最強卍ギャル 長い髪は長いままおろし、前髪も長くて、猫背で、少し大きめの制服をネクタイ締めてしっかりきっちり着て、いかにも大人しい真面目な子という印象だった後輩。そいつがしばらく地元に帰って戻って来たと思ったら、どえらい不良娘になっていた。
「なんなんだあいつ。確かに強くなったかも知れないけど、あんな態度ってないだろ!! しかも、なんだよあの格好……」
部員たちは連日不良娘になっちまったスグリの話で持ち切りで、今もバトルで負かされた奴らが今日もなんやかんやと怒っている。
「肩もだけど腹だよ腹! なんで先生達も注意しねえんだ」
「タンク着るのは分かるけどそれで上わざわざずらして肩見せたり腹出したりあんな肌出すのってなに? ビッチアピール?」
「ガキ過ぎてあれで興奮できんのロリコンか変態だけだろ」
みんな相当イラついているのか、大盛り上がりでスグリの最近の格好について話しているが、オイラはどうにか話を振られないようぼんやり遠くの方を見て何か考えているふりをしている。早急にこの場を離れたい。
「ねぇ、カキツバタさんもそう思いません?」
頼むから、その話題をオイラに振らないでくれって。
「んー……、まあ、あのヘソ出しは辞めさせた方がいいとは思うねぃ……」
「ですよね!」
同意貰って嬉しそうなとこ悪ぃけど、オイラはあれ、あいつの肌ほかの奴に見られんの嫌だな〜とか、そもそも誰に見せる気だよそれって思ってるだけなんだよなぁ。
長い前髪は右サイドだけ残してあとは全部まとめて後ろに。長かった後ろ髪は頭の高い位置で結ばれ、正しい長さは分からないが明らかに以前より短くなっている。元々オーバーサイズだった上着は前をあけて肩を落とすように。シャツにネクタイをぴっしり絞めていた中は全部やめて丈の短いインナーにぶっかぶかのリーグ部ユニホームのタンクトップを重ね、それの裾を結んで短くしている。そんな、ヘソ出し肩出しスタイルで戻ってきたあいつは、その格好に何だかんだという奴らもみんな蹴散らしそのままトップに上り詰め、服装程度なら誰も文句を言えないくらいの存在になった。
そして、元チャンピオンになった今でも相変わらず肩出しヘソ出しスタイルで学園生活を送っている。
性格は柔らかくなり、以前のように笑っているのをよく見かけるし、元々真面目だからしっかりと授業にも参加して勤勉に過ごし、同級生のポケモン育成の相談にも乗ったりしているようだった。もちろんすべて肩出しヘソ出しスタイルで。
もう皆見慣れたのか、ファッションとして受け入れたのか、あの格好について文句を聞くこともなくなった。強いていうならこの前あいつの兄が「まだそんなイキったかっこしてんの?」と言っていたくらいか。
いやぁどうしたもんか。まわりに馴染んでんのはいい事だけれども。でもあんなほっそい腰だの肩だの、色んなやつらにしっかり見られてんのはどうかと思ってしまう。だけど付き合ってもない男にそんな事言われても気持ち悪いだけなのは分かってる。だからオイラがモヤついてもなーんもできない。明らかにガン見してる奴なんかを遠くから睨み付けるくらいしかできない。どうにかあれ、せめてタンクトップの裾を結んで短くすんのだけでも辞めさせらんねぇかな、なんてずっと考えていた。
「あれ、元チャンピオン様がこんなとこでひとりで……って大丈夫か!?」
奥まった所にあるし品揃えも良くないから人が来ることのあまり無い自販機の前のベンチ。そこに後ろ姿を見つけ、話しかけながら近付いてみれば、目に入ったあまりの様子に思わず眉間に皺が寄った。
顔色が悪く、死にそうな顔で、ペットボトルを両手で抱き締めるように座っている。呼吸も浅い。辛そうに細められた目が、揺れながらこちらへとゆっくり向けられる。
「……カキツバタ?」
見るからにしんどそうなスグリ。これ、やべぇんじゃねえか。
「医務室、いけるか? オイラが担いで嫌じゃないならすぐ連れてってやるけど」
「あ……ちが、まって、カキツバタ」
「待ってる時間あるようには見えねぇ」
「ちがう。あの、さっき医務室行った帰りで、薬きくのまってるだけだから、だいじょうぶ……」
スグリはゆるゆると首を横に振る。医務室に行ったという事は何らかの処置は受けたって事だろうが、まったく大丈夫そうには見えない。
とりあえず隣に座り下から顔を覗き込むと、気まずそうに顔を逸らされた。
「お腹いたくて……あっためようと思って。この自販機ずっとあったかいの売ってるから」
「腹痛いって……」
何だかごにょごにょと恥ずかしそうにしているのを見て、そこではっとする。もしかして、生理なのか、こいつ。
そりゃあ男のオイラに色々聞かれんの嫌だよな、でもこんなしんどそうなやつをこのまま放っておいていい訳がない。というか普通にオイラじゃなく誰か女子でも呼んだ方がよくないか?
「……カキツバタ、悪ぃけど、これあけて」
「……お、おお」
ぐるぐる悩んでいると、両手で握っていたペットボトルが差し出される。未開封のそれはきっと今の体調では開けられなかったのだろう。いや、普段から何かしら飲み物の蓋だのお菓子の袋だのを兄に開けてもらってるのをよく見かけるからそれはいつも通りなのか。とりあえず温かいものを飲んであったまった方がいい、それはそうだと受け取ると、触れたそれは完全に冷めきっていた。
「おま、これ全然あったかくねぇの、そんな長時間ここにいたのか……?」
驚愕してそう言えば、スグリは少し首を傾げて「確かにな」みたいな顔をして、背もたれに手をつき、ゆっくり立ち上がる。
そうすりゃ、オイラの目の前には、露出された腹が。
「もっかい、新しいの買うべ……だから、それあけて……」
スグリは明らかにふらふらとしていて、座っているオイラの、目の前で露出された腹もふらついている。お前、お前……!
思わず立ち上がり、肩を押さえるようにしてもう一度スグリをベンチへと無理矢理座らせた。
「……えっ?」
そしてそのまま手を伸ばし、結ばれたタンクトップの裾を手早くほどいて下へと伸ばしてやる。
「えっ、なっ」
困惑するスグリを無視して、上着の襟元を掴んで引き上げ肩の位置を正し、ジッパーの金具をはめて勢いよく引っ張り上げた。
「なん……っ?」
1番上までジッパーを上げると、ぶかぶかのそれは口元近くまで覆ってしまうらしい。スグリが何か言う前にスマホロトムを呼び出し、温かい飲み物を買い、それをパキリと音が出るところまで開封して手渡す。なるべくスマートに。自分でやっておいて動揺してるのがバレないように。
「オイラの奢りだから、ちゃあんとあったかくしてくれぃ」
「あっ、ありがとう……」
スグリは飲み物を少し飲んだ後、そのまま蓋をしてペットボトルをお腹に当てるよう抱き締めた。オイラのさっきの行動がセクハラとかそういう風には思っていないらしい。よかった。
「……あったかい」
「腹痛いなら服ちゃんと着りゃいいだろい」
「……たしかに」
ふう、と息を吐いて「思いつかなかった」と小さく呟いた。
「この格好すんのに慣れて、前閉めるとか、ぜんぜん考えてなかった……あったかいの買ってお腹に当てるとか、部屋戻って布団被るとかそんなんしか思いつかなかった……」
少し落ち着いたのか、顔色もほんの少し良くなっている気がする。というか痛すぎて頭も全然動いてなかったって事か。
「……何か、信念あって我慢してあの格好してたのかと思った」
「え?」
「腹痛くても腹出したい信念」
そう言うと、スグリは少しだけ考えた後「信念ってわけじゃねぇけど……」と口を開く。
「強そうだべ?」
「……ん?」
想定外の言葉に今度はオイラが首を傾げる。
「地元に、憧れの、強そうなお姉さんがいて……いっつもわやかっこいいなーって見てて……」
話しながら顔が綻んでいて、その地元の『強そうなお姉さん』に本当に懐いているのが分かる。
「その人が、ちょっと寒い日に、長袖だけどヘソ出し肩出しのニットにショートパンツで歩いてて、寒くないのって聞いたら「最強ギャルは寒さにもヨユーで勝てるから」って言ってて」
何となくどんな感じのお姉さんなのかが想像できた。最強ギャル。なるほど。
「それがかっこよかったから」
「……から?」
「だから、強くなりたいって思って……見た目から変わろうって考えた時に、その時のこと思い出して、あのかっこしてたんだべ」
スグリは笑っている。そしてそれを聞いてオイラは何か、ちょっと、気が抜けた。
「休学して、キタカミ帰ったその日に偶然そのお姉さんに会ったんだけど、お姉さんにあのかっこ「めっちゃいいじゃん」って言われてうれしかった」
少し照れたように眉を下げる。あーそうかい、なるほど……。
「……髪は?」
「髪? あー、えっと、昔から前髪のせいで暗そうに見えるって言われてたから前髪は上げて、後ろは長いより短い方が何かかっこよくて強そうだべ」
スグリは全く嘘なんか言っていない真っ直ぐな瞳で『強そう』の話をする。へぇ、そう。あー……そうかい。
「じゃあ肩出しヘソ出しはスグリの最強ギャルの姿って事かい」
「ふふ……でも最強ギャルじゃなかったから今度からお腹痛い時はちゃんと着るけどな」
そう言って上着の裾を引っ張ってみせる。それがなんだか少し可愛らしい。
強そうだから、か。失礼ながらオイラは勝手に、スグリは自分でも気付かないままあのキョーダイを好きになり、勝手に諦めて失恋して、そして髪を切り服装を変えよりイイオンナになろうとしてんのか、とかずっと思っていた。今のふたりを見て全然そんな関係ではないし気まずさもないから、スグリの片思いで尚且つ本人も無自覚なだけだと思っていたが、実際はあの格好は地元の最強ギャルのお姉さんへの憧れとただ強そうだからというだけで。じゃあ、ふたりはマジもんの大親友で恋愛感情は全く無いって事か? だとしたら、なんか、本気で気が抜けるんだけども。
「……腹出さなくてもお前さんは十分かっこいいから、体調的に向いてないなら辞めといた方がいいんじゃねぇか」
「んー……にーちゃんにもずっと似合ってないからちゃんと着ろって言われるけど、本気出すため気合い入れて服の裾も髪も結んでるから。普段はなんともないし」
「……そうかい、まぁ、無理はしねぇようにな」
オイラもにーちゃんも、おんなじ心配してるだけだと思う。けど、あんまストレートに言いたかない。わかるぜ、ゼイユ。
「当たり前だけど服ってあったかいんだな。かなりマシになってきたべ。ありがと、カキツバタ」
「……どういたしまして」
確かにさっきよりも顔色も随分よくなり、喋る声にも息苦しさは感じない。
「そろそろ歩けるし、部屋戻るな」
「じゃあツバっさんが部屋まで送ってってやろうかねぃ」
あれからしばらくして、上着の前を一番上まで閉めて、ポケットに手を突っ込んでぼんやり壁にもたれているスグリを度々見かけるようになった。よく見ればやはり顔色が少し悪く、その度に声をかけ優しく気遣ってやるのが習慣になり、こいつがいつ生理かすぐ分かんの正直どうなんだとか、というか周期えらい不安定だな大丈夫なのかとか色々考え、それを本人に言えずどうしたもんかと思っている所に「カキツバタさんちょっといいですか」と緊張気味の後輩に声をかけられた。
「……あの、カキツバタさんとスグリって、そーいう関係なんすか……?」
「ん? そーいう関係……?」
「いや、なんか、定期的にスグリが肌の露出何日か全くしなくなる時があって……その時って、カキツバタさんがめちゃくちゃスグリに優しいから……そういう事した後の甘さ、みたいなのかな、ってみんなで噂してて……」
「は?」
とんでもない噂に唖然としていると、ゼイユがオイラを探し名前を呼ぶ恐ろしい怒鳴り声が聞こえてきた。