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    れてぃ

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    れてぃ

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    某涜都市の医師夢。
    男女どちらでもいけそう。夢主のセリフはない
    処女作です。お手柔らかに。

    #冒涜都市Z
    boldCityZ
    #夢小説
    dreamNovel
    #ドクター
    doctor

    Early Morning Blue「……すまない、起こしたか」

    ほんの僅か、床が軋んだ音に微睡みから引き上げられる。そして静謐を揺らした声に視線を動かすと、申し訳なさそうに眉尻を下げた蒼と目が合った。それだけで、ほう、と息が漏れるのがわかる。あの深碧の魔境から命からがら還ることが出来たのだと、眠りから醒める度に安堵する。

    憶えてはいないが、夢見が悪かったのは確かだ。本当はすぐさま飛び起きて、気遣わしげな彼に何ともないと朝の挨拶といきたかったが、未だまとわりつくような夢の残滓に寝台の上で身動ぎすることしか出来ない。
    そうしているうちに、こちらへ歩いてくる人影の金の髪と蒼が洋燈の薄明かりが照らす部屋でより鮮明になる。また少し目の下の隈が濃くなったのではないか。自然と出た掠れた声にいつものことだと答えになっていない言葉を寄越して、その人物は寝台に腰を下ろしてきた。
    普段の彼ならしないだろうそんな行動に驚きを返す間もなく、彼──アレックス・ライズ医師はこちらの顔を遠慮などない、けれど真摯な眼差しで以て覗き込んでくる。

    「じきに夜も明けるだろうがまだ空も焼けていない、もう少し眠りたまえ」

    金属のような硬質な感触ではない、けれど明確に自分のものとは違う硬さを帯びた温もりの宿っているほうの指先が、額に張り付いていた前髪をよけてくれる擽ったさに自然と身が竦む。そんな自分にふっと口角で笑んだ彼に喉が渇いたのかと問われてこくりと首を動かすと、寝乱れていたシーツを引き寄せ掛け直してくれた生身の大きな手がぽん、と頭の上に乗せられた。

    「そうか、ならば茶でも淹れてこよう。生水は免疫の下がっている体には良くないからな」

    良い子で待っていたまえ。
    そう言って立ち上がった彼の指先を目で追ってしまう。少し彼の姿が見えないだけでこんなにももの寂しい。彼が出ていった扉を祈るような気持ちで、けれどただ見つめることしか出来ない。

    「……熱はだいぶ下がったようだな。薬が効いてよかった」

    程なく戻ってきた彼の手には、ほわりと湯気を立てるマグカップが携えられていた。背を支えられ起き上がり、手渡されるままに受け取るとほぼ同時、彼の生身の手のひらがするりと首筋に触れて微かだが肩が揺れてしまう。けれどその温度が心地好くて離れ難くて、きっと他意はなく体温や脈拍を診ているのだろうとは解っていても、左胸の拍動が早くなっていくのを自覚する。

    もしかしたら真剣に自分を診てくれている彼にこの邪な考えを悟られているのではないかと、肌は熱いのに胸の内側がぎゅっと冷たくなっていく。
    この優しくも力強い蒼の瞳をずっと眺めていたい。けれど、己の胸に巣食う戸惑いと羞恥はそれを許してはくれなかった。うろうろと彷徨う視線は、無意識に彼の無機質な左腕へと注がれる。

    「うん?……あぁ、こちらの方がお好みかな」

    目敏い彼が気付かない訳はなかった。いっそ不躾な程に見つめていた彼の腕がゆっくりと動かされる。錆止めだろうか、鉱物性の油の匂いが鼻腔を掠めたと思った次の瞬間。生身の手が触れているのとは逆の首筋を、ひんやりとした硬質な感触に囚われた。

    「存外欲張りなのだな、君は。……、そんな顔をするんじゃない」

    耳殻の先まで熱がのぼるのがわかる。何か言わなくては、自分は今どんな顔をしているというのか。
    至近に見える蒼に映る己を確かめるべく見上げると、尋ねようとした声を遮るかのように、開きかけた唇に彼の両手とはまた違う柔らかな感触が触れた。

    ──重なった影が離れていく。起きたことを理解するには、起き抜けの頭では追いつかない。
    そのせいだろうか。甘やかになごんだ蒼から目が離せなくなりながらも、あなたも少しでも寝た方がいいなどと、こういう場面には凡そそぐわないような台詞しか出てきてくれない。だが彼は気分を害した様子もなく、クク、と微かに喉を鳴らしてこちらの声に頷いてくれた。

    「そうだな、君が眠ったら私も仮眠を摂ろう。さぁ折角淹れたのだ、少しでも飲みたまえ」

    そっと両手を退き、寝台に座り直した彼に言われるままにカップを口許に運ぶ。上等な茶葉に、この薫り高さはブランデーだろうか。炙られた砂糖の甘さと豊かな香りが全身を巡っていくのがわかる。

    「まだ、……怖いかね?」

    怖い。
    あの悪夢から戻ってこられたというのに、それでも眠るのは怖かった。意識を手放せば二度と醒めることが出来ないのではないかという極限の記憶は、そう簡単に薄れてはくれないらしい。
    そんな自分を、これも雇い主の責任だと自身も満身創痍だったというのに、彼は手厚く世話を焼いてくれている。よく眠れるようにと薬も渡されてはいるが、最近になってやっとまとまった睡眠がとれているのはそれだけの効果ではないように思う。

    彼は、怖くないのだろうか。無意識にこぼれ落ちていた疑問に僅かに蒼を見開いて、それから何故か愉快そうな口許が静かにその答えをくれた。

    「……今の私には、恐れるものなど無いからな」

    吐息が耳朶を擽る。カップの中の紅茶が静かに波打つ。残りは引き受けるからと手の中から取り上げられたぬくもりの代わりに、少しかさついた手のひらに両手を握られた。

    おやすみ、と。再び意識の輪郭を曖昧にさせる声はまるで催眠術のようだと思ったが、非科学的事象を嫌う彼に言えば眉間に皺を作らせてしまうかもしれない。催眠術などただの手品、或いは欺瞞だと切って捨てられることだろう。
    けれど本当に種も仕掛けもないというのなら、彼に揺らされたこの心臓に確かに芽吹き育った感情を一体何と呼ぶのだろう。

    わからない、今はまだ。

    ゆるゆると融けていく視界の中、彼の名を口にする。ここに居たい、適うならこの先も。
    次に目が醒めた時には何を話そうか。意識が沈む直前に瞼の隙間に見た蒼は黎明を受けて、水の上から見たあの日の景色のように眩しかった。




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