無題(…重大任務なんだ。絶対に成功させなきゃ。)
夜の帳が下りる時間、少女はきょろきょろと辺りを見回す。隣にいる男が本当に眠っているのか何度も顔を覗きこんだ。
(昔は私が眠ってても起きてたってヒースが言ってた。最近は寝てるみたいだけどいつ起きるか分からない…)
少女はおそるおそる眠る男の左手を触る。その手は上に上がっていき、とある指にそっと触れた。
「…エレナ?まだ起きてるのか?」
咄嗟に手を引っ込め、慌てて寝たふりをする。起き上がった男ーーシノにはお見通しかもしれないが、何も反応を返さない方がかえってバレにくいものだ。
「……おやすみ。」
シノの手が少女ーーエレナの頭をそっと撫でた。大鎌を握るその手はいつもゴツゴツしていたけれどエレナはその手が優しく自分の頭を撫でるのが好きだった。
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「それって賢者の魔法使いの任務よりすごいこと?」
「うん。重大任務だよ。エレナにしかできない。」
その話を聞いた時エレナはキラキラと目を輝かせた。かつてヒースもシノも賢者の魔法使いとして各国から寄せられた依頼を受けて怪物を倒したりしていたと聞いたことがある。特にエレナのお気に入りは2人が牛野郎の首を獲った話だ。歴史にも残っていないがお前には教えてやると誇らしそうに話すシノの顔は忘れられない。(無論、ヒースからはミノタウロスだろ、と都度訂正されているし皆には内緒だよ、と言われている)
「シノは俺と同じベッドで寝たがらないから…エレナにお願いしたいんだ。」
エレナにも心当たりはあった。今よりも更に小さい頃、3人で同じベッドに寝たいと言ったことがある。それは多分エレナが初めて2人に言ったワガママだった。実際にシノもヒースも叶えようとしてくれたけど、ベッドに横になって暫くしてからシノが苦しそうに起き上がって言ったのだ。悪い、やっぱり出来ない、と。
「…シノがヒースと一緒に眠れないのは2人が夫婦じゃないから?」
「うーん、どうだろ。昔からシノはそういうところがあるから…」
「俺たちは家族だって言ってくれたけど、ヒースとは夫婦でも恋人でもないって言って大喧嘩になったことあったよね。」
「大人気ないところを見せてごめん…」
申し訳なさそうに謝るヒースはエレナを子ども扱いせずいつも対等に接した。けれどもエレナが落ち込んでいる時には優しくシュガーをくれていた。そんなヒースがエレナは大好きだった。
「…嬉しかったの。私たちって誰も血が繋がっていないでしょう?でも2人が家族だって言ってくれたから。」
物心着いた頃から親も家族も知らなかったエレナにとって忘れられない記憶だった。例え周りとは違う家族の形であったとしても。
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「この前の夜、本当は何をしようとしていた?」
「何って、目が覚めちゃっただけですぐに寝たわ。」
「…お前の手が俺の手を掴んでいたから。本当は何かして欲しかったんじゃないのか?」
シノがエレナに見せるその表情は親が子どもに見せるものと似ていて、心配するような気遣うような雰囲気にエレナは何だか笑えてきてしまう。
「頭は撫でてもらったからもう充分。私の重大任務だったのに……失敗しちゃった。」
「重大任務?」
「そう。シノの指のサイズが知りたかったの。」
エレナがそう言うとシノは自分の手をまじまじと見つめる。
「…それを知って一体何に使うんだ?」
「逆に一つしか思いつかないと思うけど。」
そのたった一つがやっぱり思い浮かばないシノにエレナは少し呆れながら、けれどもこれから起こるであろう未来が楽しみで、後からヒースに謝ろうと心に決めて話し出す。
「シノのことをずっと好きな人からの重大任務だったの。一途で独占欲も強い人だからきっと逃してもらえないと思うわ。」
「何だそれ。変な夢でも見たのか?」
「そうかもしれない。けど私の夢って当たるのよ、覚悟しておいてよね。」
2人でそんな話をした後、綺麗な花束と少しサイズの合わない指輪を持ったヒースがシノにプロポーズをするのはすぐのことで、エレナはそんな2人といつまでも一緒にいられたらいいなと思うのでした。