だってカキツバタうそつきだから 林間学校から戻ってからあんまりに必死に勉強やら育成やらバトルをしていたから。こいつはろくに息抜きもできてねぇんだろうなと、ちょっくら和ませてやるかぐらいのつもりで握りこぶしふたつをスグリの目の前に突き出した。
「どーっちだ」
「……は?」
機嫌悪いなと、この時はまだ笑えていた。
「どっちに飴入ってるか当てれたら、それをスグリにプレゼントってちょっとしたゲームだよ、ほらどっち?」
「何のために?」
「ためとかじゃねぇって。んで、どっち?」
本当に、何の意味もない。楽しい雰囲気にできたらとしか思っていなかった。正解はどっちにも入っていないという、ひっかけ問題。
「……どうせどっちも入ってないとかだろ」
「おっ?」
よく分かったねぃ。すごいすごい、じゃあ本物の飴プレゼントだ。なんて、返そうと笑顔で口を開いたのに。
「だってカキツバタうそつきだから」
そう言ったスグリの、期待してないみたいな、オイラの事なんか既に諦めてるみたいな、冷たい顔。
それが、もうずっと頭にこびり付いていた。
それからスグリはどんどん強くなり、遂にはオイラに勝ってチャンピオンになった。それからも、あの言葉と顔がずっと頭の中に残っている。
チャンピオンから元チャンピオンになり、四天王の一人となったオイラは、何かあればチャンピオンであり部長であるスグリに報告をしなければいけない立場になった。
部活の会議なんてもんには部長だった時からあまり参加していなかったから変わらずそうしようとしたが、逃げ損ねた時は無理やり座らされ参加させられ、自分の持ち場での事を報告させられる。
だからちゃんと、そりゃあ自分が日頃適当なことをよく言っている自覚はあったけど、それでもその日はこういう事があった、こういう対応をしたという報告を真面目にしたのに。それを聞いたスグリはまずタロに「本当?」と確認を取った。
報告として話していたオイラと目が合うことも無く、流れるようにその確認は行われ、タロも「ポーラエリアにいた部員も言ってたから本当」と返事をしていた。その確認の一言にオイラに対する嫌味や悪意なんて全くなくて、普段オイラがしない分もタロが仕事をしてくれている信用があるからか、自然と口から出たのがよく分かる「本当?」の言葉。この場にいた誰も気にもとめていないその一言。何も言わず、ただ、オイラがひとりであの日の「だってカキツバタうそつきだから」をぐるぐると頭の中で繰り返し思い出し、どうしようもない気持ちになっているだけだった。
「スグリに、カキツバタはうそつきだからって言われたんだよなぁ」
あの会議の後、ヘラヘラ笑って誤魔化しながら、それとなく部室に来たゼイユに話をふってみる。てっきり「日頃の行いが悪いから信用されてないんでしょ」とかそう言った事を返されると思っていたのに。それなのにゼイユは物凄く傷付いた顔をしてしばらく黙り込んでしまった。
「……あの子、嘘つかれるの、きらいだから」
絞り出すみたいな声で言われ、そこでやっとスグリの様子がおかしくなった原因のひとつに『嘘』があるのだと察した。
「……あんた冗談のつもりでどうでもいい嘘とかついたんじゃないの。いつも適当な事ばっかり言ってるんだから」
「それは……、そう、かもなぁ」
「それでも、スグにとっては『嘘つかれた』でしかないわよ」
ゼイユは自分にも言い聞かせているようだった。
冗談のつもりで嘘。言った事に心当たりはないが、きっとオイラならやっているだろうとは思う。自分が何を言ってあいつを傷付けたのかは分からない。だけど、あの『だってカキツバタうそつきだから』を思い出す度にどうしようもなく苦しかった。
***
「ほら元チャンピオン、どーっちだ」
スグリの前に突き出したこぶしふたつ。緊張で手が震えないように。笑顔が引きつってしまわないように、自然に、なんでもない様に見えるように。
「な、なに……?」
「飴が入ってる方当てたらそれプレゼントってやつだぜぃ」
「なんで急に……?」
スグリは不思議そうに首を傾げていた。休学から戻ってきたスグリは何だかスッキリしていて、ああこいつは前向いてちゃんと進もうとしてんだなと見ているだけでもよく分かった。
だから、オイラも、どうにか前を向こうと、あの日と同じ事をスグリに仕掛けた。
「ほら、どーっちだ」
スグリはあの日の事なんて覚えていないようだった。オイラは自分が何を言ってスグリを傷付けて「だってカキツバタうそつきだから」になったのか覚えてないし、スグリは「だってカキツバタうそつきだから」を言ったあの日の事自体を覚えていない。でも何か、人生ってそんなもんなのかもなぁ、なんて。
「じゃあ、こっち?」
あの日選んで貰えなかったにぎりこぶしを、軽く触れられた右手の方をゆっくりと開いて見せればその中には赤と透明が半分ずつになったような飴玉。
「あ、あたりだ」
スグリはちいさく笑う。
「おーおめでとう、じゃあこの飴はプレゼントだ」
手のひらの上のその飴玉をスグリの手に乗せてやる。すると素直に「ありがとう」と言ってそのまま袋をあけて口の中に放り込んでいた。
「おいしい、これりんご味だべ」
機嫌よく笑っているスグリに向かって、選ばれなかった左手の方も開いて中身を見せてやる。すると、それを理解した途端また不思議そうに首を傾げていた。
「……なんで?」
右手に入っていたのとまったく同じ飴玉。両手ともに入っていたその飴は両方当たりだったという訳で、スグリは意味が分からないという顔をしていた。
「カキツバタならどっちも入ってないとかやりそうなのに」
「ん〜……まあ、そ〜だよなぁ……」
「本当になに……?」
あの日と同じ事をするのに、まったく同じ事をする勇気なんてなかったし、それに、両方ハズレを突き出したあの日だって目的は嘘をつく事だった訳じゃなくて。
「お前に、飴玉やりたかっただけなんだよなぁ」
左手の中にあった飴を開封して、自分の口の中に放り込む。オイラが知っている中で一番りんごの味がする飴。初めて食べた時にスグリが喜びそうだと思った飴。あの日もそう思ってポケットに入れていた飴。
「ふぅん? じゃあゲームとかしないで普通にくれればいいのに」
首を傾げたまま、スグリはそう言った。当然のように、何の屈託もなく、まっすぐオイラの目を見て。その瞬間、すとんと、何か重たいものが体から落ちていくような感覚がして、途端に目の前も明るくなったような妙なむず痒さに襲われる。
「あ〜〜……そりゃあ、そうだ。だよなぁ……うん、オイラのよくないとこだわ、あー……いや、違えねえ」
机に伏せてごちゃごちゃ言い始めたオイラに「本当になに?」と引き気味の顔で距離を取ろうとしているのが分かったからその腕を掴んで逃げられないようにする。
「わぎゃ! さっきから意味わかんねえべ!」
「なぁスグリ、やっぱ人間素直が一番だよなぁ」
「なに!?」
袋の中にある飴の残りを勝手にスグリのポケットへと詰め込んで行く。その行動の意味が分からなくて困惑したように逃げようとしているがそうはさせない。全部受け取れ。オイラの気持ち。
「なに……が、してぇのか、わかんねぇ」
スグリのポケットが飴でゴワゴワになっているのを見て満足する。
「オマエに飴やりたかっただけだからねぃ」
「ええ……?」
困惑した表情のまま、ポケットから飴玉をひとつ取り出し「まあこの飴自体は美味しいから嬉しいけど……」と呟いていて、そんなスグリを見ているとなんとも言えない満足感に満たされた。