S1マクダノ部分車内を漂う甘い匂いにスティーヴは顔を顰めた。
匂いの元はすぐにわかる。
スティーヴの相棒でこの車の持ち主のダニー・ウィリアムズだ。
隣の助手席にいるダニーは抱えた紙袋から四角いパンのようなものを取り出しむしゃむしゃ頬張っている。
「それ何?」
匂いと見た目で何かは予想出来てたが敢えてスティーヴは聞いた。
「何って?」
「今食べてる物」
「バターモチ。何?知らないの?」
ハワイ生まれの癖に?とでも言いたげな顔でダニーはスティーヴを見た。
スティーヴだって知っている。
母が作ってくれた記憶はないが、幼い頃スーパーで買ってきてくれたそれをおやつとして食べた事があった。
ハワイを長く離れてはいたが、戻って来てからスーパーでそれを見かけることもあったので覚えていないわけでもない。
「バターモチくらい知ってる。ただ、お前がそれを食べてるとは思わなかったから一応聞いただけ」
ダニーはハワイが嫌いだ。
ハワイが嫌いというよりは、彼の故郷のニュージャージーが好きすぎるのだ。
特に食べ物に関しては煩い。
ハワイのパイナップルが乗ってるピザを親の仇のように憎んでいる。
揚げたてのマラサダと違って作り置きのバターモチは、ハワイ嫌いの彼を誘惑するほどの魅力もないはずだ。
見た目も地味だしスーパーに並んでいたとして手に取るとは思えない。
「何?俺がバターモチ食べてちゃ可笑しい?」
「可笑しくは無い。でもマラサダもココパフも知らなかったのになんでバターモチを食べてるのか気になって」
マラサダの事をドーナッツっぽい食べ物と呼んだり、同僚のチンから勧められるまでココパフも知らなかったダニーが知っている事に違和感が拭えず言った。
「コノがね、教えてくれたの。これ結構美味しいよって。買えるとこも。で、食べてる。実際美味いし。どう?納得した?」
「あぁ……」
納得はしたが不満があるとあからさまにわかる態度でスティーヴは返事をした。
ダニーがハワイの食べ物に興味を持ってくれる事は嬉しい。
だが、そのきっかけが自分でない事は不満であった。
はっきりとした理由はわからないが、彼がハワイに興味を持つならばそのきっかけを与えるのは自分でありたいとスティーヴは考えているからだ。
ならばとスティーヴは思いつく。
これから先、他の誰かが彼にハワイの魅力を教える前に自分が教えてやればいいのだ。
食べ物も、景色も、思いつくもの全て。
「ダニー、今日この後時間あるか?」
「あるけど?なに?お前の家でも寄るの?」
「いや、美味いもの食べさせてやろうと思って」
「美味いものねぇ……。まぁ行ってやっても良いけど」
提案に乗ったダニーにスティーヴは心が躍った。
これから自分が勧める食べ物を美味しそうに頬張るダニーを想像すると口元が緩む。
きっとなんだかんだと文句を言いながらも、美味い美味いとそれを食べるのだろう。
それからスティーヴは自分の思いつく限りのハワイアンスイーツをダニーに勧めた。
しかしその結果、数日後にダニーが彼の愛娘に忠告されて食事制限を掛ける事になったのだった。