アカブラバレンタインデー――2月13日――
アカネちゃんからメールで「さとしってチョコ作れるか?」と送られてきて、そういえば明日バレンタインデーじゃん!?と、クラスのマドンナでおれの大好きなひめちゃんを思い浮かべてソワソワしつつ、アカネちゃんには普通に「作れないよ」と返信した。
そこで終わるかと思ったけど、すぐに「そうか、だれか作れる人知ってるか?」と返ってきた。
はじめは「ブラック」って答えようとしたけど、送信ボタンに伸びる指を止めて、アカネちゃんが今こんなメッセージを送ってきた意味を考える。
ブラックにバレンタインチョコを作って渡す、そういうつもりでおれに連絡してきたんじゃないか?
だとしたら、ブラックをあげるのは違う。
「ひめちゃんなら作れるよ」と、アカネちゃんの知り合いのなかで確実に作れる彼女の名前を挙げた。
またすぐ返信が来て「ありがとう!」と書かれていたので、サムズアップポーズのスタンプを返して終了。
ひめちゃんは毎年バレンタインチョコ手作りしてる子だし、アカネちゃんも美味しいチョコを作れるようになるだろう。
明日はブラックにアカネちゃんとどうなったか聞かないと!………あ、その前におれがひめちゃんからチョコ貰えたら自慢してやろうかな?ムフフ♡
――2月14日――
登校してすぐ、ひめちゃんに挨拶したら、ちょっとやつれてる感じだった。しかもちょっと怒ってた。
「さとしくん、ひめの名前だしたでしょ?」
「え?」
「師匠にひめがチョコ作れるって言ったでしょ?」
「あぁ、うん。……なんかマズかった?」
「マズイっていうか、大変だったの!
あんなに不器用なひと初めて見た………なんとかちゃんと食べられるようには作れたけど、ひめ寝不足だわ……。
さとしくんのせいだから、さとしくんには今日のチョコあげない。」
「!!!???」
そ、そんな………ひめちゃん…………。
さと死…………。
――放課後――
ようやく心のダメージが回復してきて、お小遣いで駄菓子屋からブラックライジングを買う。
これほど虚しいバレンタインチョコもないよ。
……そういえばブラック見てないな。
撮影してるのかな…?
いや、まさか、アカネちゃんといい感じになってデートしてるとか??
……そうなるように応援してたはずなんだけど、いまはちょっと、ムカつくな…。
「さとしッ!!!」
「うわぁっ!?」
突然、大声で呼ばれてビックリ。
振り向くと、険しい顔をしたアカネちゃんが立っていた。その手にはかわいいラッピングされた箱がある。
「アカネちゃんどうしたの?」
「じ、じつは…お願いがあって…」
箱を差し出して、元気なさそうに言った。
「これ、ブラックに渡しといてくれ。」
「えっ……これって……チョコ、だよね?」
「……ああ。」
「なんで?自分で渡した方が」
「無理なんだよ!!出来なかったんだ!!」
「っ!?」
「あ…わりぃ……八つ当たりする気はなかったんだ……。」
ため息をついているアカネちゃんは、いつものアカネちゃんらしくない。心配になってきた。
「あの、よかったら話してよ。力になれるかはわからないけど…。」
「…………うん、ありがとな。」
ベンチに箱を置いて、アカネちゃんも座り、今日あったことを話す。
――朝8時 魔界にて――
アタシは朝一番でブラックにチョコを渡してやるつもりだった。そしてリアクションを撮影してやるつもりだった。
ひめと一緒に作ったチョコを、ひめから教えられたラッピングに包んで、青オニちゃんといざ出発……した所がピークだったんだ。
ブラックの近所には人だかりが出来てて、それはブラックにチョコを渡したいファンの集まりだった。
そりゃあ魔界一のYouTuber、バレンタインチョコを沢山貰うのはわかってたさ、でも、まさか朝っぱらからチョコ渡すための人だかりが出来るとは思わなかった。
最初は人混みかき分けて渡しに行く気だったんだけど……すこし前に行ったとこで、見ちゃったんだ。
アタシのチョコなんか見向きもされないような、すっごいチョコばっかり渡されてるところ。
まず目に入ったのは、等身大ブラックのチョコ。
そりゃさすがに食べづらいんじゃないか?と思うが、愛は十分伝わるだろ?ブラックも「鬼ヤバですね〜」って言ってたし。
それよりは目を引かないけど、大きいハート型のチョコ、カラフルなチョコ、妙なオーラ出てるチョコ。とか、手作りチョコがよりどりみどり。
あと、普通にめっちゃ美味しそうな高級チョコの山だ。アタシみたいに不器用でも、金がある奴はそこで勝負するみたいだ。
そんなの見ちゃったら、急に自信が無くなって、しばらくその場に立ち尽くしてた。
ファンたちの喧騒も、青オニちゃんが心配する声も、どっか遠くから聞こえてくるような感覚で、みんなに囲まれるブラックを見つめてた。
ふと、ブラックと目が合った気がしたんだ。その時、アタシは衝動的に背を向けて逃げ出した。
――そして、今に至る――
「……ってワケだ。」
話し終えたアカネちゃんは暗い顔をしている。
おれもなんて言えばいいのかよくわからない。
…………でも、おれに代行でチョコ渡してほしいって言うってことは、諦めきれないってことでいいんだよね?……だったら……
「アカネちゃん、やっぱり自分でチョコ渡した方がいいと思うよ。」
「はあ!?おまえ話きいてたか!?
それが出来ないから逃げてきたんだぞ!」
「う、うん、わかってる。でも……ブラックは、アカネちゃんから貰ったチョコをだれかのチョコと比べるなんて、しないと思うよ。」
「!!……
……………はあ。そうだな。わかったよ。
渡してくる!!このままじゃ、手伝ってくれたひめにも、話聞いてくれたさとしにも、申し訳ないもんなッ!」
両手で頬を叩いて気合いを入れたアカネちゃんの目からはとってもアツい情熱を感じた。
「美味しいですね〜。アカネさん、ありがとうございます!」
「え???」
ベンチに座ってチョコを食べている、ブラック。
間違いなく、アカネちゃんのチョコを食べている。
「えええええッッッッ!!!???
い、い、いつから居たんだ!!??」
「アカネさんが、オレちゃんにチョコを渡すために出発したと話していた時くらいからです。」
「最初じゃねーかッ!!!
ていうか、勝手に食うな!!!」
「さっきオレちゃんに渡すって決めてくれたでしょう?
カメラちゃん、撮ってますよね?」
『じ〜♪』
「撮るな!!!」
このやりとり、結局いつもの2人だ。
まあ、この方が落ち着くけど…。
「あ、さとしくん、家にひめちゃんが来てましたよ?」
「え!?」
「おかあさんに何か渡してましたけど…。」
「絶ッ対チョコだよ!!ひめちゃん、機嫌直してくれたんだ!!やったぁぁ〜!!
それじゃおれは帰るよ!!2人はゆっくりしていきなよ!!」
おれは走って家に帰る、ひめちゃんからのチョコが待ってる!♡
――――
さとしが余計な一言を言いながら走り去っていくのを、ブラックは気にせずにチョコを全部平らげた。
「ごちそうさまでした。」
「…………」
「どうしました?」
「……いや……おまえ、あんなにチョコ貰ってたのに、よく食えるなって…。」
「さすがに全て食べてきたわけではありませんよ、大きいものは専用の冷蔵庫で保管しています。」
「専用……規格外だな、ほんと……」
つまりアタシのチョコをここで食べたのはただの気まぐれか、いや、気を使ってくれたのか?こいつ……意外と優しいとこあるしな……
「……ありがとな。」
「? なぜアカネさんが礼を言うんですか?」
「アタシの顔立ててくれたんだろ?
って、言わせるなよ。」
「??……オレちゃんはただ、アカネさんの作ってくれたチョコを食べたかっただけですよ。
カカカっ…焦らされた分だけ美味しい気がしますよ。やっぱりアカネさんは鬼ヤバです!!」
ブラックは楽しそうに話すが、アタシにはなんのことやらサッパリだ。
それを察して、ブラックは説明し始めた。
「今朝、来てくれてたでしょう?
ずっと待ってたんですよ。しかしファンのみなさんちゃんが居なくなっても一向に来てくれないので、探してました。」
「…………今朝って、目合った?」
「合いましたね。すぐ逸らされましたけど。」
「……気のせいだと思ってた。
あんたがアタシを待ってたなんてな………手間かけさせた、すまん。」
「気にしてませんよ。
言ったでしょう?焦らされた分美味しい気がするって。だから良いんです。」
「…………そっか……優しいな。」
ブラックと話してたら身体の奥から暖まってきて、口の中がちょっと甘くなる気がする。
チョコみたいだ…。
「………ブラック。」
「なんです?」
「来年はもっと…おまえがビックリするくらいの美味いチョコ作るから!…だから、覚悟しろよ!」
具体的にどうするとか、ブラックのビックリしてる顔とか、何も浮かんでこないのに、勢いで言っちまった。
ブラックは満足気に笑って
「楽しみにしてますよ!」
と言ってくれた。