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    こむき

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    こむき

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    眠れない有馬くんと月のちから

    幾星霜の記憶 今夜の月は何時もより明るい気がした。
    自室のベッドで横たわって眠ろうとしてから1時間。何時まで経っても眠気が訪れることはなく有馬はガチャリとドアを開け湿度の高い廊下を抜けてベランダへと向かった。
    重い窓を開け、外に出ると共用のスリッパをつっかけて手すりへと寄り掛かる。どうやら今夜は満月らしい。朝見たニュースのコーナーで『7月の満月はバックムーンと言われていて月に向けて不安や願いを唱えると物事が良い方向に動くと言われているそうですよ!』と女子アナが言っていたことを片隅に思い出す。
    湿度を持った風が身体をなぞりじんわりと汗が滲む。
    暑さを誤魔化すようにポケットから煙草を取り出し慣れた動作で火をつける。ふわりと立ち上る煙をぼんやりと目で追っていた。
    「♬~〜〜♪〜〜」
    煙が行き着く先の月に照らされ、七色に彩られた雲を眺めていると頭の中でひとつのメロディが流れた。
    不意にこぼれたのは忘れてしまっていた、思い出そうとしたことさえなかった昔の記憶。母がよく歌っていた子守唄だった。幼い頃、母の腕の中でこの歌を聴いて温もりを感じながら眠った記憶がふと蘇る。
    無意識にこぼれてしまったことにむず痒くなって、有馬はボサボサと頭を掻きながらその場に座り込んだ。

    「あ〜あ、なんで今更思い出しちまうかなぁ…」

    潮の満ち干きが月の引力によって引き起こされるように、自身の脆くあたたかい記憶も月によって引かれ今夜はどうにも落ち着かない。どこかざわめく心を沈めるために煙を深く吸い込んだ。

    『正弦知ってる今見えている光は昔の光なんだって、』
    人々が見ている星の光は数秒前のものから遥か何百万年も前のものもある。テレビで見た内容を自慢げに話す母の話を、驚きながら聞いていたことを覚えている。
    月が魅せる過去の産物によって、目を閉じると映画のフィルムのように心の奥底に閉じ込めていた幼少期からの記憶が流れ始めた。その記憶はコマ送りのように再生され暖かいものから思い出したくもないような記憶、そしてアサヒカワを脱獄した後のTDDとの屈辱的な敗北までが流れ、その再生速度は落ちると今のアイツらとの生活がゆるりと流れ続けた。

    「あいつらとの時間がずっと続きますように」

    まなうらで流れ続ける記憶に身を委ねているなか、口をついて出た言葉に思わず赤面して煙草を植木鉢の受け皿に投げ捨てた。
    先日の雨により溜まっていた水で赤い灯火が消える。

    「…らしくねぇなぁ」

    自分が思っていたよりもずっと弱々しい声を誤魔化すため2本目の煙草に火をつける。


    夜が明けるまでまだ時間はかかりそうだ。
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