう、笑いながら沈んでいくぞ」
    レノックスは湖に飛び込むと、バスタブごとラスティカを引っ張ってきた。
    「……魔法を使えば容易い」ただ見ていたオズが言う。
    「あ、そうか…忘れていました」
    「これは、皆さんお揃いで、どうかなさったのですか?」
    「どうかしているのはあなたの方ですけどね」
    ラスティカは微笑む。こういうところが、北の魔法使いにとって厄介だ。
    「今日は風が心地よい日でしたので、お風呂に入りながら空を飛んだら気持ちが良いのではないかと、試していたのです。そこに、あまりに美しい湖があったもので、この湖自体をお風呂にしたら、もっと素敵なのでは、と思い至ったのです」
    「そうか、俺たちは釣りをしていたんだ。確かに気持ちがいい天気だからな」
    「それは素晴らしい。では釣りを応援する曲を奏でましょう」
    「魚が逃げる」珍しく、オズの返事が早い。
    「オズ様も草笛がお上手だと聞いています。是非、一緒に奏でましょう」世界最強の魔王の拒絶だというのに、ラスティカは一切の躊躇なく、その手を取る。
    「良いな。俺も一緒に吹こう。オズ様、草笛の吹き方を教えていただけますか?」
    「嫌だ」
    「おや、草笛はお気に召しませんでしたか……では、カスタネットなどはどうでしょう。簡単ですし、可愛らしい音が鳴ります」
    「……草笛でいい」
    気付けば、草笛を吹くことになっている。なぜ……と思えどもう手遅れである。
    「あはは。ざまぁないですね、オズ」
    ミスラが顔を綻ばせて笑う。
    「ありがとうございます! ではミスラがカスタネットを叩いてくださるのですね」
    「はぁ? なんでそうなるんです? やりませんよ」
    「ミスラ、やれ」
    「ミスラならばきっと誰よりも上手くカスタネットを叩いてくれると思ったのですが、残念だ……」
    ラスティカの哀しげな眼差しは、幸福の王子のようであった。
    「ミスラは草笛が吹けないんだろう。オズ様は上手に吹かれるぞ」
    レノックスの視線を受けたオズ。
    「……ピー」
    「ほら」
    「チッ…! 俺の方が上手くできますよ。やったことないですけど」
    青い空、白い雲、澄んだ湖。草笛とカスタネットのハーモニーにのせ、ダンスタコはステップを踏む。

    『穏やかな昼下がり、君と釣りを』
    作詞・作曲 ラスティカ・フェルチ
    草笛 ミスラ、オズ、レノックス・ラム

    ピー
    パー
    プー
    釣りをするなら? ピーピルピー
    辛抱が大事 パパパルピー
    待ちきれないよ ピップー
    高鳴る胸 ピッパ・ピパ
    静かに 静かに ピッピピッ
    魚よおいで、泳いでおいで ピルピルポー
    パクリとやったら パポパ
    頂いちゃうぞ ピピピピピーーッ
    ピー
    プー
    パー

    綺麗だね……指揮を取りながらラスティカは振り返った。そこには誰もいない……。花嫁も、クロエも。はて、僕は一人で旅をしていた頃、どうしていたのだろう。この高ぶりを、誰にも話さないでいられたなんて。僕はまた、誰かを忘れてしまったのかな。でも、だいじょうぶ、いつかまたきっと会えるさ。
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